表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
6章
63/138

6-9

「……はぁ。こんなに自分のことを話したことは久しくなかったな。…少しばかり、疲れたよ」


 小柄なその身体の底に溜まった澱を吐き出す様に、深く深く息を吐く。

 僅かに顔に疲労の色を浮かべると、ゆらゆらと手元のグラスを遊ぶ様に転がした。とろりとした琥珀色の液体はすっかり人肌に温くなってしまっているだろう。


「それからもまぁ…うん、色々あったかな。外に出れず宿に引き篭もっとった所に、容態の落ち着いたザックが声を掛けにきてくれてね。それで店をやりたいとかいう話をしたりして…うん、本当に。色々あったんだ」


 恐らく、という推測でしかないが。

 未だ語っていない過去も、長い時間積み重ねてきた語るに尽くせない様々な想いもあるのだろう。寂しげで優しいその眼差しは手元でも私でもなく、手を伸ばしても届かない過去を眺めている様に見えた。

 それを断ち切るように、短く瞼を閉じ一度小さく息を吐く。


「…話が長くなったな。お前の質問に答えられたかは分からんが、言うた通りだ。見た目はコレだが、ワシはだいぶ長く生きておるんだよ」

「いえ、いえ。…事情は把握いたしましたし、納得も出来ました」

「ただ年齢を答えても納得は出来んだろうと思った訳だが…うん。自分の為に多くの命を奪って、それでも何の成果も得られなかった。その結果、当時の姿のまま生き長らえてる愚か者がいるということだよ」


 少女は今一度確かめるように、冷たく硬い口調で淡々と締めくくる。

 温くなった蜂蜜酒を一息に流し込むと、空になったグラスを目の前に置き指を組んだ。


「……」


 今迄彼女は、自分から過去について触れる事は無かった。決してそれに軽々に触れて欲しくはなかっただろうことは想像に難くない。今回私に語り聞かせる為に一つ一つ丁寧に思い出す事は、傷口をなぞる作業に他ならない。心穏やかなものではない筈だ。


 ──この前観た夢。


 私も決して軽い気持ちで問うた訳では無い。自身と、自身を取り巻くモノの"過去"について改めて思考する機会があったからこその疑問。それに偽りは無い。

 しかしそれがどうであれ、私が今まで彼女が秘していた過去を暴いたのだ。私がそうする事を促した事実に違いは無い。そうである以上、私が彼女に何かを応えなければならない。出来ることならば、何かを応えたい。

 過去を失った私が、過去を悔いる彼女にどうすれば寄り添えるのか。分からない、けれど──


「…すみません。私には、今の貴女の話にどうお応えすれば良いのか分かりません」

「いや、何かを求めている訳でも無いんだ。お前が気にすることは何も…」


 静かに手を伸ばし、少女の柔らかく小さな指に手を添える。

 触れた瞬間、ぴくりと僅かに身体を震わせると驚きに見開かれた眼がこちらに向けられる。


「分かりませんが…私は、貴女の傍にいます。アイザックと貴女がいたから、私は救われたのです」

「……」


 ──このまま消えて無くなってしまいそうで。

 彼女を一人にしてはいけない。根拠は無いけれど何故かそう思えた。


「…はは、なんだいそりゃ」


 そう返すレイシアの声が、先程よりいくらか明るく聞こえたのは気のせいか。添えた私の手に視線を落とすと、無言のまま指先で軽く撫で返す。小さく柔らかい、傷一つ無い無垢な少女の指が球体間接の凹凸を緩やかに、静かに往復する。


「…ありがとう」


 薄闇に柔らかく照らし出される少女の顔は、穏やかで。先程語られた話は想像も付かない、歳相応の幼さが見て取れた。

 ふと、何かに気付いた様にレイシアが視線を宙に彷徨わせる。その瞳にははっきりとした色濃い白色の光が灯っていた。


「あぁ…そうか。今年の慰霊祭も終わりか」


 視線の先、高窓の向こう。夜空を裂く様に天に伸びる、眩い一条の光が見える。


 ──回収品を燃やし無に帰す。焦壊魔術の魔術反応。

 街のどこからでも見えるあの浄火の光柱が、慰霊祭の終了を知らせる合図であった。


「…いつもなら、お前さんはあれを見届けるまで裏側にいたっけな」


 ぽつり、と視線を逸らす事無く言葉を零す。


「…はい。私が保管した回収品、ですから。最期まで見届けたいのです」

「うん。…そうか。大事なことだ」


 しんと、言葉が止む。

 彼女は今何を想ってこの光を見ているのか。今迄何度この光を見てきたのか。私にはそれすらも分からない。

 遠くに見える光の柱の周囲には幾つもの光輪が浮かび、その幻想的な姿を夜空に一層際立たせていた。


「あぁ……ふふ。本当に、お前さんが酒を飲めたら良かったんだがなぁ」


 二人、見上げたまま。レイシアは眩しそうに眼を細めると、私の手をきゅっと軽く握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