7-3
きぃと乾いた音を立てる扉の向こうに姿を現した大柄な体つきの男は、小さく驚きつつ申し訳なさげな表情を浮かべていた。
「突然申し訳ない、今大丈夫だったかい?店を閉めてたみたいだから、ダメ元でノックしてみたんだが…」
こうして彼と顔を合わせるのは前回の依頼振りだろうか。目の下には薄っすらとクマの痕が見て取れるものの、不思議とどこか落ち着いた雰囲気も感じられる。
「セス様、ご無沙汰しております。いえ、お気になさらないで下さい。…入り口でお話を続けるのもなんですので、どうぞこちらに」
ゆるりと会釈をすると、店内に招き入れる様にして"問題無い"という意思表示をして見せる。
昨夜レイシアとの対話後に開錠するのを失念していただけで、それが終わった今来店を阻む理由はどこにも無かった。
「そう、なのかい?問題無いなら良いんだが……それじゃあ、遠慮無くお邪魔させてもらうよ」
ちらと店内の様子を伺うセスを横目に、一足先に大机まで歩を進める。他より幾らか重厚感のある来客用の椅子を引き彼を誘導すると、その正面に自身も腰を落ち着けた。
「ありがとう。…本当ならティルかウィルマも来て欲しかったんだけど、忙しく走り回っててね。そう余裕も無いから、俺もこの後すぐ合流せにゃならん」
「皆様、何やらお忙しくされているのですね。…それで、本日はどのようなご入用でしょう?」
そう告げると、彼は一つ咳払いをし真剣な面持ちで背筋を伸ばして向き直る。眼前で厳つい大男が全身に力を込める姿には、やはりいくらか重圧を感じてしまう。
「…十三日後。迷宮の侵入規制が限定的に解除されるのは知っているかい?」
──奇種発生の認定後、迷宮への侵入が規制されてから本日で十七日目。従来の規定通りであれば、一ヶ月の期間を以って規制解除が判断される頃合であった。
「今回もいつも通り、そのタイミングでギルドが哨戒依頼の公募をすることを発表しているんだけどね」
「…あぁ、成程」
──恐らくセスはその依頼に参加する為の物資調達に訪れた、という事なのだろう。
規定の期間満了が間近ではあるが、当然ながら解除を判断する前に原因となった問題が継続していないかという一点を明らかにせねばならない。
それを確認する為には実際に迷宮に赴くしか術が無い為、"特定の冒険者"が別途侵入手続きの必要となる六階層の手前迄の状況を確認、調査を行いつつ階層を降りていくのだ。
何事も無ければ晴れて段階的に規制解除となる、のだが。道中に僅かでも奇種と思しき魔物の残存が確認されれば規制は継続されることとなる。
我々迷宮に関わる者にとって重要な意味を持つ特別な依頼、それが"哨戒依頼"である。
「哨戒依頼ですと、戦闘行為を行う機会が必然的に多くなります。嵩張る物も多くなると思われますので、メンバー様とこの度の同行者の方の人数、並びに積載量を明確にした上でご相談された方がよろしいですが…」
「うん…?」
セスの頭上に疑問符が浮かんで見える。何か誤った事を言っただろうか。
「現段階では、参加される方はまだ定かでは無いのでしょうか?」
──言う迄も無いが、広大な迷宮の階層全てを踏破し安全確保を行うという事は不可能である。
その為最も利用者の多い階層経路同士を繋ぐ最短ルート、並びにその周辺枝道の"最低限のみ"を確認する事になる。
しかしながら平常時より安全性の不確実な迷宮に侵入しなければならないこと、そして何より遭遇戦を前提とし身の安全は各自確保することが求められる為、一定の戦闘技能を有している冒険者のみ参加が許可される。
私の様な民生用の機械人形は申請資格すら持ち得ないのだ。
「あぁ…いやいや違うんだ!すまない、そっちには参加しないんだ。俺たちは、アルマンの遺品を回収したいんだよ」
「…申し訳ありません、どういう事でしょう?」
勘違いをしてしまったのだろうが、今度は私の頭の中にいくつかの疑問符が浮かぶ。
「いやいや、分かり辛くて申し訳ない。んと…当然のことではあるんだが、哨戒依頼の目的は奇種の残存確認であって、回収品の持ち帰りは一切考慮されていないだろう?」
「はい、そも目的とされていない事項です。そうある事は間違いではありません」
