7-1
空気は凛とし、隅々まで遍く広がっていた宵闇を照らす為に朝の仄明が訪れようとしている。
ほんの数時間前、年に一度の慰霊祭の夜。
冷えた炭酸水と新たな果実酒を手に戻ってきたレイシアは、あれからもとつとつと昔歳を零しつつ遅くまでたっぷりと時間をかけながらその小柄な身体に艶やかな色をした液体を注ぎ込んでいた。
身体の芯がぐにゃりと柔らかくなる程に酒が回り、顔を上気させた少女がダルそうな空気を纏いながらふらふらと仮眠用のベッドに向かったのがつい先程の事。
一人残された私はと言うと、炊事場でいくらか手慣れた料理の準備に取り掛かっていた。
酒を飲み過ぎた時分は、朝とも昼とも言えない頃合に眉を顰めたレイシアがのそりと起きてくるのは珍しくは無い。いつの時だったか、そんな彼女にねだられスープを作った事があった。
決して凝った物ではない。
野菜の皮剥きや下拵え等、レイシアが隣に居ない時には自然と細かい作業を行うのは難しい。私が片手で作る素朴と言えば聞こえの良いシンプルな出来栄えのスープを、彼女はいつも安堵したような表情で口に運ぶ。その様子を眺めていると、不思議と気持ちが落ち着く様で──
いつの間にか、二日酔いの彼女にスープを用意するのは私の仕事の一つになっていた。
スープパンにザク切りにしたトマトと水を入れ火にかけると、ブイヨンを固形に加工した調味料を指先で砕き入れる。しばらくすると手元から柔らかな蒸気が肌を撫でるように舞い上がり、辺りにはくつくつと小気味良い音が響いた。
鍋の中で揺らぐ水面を静かに覗き込んでいると、スープを口にする彼女の安堵する表情と共に、昨夜のことが蘇る。
──自身の過去。
誰かの回収品である私は、これからどうしたいのだろうか。本来の、アイザックやレイシアより以前の"ご主人"と呼ぶべき人物がきっとこの街のどこかにいる。或いは、状況からすると生き延びてはおらず"存在した"のかもしれないが。
私はその人との関係をどうしたいのだろう。もしその人物と再会出来たとして。もしそれが叶ったとして、今の生活はどうなってしまうのか。
受け継いだこの店や、自身の築き上げた今迄の物事がどう変わるのか。それとも、何も変わらないのか──
それだけではない。夜通しゆっくりと時間を掛けて教えてくれたレイシアの長い長い過去。そして、彼女の抱えることとなった"迷い"。それらを知った今、私は彼女にどう働きかけたいのか。
一人になった今、整理すべき事柄が波の様に押し寄せ渦を巻いていた。
スープの煮立つ音に掻き消えてしまう程の、小さな息を吐く。
私がどうしたいのか。私を救ってくれた人たちが何度も問うたこの言葉。渦巻く気持ちや感覚が正しいのかは分からないけれど、素直に、真っ直ぐに向き合うことが出来たら。
それで良いと、笑ってくれるだろうか。
壁掛け棚から小瓶を手に取ると、塩と胡椒を振るい入れ溶き卵を回し入れる。
風にたゆたう羽衣の様に、ふわりと卵がスープの中で優雅に踊って見せた。




