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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
8章
72/138

8-3

 ──下へ、下へと。

 四階層へと続く暗い穿孔、階層経路に踏み入れるより僅かばかり前。


 準備を済ませた支援部隊員たちは各々の受け持ちについて相談していたが、皆の働きかけの甲斐もあり私達一党は順路とは異なり枝道を行く哨戒部隊の後を追う役回りとなった。

 それは西区側に伸びる通路を数区画進行後、半ば当たりから北上し途中で順路への合流を目指す枝道。多様な書き込みで聊か雑然としている地図を鑑みるに、我々が前回帰還し"彼"の最期が起こった場所を通るルートであった。


 目的の階層に降り立つと、手筈通り順路を進む一行と異なる方角へ脚を向ける。

 今までとは異なり、目前には誰の姿も無い。石壁に囲まれた無骨な雰囲気を湛える細径が薄暗がりに向って伸びていた。

 ここに至るまで枝道を行かず、終始集団で行動を取ってきた為か。漂う静けさが一層際立って感じられる様だった。


「…準備は、良いな?」


 一つ、息を吐く。

 顔を引き締めたセスが口にすると、念押しに確認をする様に一人一人と短く視線を合わせる。周囲に他一党の姿も無く、物音すらもしない環境に否が応にも緊張が高まっていく。

 ふわりと湧き上がる光の珠の中。先に向かったであろう哨戒部隊の足跡だけが、導くようにまっすぐに続いていた。


 ───

 ──


「同じ様な事をしながらまたあそこに戻るってのも、変な感じだな」


 曲がり角の手前でしゃがみ込み、周囲を確認したティルが小さく呟きながら手で招くジェスチャーをする。彼と併行しナインも周辺索敵を実行してはいたものの、念の為にと前回と同様に慎重に歩を進めていたのだった。


「順路を併走する補給部隊以外、周囲にマナを内包する動体は存在しないようです」


 ティルを信頼しているのか、自身の性能を確信しているのか。合図を確認したナインは躊躇うことなく前に出る。

 彼女の腰部からは、機体と同様に艶やかな質感をもつ紐状の金属装置が三方向に向けすらりと伸びていた。蛇が鎌首を擡げる様に、伸ばされた紐状部位の先端に確認される突起状の装置はふわりと浮遊し、一糸乱れる事無くナイン本体と一定の距離を保っている。


「前回が前回だから、二人にも探知出来ない様な魔物がいなければ良いんだけど。…いたとすれば、即撤退になっちゃうよね」

「…そんなおかしなヤツ、到着するまでは出会いたくねぇなぁ」

「全くだよ。折角ここまで来たんだ、空気読んでくれないと困っちまう」


 各自が周囲に目配せしながらも苦笑して返す。

 進行を続けて一時間程度。持続可能な集中力の波か、余分な力が抜けてきたのか。警戒を怠ることは無いものの、軽いやり取りを交える程度の余裕は出てきたらしい。


 出発からまっすぐ伸びる先遣隊の足跡は、相変わらず乱れる事無く続いている。

 人間が数名と、歩行型の機械人形が一名だろうか。大小様々な足跡の中に、細長い三角形型の足跡が寄り添うように続いていた。


 ──それから程なくして。

 前方、遠くの石壁部分。いつか見慣れた、歪に形を変えた錆びが浮く金属製の扉が視界に入った。


「事前情報の再確認ですが、あちらの近辺で相違無いのですね?」

「…あぁ、そうだよ。間違いない筈だ」


 ナインの問いに、硬い表情でセスが返す。

 記憶が正しければ、事が起きたのはあの人形部屋の先に広がる丁字路だったと記憶している。ここからでは見て取れないが、そう距離も無かった筈だ。


 前に差し掛かる際、通路から横目でちらりと扉の奥を覗き込む。

 部屋の中央部には蓋部装甲が不自然に崩れ落ち、金属板を歪ませたメンテナンスポッドが横転している光景が広がっている。その周囲にも散乱した形跡があり、我々が離脱した時から変わりはない様子だった。