決して浅いとは言い難い階層先で、余裕の無い積荷をわざわざ増やしたがる様な物好きはそういない。取り扱いが定められ、唯でさえ稼ぎになりにくい回収品であるなら尚更である。
軽量で邪魔になりにくい装飾品の類であれば、地上へ持ち帰られる希望も多少はあるのだが。そのまま掠め取られ、裏で形を変え戻ってこないという事例も珍しくは無い。
「うん。だから俺たちは、哨戒依頼をこなす冒険者達の後方支援を行うという名目で追従してあくまでも"偶発的"にアルマンの遺品を発見しようと思っているんだ」
「……成程。それでしたら、回収品を手にしても周囲から咎められる事もそう無いかもしれません。…あぁ、その名目上なら私にも参加資格がある、ということですね?」
「そう、それ!そうなんだよ!」
思惑を共有出来たことに安堵したのか、セスはその顔に喜色を浮かべ大袈裟に頷いてみせる。
「後方支援は先行部隊が確保したルートを追従するから、戦闘技能の無い人でも申請自体は可能なんだ。それに糧食や医療物資を多く積む必要もあるから、マギアさんみたいに同行者業に慣れた人だと心強いんだよ」
「……そう、ですね…」
──彼の提案にどう答えるべきか、一寸思案する。
返事に迷っている理由は大きく二つ。一つはレイシアの言いつけ、そしてもう一つは回収品の持ち主との関係性が原因であった。
レイシアに収集品に関する知識を教授して貰っていた時や、迷宮への侵入を認めて貰う為に何度も説得した時など事あるごとに念を押された事柄があった。
"中層以降に潜る際は、くれぐれも注意すること"
民生用と言う性能である以上、私は自衛手段を殆ど持ち得ない。
自身の命を相手に委ねなければならず、預けられた相手にも負担をかけることは間違いない。事実レイシアの懸念していた通り、私は前回中層で大きく損傷を負ったばかりである。
迷宮という場所で尋常では無い数の痛みを知るからこそ、出来るだけ危険に近付いて欲しくないということもあるのだろうが。
壁を隔てた向こう側にいるレイシアにも、恐らくこの会話は届いている。
危険を侵したばかりの場所に再び赴かないかという提案を、彼女はどんな顔をして聞いているのかと気になって仕方なかった。
「あぁ…えぇと、流石に唐突な提案だった、よな。前回も怪我したんだし、やっぱり気が進まないかな?」
反応があまり芳しくないと思ったのか、セスが眉を寄せつつがしがしと頭をかく。
どうすれば良い返事を引き出せるのかと必死に思考を巡らせているのだろう。滑り込んだ不自然な沈黙がしばらく続いた後に、彼がゆっくりと口を開いた。
「……あの、さ?慰霊祭の前に、ウィルマがここに来たんだろう?」
「そうですね。祭壇に供える花束を作るお手伝いを致しました」
ぽつりと。
先程までの喜色に溢れた様子が一点して、大柄な体躯の男は落ち着いた声色に乗せて心情を零れ落とす。
「……帰還してからずっと。あの時は俺、まだだいぶ落ち込んでたんだ」
彼は視線を伏せ、がっしりとした太い指を組んだまま一点をじっと見詰めている。
「今まで迷宮には何度も潜っててさ、一緒になったメンバーが怪我したり、それこそ、その……死んじまうような事もあったんだ。パーティメンバーが死ぬのは、決して初めての事じゃあ無かったんだよ」
折れてしまうのではないかと心配になる程に。組んだ指の節々が白くなる程、セスは固く固く力を込めていた。
「勿論、その時も結構ショックではあったんだ。俺にもっと何か出来た事があったんじゃないかって。…それでも正直、こんな打ちのめされる様な事はなかったんだ」
──返答を迷う、もう一つの理由。
遺族や当人と関わりのある冒険者が回収作業そのものに同行を申し出る事例も存外に多いのだが。
「…守護者とか大層な役職を背負ってる癖に、アルマンを守れなかった。他の誰よりも、俺が防がなきゃいけなかった筈なのに。守れなかったんだよ」
その大半はどこか感情的で、普段と異なり正常な判断を下せない場合が殆どであった。結果持ち帰る回収品が増えてしまうことだって珍しくない。
「あぁ…ごめんよ、だいぶ話が逸れた。…とにかく、落ち込んでた時にウィルマがやってきてさ。打ち明けてくれたんだ。自分の行動が正しかったのか、どうすれば良いのか。ずっと悩んでたって」
