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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
1章
7/138

1-7

「うぇ?!…す、すみません…これちょっと多くないですか?」


 依頼書通りの報酬金、銅貨40枚を受け取る所まではスムーズに事は運んだ。想定外だったのは"収集品の清算金額"だった。


「いえ、買い取り相場の平均額ですので間違いはありません。ご納得頂けないのでしたら、実際に通りを見て回ってご確認頂いてもよろしいですが…」


 収集品をそのまま折半しても、作製技能を所持しない僕では使い道が無い。

 現金での清算を申し出ると、彼女は収集した物品の名称と数、それぞれの買取金額をつらつらと書き連ねていったのだが──その金額の総計が銅貨74枚、僕の取り分は銅貨37枚である。


 確かに、片道2時間程度の往路を二人で細々(こまごま)と採集した覚えはある。帰還する頃には、彼女のバックパックも僕の腰袋もそれなりに一杯だった。

 しかしだ。魔物を相手取り命をかける様な思いをした回収作業で得られる金額と、殆ど変わらない稼ぎが収集作業だけで得られてしまうのは流石に戸惑ってしまう。

 危険と比較し、得られるもののバランスが取れていない気がしたのだ。


「い、いえ…納得してない訳じゃなくて…あの、本当にこんなに貰って良いんですか?」

「はい。適切な報酬ですので勿論です」


 恐らく冗談を言う人でもないのだろうが、つい確認せずにはいられなかったのだ。


「そうだったんですね…いえ、初めてだったもので、そんなに金額に差が無いことにちょっとびっくりしちゃって」

「成程…相応に危険は伴いますが、強力な魔物の身体の一部を素材として要する方々もいらっしゃいます。勿論希少な物ですから、多額の報酬金を支払い討伐兼採集依頼を出す商人もいらっしゃいますね」


 そのような物品を蒐集する好事家の方と取引する手段もありますね、と彼女は続ける。

 どちらにしても、魔物を討伐するだけで生計を立てるのは相当の実力が求められる様子である。仕方は無いが、なかなかに世知辛い。


 ──気を取り直し机上の紙を手に取ると、書き連ねられた物品の数々とそれに付けられた値段に今一度目を落とす。

 これが今日僕たちが迷宮で達成した事でありそれにつけられた評価なのだと思うと、じわじわと暖かいものが込み上げて来る。微力ながらこれに協力出来たのだ、と実感が湧く様だった。

 そんな嬉しい気持ちに浸っていると──後ろで扉の鈴が大きく鳴った。


「あ、あの…!すみません!ギルドで、さっきお帰りになられたと、聞きまして…!!」


 随分急いで来たのだろう。息の上がった女性が一人、勢い良く店に入ってくる。

 突然の事に驚き目を丸くしていると、マギアさんは静かに立ち上がり出迎える。


「回収依頼の短剣ですね?回収は完了しているのですが、少々汚れておりまして…洗浄して参りますので、申し訳ないのですが少々お待ち下さい」


 そう伝えると、カウンターの奥に消えていった。


 ──てっきり、持ち主は捕食されたと思い込んでいた。

 あの時"遺品"という単語を変に意識してしまっただけで、確かにマギアさんは短剣の持ち主が亡くなっているなんて一言も口にしていない。スライムの体の中に遺体の一部も無かったし、こうして依頼主が来るのは何もおかしくない。

 自身の早とちりを恥じつつ、来店してきた少女のことを改めて横目で見る。


 ──パッと見、恐らく僕と同じくらいの年齢だろうか。小柄な体格で暗い色のローブを羽織っており、剣などの得物は見えない。

 僕の視線に気付いたのか、お互いの目が合う。ちょっと気まずい。


「ごめんなさい…じろじろ見てしまって」

「ぁ、いえ…こっちこそ騒がしくしちゃって、ごめんなさい」


 随分急いで来たのだろう、軽く上気した顔を下に向ける。ほんの少しの沈黙の後に少女がおずおずと口を開いた。


「…あの、あなたも回収の依頼、ですか?実はあたし、第一階層で詠唱短剣(スペル・ダガー)を落としちゃいまして…」


 僕の事を回収依頼に来た客だと思った様だが、話を遮ってまで訂正する必要は無い。そのまま話を聞いてみる。

 どうやら僕と同じ初級冒険者で、彼女は魔術を扱うとのことだった。

 依頼の収集品を採集していた最中、後方から近付くスライムに気付けなかったらしい。運良く助かりはしたものの短剣を落としてしまいそれを飲み込まれた、という経緯で依頼に至った様だ。


「本当に、大事な物だったんです…」


 可哀想なくらい消沈している姿を見て、こちらは更に申し訳ない気持ちになる。あの短剣は刀身が歪んでしまった。恐らくではあるがもう使い物にはならない。


 物体に刻んだ魔術式にマナを通すことで、習得せずとも対応した術を発動出来る武器が存在する。

 彼女が言っていた詠唱短剣(スペル・ダガー)とは、そういった類の魔具だ。術の発動まで時間がかからず、マナを通せるだけの力があれば誰でも力が行使出来る。言わずもがな強力な物であり、相応の値段のする物である。

 そして当然ながら、刻まれた魔術式の回路が歪んでしまえば魔術は行使出来ない。


 彼女に"その大事な物はもう使い物にならない"という、事実を突き付けなくてはならない。

 どう言葉を継ぐか迷っていると、奥からマギアさんが布に包まれた短剣を手に戻ってきた。


「お待たせしました。お客様、大変申し訳ありません。回収は完了したのですが…」


 ゆったりと僕の前を通り過ぎると、少女の前に立ち、包みを静かに手渡す。


「恐らくですが…本来の機能は果たせなくなってしまっていると思われます」


 マギアさんが深く頭を下げる。

 少女は包みを剥ぎ、短剣と対面する。彼女が何と発するのか。正直、怖くて耳を塞ぎたい。


「…いえ、いえ。ありがとうございます。本当に、戻ってきた…」


 声が細かく震えている。


「これじゃなきゃ、ダメだったんです。…亡くなった祖父から貰った、大事な物だったから」


 マギアさんが、ゆっくりと頭を上げる。


「スライムに飲まれた時、何度も割れるみたいな音がして…あぁ、ダメにしちゃったんだって…諦めてたから…」


 少女が短剣を大事そうに抱えながら、頭を下げる。


「持ち帰ってきてくれて、本当にありがとうございました」


 足元にぽたぽたと、水滴が落ちる。


 ──少女を前にして、マギアさんは今どんな顔をしているのか。


 目の前の光景を見てふと思う。

 今回と異なり、僕が当初想像していた様に遺品となってしまった物を手渡す場合も当然あっただろう。マギアさんは数々の大切な物をあの薄闇から持ち帰り、その度にそれを待つ人に一つ一つ大事に手渡してきたのだろう。


 それらを一体、何度繰り返してきたのだろう。

 今まで彼女がどんな気持ちで、どんな顔をして。依頼主にそれらを帰してきたのか。

 その度にどんな言葉を受け取ったのだろう。


 ──必死に頭を動かしても、僕には想像が出来なかった。

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