 ──視線を前方に戻し、皆に遅れまいと足を運ぶこと数分。

 見覚えのある丁字路。その真ん中で、皆が足早に動かしていたその脚を止めた。


 足元に積もる肌理細やかな砂の上に広がる、赤黒い染みの痕が薄く視認出来る。

 岩石の魔物(ゴーレム)やスライムが当の昔に這った後なのか、周囲に装具の金属片や骨片と見られる痕跡は無く、染みの痕すらも方々に散り散りになりかけている。

 そして先程から続く足跡は、その上を変わる事無く規則正しく続いていた。


「…立ち止まった痕跡も、無ぇな」


 目に付くような何かが残っていたならば、それを避ける様に多少なりとも歩調が乱れるだろう。拾う為、もしくは端へどける為に動いても同様だ。

 それが無いという事は。先遣隊はこの場で脚を止めることすら無かったという事であり、そこには何も残っていなかったという証左に他ならない。


「やっぱり、もういなかったか」


 片膝をつき、今にも消え入りそうな友人の痕に視線を落としながら寂しそうに呟くセスの傍ら。佇むティルが一つ溜息を零す。

 邪魔にならぬよう、一歩下がるようにしながら。私は静かにバックパックを降ろすと、幅広な引き出しから包み紙に包まれた細長い積荷を優しく持ち上げた。


「ホント、いっつもじゃねぇか。大したことないって澄ました顔して、いつも先に行きやがる」


 セスの横にしゃがみ込み、ティルは腰嚢から小さな硝子製の瓶を取り出すと葡萄酒を滴らせる。ぱたりぱたりと砂を叩く軽い音を立てて、鮮やかな濃色が染み込んでいく。


「結局借りも返せなかったじゃねぇか」


 ティルはどこか不満気に、それでも視線を逸らす事無く瓶を傾ける。揺らぐその中身が半分程度となると、気だるそうに立ち上がりそのまま壁際に向かっていく。


「残りは置いとくからな。あとは勝手に楽しめよ」


 彼はここにはいない相手にぶっきらぼうに伝えると、瓶を静かに置いた。


「…コレも、わざわざ貴方の為に皆で選んだんだから。感謝してね?」


 精一杯こらえていたのか、涙を流さんばかりの震え声で語るウィルマのその手には先程の包み紙が収まっている。葡萄酒と同じく、それは皆で相談して持ち込んだ小さめなメドウスイートの一枝であった。

 ゆったりとした足取りで瓶の前に膝をつくと、柔らかい所作でそれを供え置く。細やかに密集した白い花が、尽きず湧き上がる光の珠と溶け出し中空へ消えていくような錯覚すら覚える光景だった。


「……そろそろ、先に行くよ」


 静かに黙祷を捧げていたセスが大盾を手に静かに立ち上がる。

 その後姿は、少し寂しげで。それでも決して俯くことは無く、背筋を伸ばす大きな彼の背中はどこか頼もしくも見えた。


「ありがとな、アルマン」


 最後にそう一言残し、それぞれが薄暗がりに向けて歩き出す中。私もバックパックを背負い直し、丁字路の中央を迂回しながら後を追う。

 最後に一度振り返り、脚を止める。決して言葉には出さず、静かに深く頭を下げた。


「終わりましたか?それでしたら出発いたしますが」


 近付く物音に気付いたナインがこちらを振り返ることもせず、いつも通りの様子で問いかける。我々が事を済ませる間、彼女は探知装置を用い周囲の警戒を続けてくれていたのだった。


「あぁ。見張っていてくれてありがとう、ナインさん。行こうか」

「いえ、契約ですので。それでは進みましょう」


 変わらぬ様子で、変わらぬ所作で。ただ彼女はそこにいる。

 必要なことを確認し終えると、感慨も無い様子でセスをちらと一瞥し彼女はふわりと行軍を再開していた。

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