7-4
「…レイシア?お待たせしました。今お帰りになられましたよ」
「おう、お疲れさん。分かっとるよ、聞こえておったしな」
石床を叩く硬い音を立てながら工房に踏み入れると、そこにはこちらに背を向け調合台に向き合う少女の姿があった。既に片付け終えたのか、先程まで食器が並んでいた小机の上は綺麗に整えられている。
「さぁて。まぁ話は聞いておった訳だが。…お前さん、また四階層に潜るつもりか?」
「…はい。出来る限り、彼らに協力したいのです」
レイシアは腕を組みつつ振り向くと、表情の無い顔のままじぃっとこちらの瞳を覗き込む。きゅっと横一文字に結ばれたその口を見れば、あまり良い印象が無いのは一目瞭然だった。
「わざわざ今更問う必要も無いだろうとは思うがな?…表層辺りならそうでもないのだろうが、お前が今このタイミングで中層に行くべきだと本当に思っとるか?」
「……」
飾り気の無い、飾る必要の無い単刀直入な疑問。
客観的に見て"行くべきなのか"とそう問われれば、きっとその答えは否であることに私自身も気付いている。今回の目的は、彼らと私の共通の我侭で。だからこそ返す言葉に詰まる。
私の様子をしばらく眺めていたレイシアは、諦めたように一度大きく息を吐く。
「…まぁな?何であれお前さんが自分の意思で下した判断だ。それに対して周囲の人間があまりとやかく言うことではないのだろう、が…」
「…いえ、いえ。今この時期に、私が足を踏み入れることは我侭であることは理解しているのです」
「ふむ。それが他者から非難されるかもしれない事だと理解した上で、それでも行きたいって言ってるんだな?」
そう再び問いかけたレイシアの声色や表情は、普段より硬く冷たい印象を受ける。私の答えを、ただただ静かに待っている様子だった。
「…はい。元より私に出来ることも、活動が推奨される範囲にも限界があります。全てに手を差し伸べることは叶いません。だけどせめて、自身の手の届く範囲のことは。出来る限りの事はしたいのです」
調合台に身体を預ける少女は表情を変える事も無く、手を組んだまま静かにこちらを見遣る。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので。瞳の奥、胸中まで見透かすような澄んだ視線がただただ問いかけ続けるようであった。
「…はぁ…そうかい。それがお前のやりたいことなら、うん。…まぁお前は昔っから存外に頑固な部分があるからな。無理や無謀だけはしないように気を付けてくれとしか言わないよ」
そう告げると、いつの間にか目の前には見覚えのある緩い空気を纏った少女が佇んでいた。ふにゃりと体の力を緩め、ほんの僅かに困ったように眉を寄せてはいるが口元にも微笑が浮かんでいる。
「…すみません。ありがとうございます、レイシア」
「わざわざ改まって気持ち悪い、礼を言われるような事なんて何もしてないだろう?」
──セスに手を差し出した以上、レイシアの理解を得られずとも今更同行を取りやめる事は出来なかった。どうであろうと私のやることは変わりないのだろうが、それでも。
私は、彼女に失望されたくないとも思ってしまう。きっとこれも我侭なのだろう。
聞きたかったことは聞けたと言わんばかりに調合台に向き直ると、レイシアは目当てのレシピが分かるようブックスタンドに調合書をセットしながら口を開く。
「…しかし。なぁマギアよ?ここだけの話ではあるんだが」
そういえば工房に戻ってきた時に彼女は調合台に向き合っていたが、先程から何を作ろうとしているのだろうか。
「はい、何でしょうか?」
「正直なとこを聞きたいんだがな。一ヶ月も経過した回収品やら遺骸が、まだ現地に残っていると思うか?」
なんでもない世間話をする様に軽い口調で放り投げられた内容。ほんの一寸躊躇はするものの、答えは言う迄も無かった。
「…いえ。恐らくではありますが、望みは薄いと思われます」
「うん。まぁそうだよなぁ」
分かりきっていた返答だと言わんばかりに、彼女は特段の反応も無く淡々と調合の準備を続ける。
「運が良ければ遺骸は見付るかもしれませんが…巡回型のゴーレムも常時稼動しています。我々が足を踏み入れずとも、循環が行われているでしょう」
「巡回型のゴーレムに蹴散らされ散逸しているか、巡回の振動で転々とするスライムが喰うて消化済みか…」
レイシアはもう一度、誰に聞かせる訳でもなく"そうだよなぁ"と抑揚無く呟く。
「まぁお前さんの話を聞く限り、遺骸は原型も無く損壊しておるのだろう?中階層程度であればそう心配する必要も無いだろうが、変成遺骸になって徘徊するような事が無いだけ幸いなのかもしれん。アレは、やはり気分のいいモノではないだろうよ」
「…そう、ですね。魂が無いとは言え、安らかに眠ることすら許されないというのは辛いことでしょう」
──変成遺骸。中階層以下でのみ見られる特異な現象。
死して尚、自らの意思と関係無くあの仄暗い空間を彷徨い続けるのは余りにも酷で。遭遇する側からしても、やはり見知った者を手にかけるのはどうしても躊躇する。
私は実際に目にしたことは無いが、確かに決して気分の良いものではないだろう。
「酷ではあろうが、周囲の者にあまり期待は持たせるなよ?奇種の有無に関わらず魔物はおるんだからな?」
「…はい。結果がどうであれ、すぐに順路に戻れるよう注意を払います」
常々私の意思を尊重してくれているのだ。彼女の言う通り、目的達成の如何に関わらずともかく無事に帰還せねばならない。
それも、私に出来る限りのことに違いないのだ。
「さぁて。それじゃあ、気合入れてお前さんに持たせる消耗品を作っておかないとね。何事も無ければ、規制解除もそう遠くは無いだろうさ」
レイシアは得意そうな顔で。
眼を細めて整った白い歯を覗かせて。悪戯っぽく、歳相応に見える可愛らしい笑顔を向けて見せた。