今回の彼の申し出も、そのよくある事例の一つであるかもしれない。きっと、彼を静止しアルマンという人物と関わりの無い冒険者に回収依頼を出すことが安全に繋がるだろう。
「多分、肝心な時に前線に加われなかったのを気にしてるんだろうな。ティルの奴も帰還して以来、毎日ずっと訓練所に篭ってたらしい」
大事な人であればこそ、思い入れがあるからこそ。関わりを持たない人物が遂行するべきであろう。
「皆が悩んでたんだ。これからどうすれば良いのか。どうやって終わらせれば良いのか」
ゆっくりと。指を解き、セスが静かに顔を上げる。その瞳は力強く、真っ直ぐで──
「マギアさん、ウィルマに"それでも歩みを止める訳にはいかない"って言ってくれたんだろう?」
「…はい。それが正しいかは分かりませんでしたが、その様にお答えしました」
──あぁ、と言いかけた言葉を静かに飲み込む。
時折。回収依頼を持ち込む人に"こういう瞳"をする人がいる。私はどうにも、こういう人が苦手らしい。
「…うん。きっとその通りなんだ。大事な仲間を亡くしたとしても、アイツともう潜れないとしても。残された人間は生きていかなきゃいけない」
彼は再び目を伏せる事無く、ただただ真っ直ぐにこちらを見据えている。
「その為に。俺たちがもう一度前に進む為に。どこかでケジメを付ける必要があるんだ」
──依頼主の殆どは、どこか昏い眼差しをしていることが多いのだが。
稀に、何かを秘めた力強さに満ちた瞳を向ける人がいる。そんな依頼主を見返していると、どうにも思うように返答が出来ない事があった。
「俺たちに出来る事だとか、新しい目標だとか、そういうことを勿論決めなくちゃいけない。だけどその前に、せめて小さな装具の一かけらだけでも地上に持ち帰ってやりたい。あんな場所で一人寂しく終わる為に今迄頑張ってきたなんて、そんなの絶対に認めたくないんだ」
前に進む為のケジメ。
残された三人にとってそれが必要であるならば。私がその機会を奪ってしまうことは正しいと言えるのか。その機会を無くしたら、彼らはどのように歩き出せば良いのか。
「アイツはずっとあそこで一人取り残されたままで。それは、それだけは駄目だと思うんだ」
セスの語気が僅かに強くなる。やはり感情的になる部分はあるのだろう、それを自覚しているのかはっとした顔で硬く握った拳を解くと小さく溜息を吐いた。
「…まともに何か残っているかは分からない。時間もだいぶ経つんだ、徘徊しているスライムに消化されている可能性の方がきっと高いだろう」
──そもそも私を中層に連れて行ってくれた恩義がある。いつか、何らかの形で彼らにその恩を返したいとは思っていたのだ。
「それでも、この目で確かめるまでは諦めたくない。俺たちが、自分達の手でちゃんと迎えに行きたいんだ」
──ふと。ギルドでアルマンの手を握り返した時の、凛とした彼の瞳が。あの時の一瞬の景色が頭を過ぎる。
「…事情は、概ね理解出来ました」
どこか故障したままなのか。
私も正常ではないのかもしれない。誰にも聞かれないように、胸中で小さく息を吐く。
「どう、だろうか?俺たちとしては、やはり出来ればマギアさんに同行者として着いて来て欲しいんだが…」
セスは緊張した面持ちでじぃっと返事を待っている。
彼からは実に誠実な印象を受けた。その内容に偽りは無いのだろう、私の同行を望んでくれている人物がいるということも十分に好ましいことだ。
「それでは、セス様」
──私が彼らに対して、どうしたいか。セスに左手を差し出す。
「私も微力ながらお力添え致したく思います。どうぞ、よろしくお願い致します」
「ぁ…あぁ、良かった…!勿論だ、ありがとう!よろしくお願いするよ!」
心底安堵した表情を浮かべると、セスは節くれ立った無骨な両手で包み込む様に手を取り何度も礼を述べていた。
彼らの期待に応えられる様に、一人待ち続ける彼と共に帰還出来る様に。レイシアを心配させない為に。私に出来る事を尽くさなければならない。
──絶対に、皆に危険が無いよう守ってみせるから。もう一度、信じてくれ。
改めて詳細の擦り合わせを行う日程を取り決めた後。力強い瞳を向けながら彼はそう告げた。




