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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
6章
62/138

6-8

 これだけの勝手をしている私が諦める事は許されない。潜ることを止める事は許されない。結果を出せるまでは潜り続けなければならない。

 そんな強迫観念に駆られていた為か、私の目的はいつからか自身に影響を及ぼした魔術の痕跡を探ることから"迷宮に潜り続けること"に摩り替わっていた様に思う。


「この街は冒険者でも前科者でも拒まない、とにかく流入者が多い街だからな。行方不明や命を落とす者も多いが、同じくらいに夢やら野望とやらを抱いて訪れる新参者に事欠かない街なんだよ」


 調査協力を募りつつ、併行して人員募集に常に眼を配る。潜れるのであれば何でも良かった。

 腕が立つ協力者ならそれに越したことは無いが、不慣れな者だろうが構わない。とにかく怪しまれない程度に体裁を守れればそれで十分だった。


「これは、うん。あまり褒められた事ではないんだがな?事前申告と異なる階層に移動するのは別に構わんのだ。…お前は絶対にするなよ?」


 階層毎に関所が設けられている訳でもなければ、冒険者それぞれに監視が付いている訳でもない。

 迷宮の中で冒険者がどう動くかは自己責任であり、自身の力量に見合わない階層に足を踏み入れれば当人が命を落とすだけなのである。

 事前申告の階層での行動に止めておけば、万一に探索依頼が出た際の救難の確率が上がったり遺体が回収されやすくなる、という程度なのだ。


 募集状況が芳しくないようであれば依頼内容、目的階層を変更する。

 最低限、魔術師に相性の悪いウィスプが出現する二階層を突破出来ればそれで事足りる。申告通りの階層まで協力を得たら同行者に多めに報酬を渡し、それ以降は単独行動を取ることは茶飯事だった。


 ──どれだけ経ったのか。

 潜って、潜って。人を募り、渡り歩いては他者を傷付け、自分自身も傷を負って。


 そんな日々を繰り返していく内に、自分だけが無事でいては申し訳が立たない。周りと同様に傷を負わなければならない、という暗い思考が満ちていた。


 また手がかりは何も見付らなかったが、それでも負傷者を殆ど出さずに地表に戻れた時には心の底から安堵した。本当に、本当に良かったと思えた。

 魔物に鏖殺されてしばらくした後、共にしていた筈のメンバーの遺骸の山で目を覚ましたこともあった。死んだ時の感覚だけがこびりついて、震えながら一人で帰還した。

 岩石の魔物に、その太い腕で胸から上を磨り潰されたこともあった。

 魔蛇に全身を締め上げられ、圧迫され自らの肉と血反吐で窒息し意識を閉じたこともあった。

 四肢を折られ身動きが取れず、右側からゆっくりと負荷を掛けられ頭骨を砕かれた。眼球に乳白色の鋭い針の様な牙が迫り、光を失った。ずくずくと痛む腹に毒を注入され、溶かされながら抉られた。階層に漂う致死毒で、変色した自身の四肢を見詰めながら事切れたこともあった。


 何度も、何度も何度も何度も。

 どんなに痛い想いをしても、命を落としても、元通り。


 ──そんなある日。唐突にそれは起こった。


「最初は確か…頭痛だったんだ。迷宮に踏み入れた頃になって、徐々に徐々に疼く様に痛んだ。まぁその時はなんとか誤魔化した、のかな」


 宿に滞在する間は痛みは無く、迷宮に足を踏み入れると途端傷みがやってくる。それでも無理を通して探索を続けると、その内異変は身動きが取れないほどの眩暈を伴うようになってしまった。

 しかしながら頭痛も眩暈も、地表に戻ると不思議と不調は治まるのだ。


「薄々気が付いてはいたがな、そんなこと、認める訳にはいかなかったんだよ」


 そうなるとそれほど間を置かずして。

 枯樹を潜り、その先に構える白い巨大な門にたゆたう青い膜を見ていると、呼吸が荒くなり過呼吸を起こすようになった。

 迷宮内部の空気を吸うと吐き気でまともに動くことが出来なくなる始末だった。


「ここまでやってきて。散々関わるモノを踏み躙ってきて。今更心が折れたなぞ認められるかよ。…そんなこと、どの口が言えるよ」


 ──徐々に、それでも確実に。迷宮に、枯樹に近付くことが困難になっていく身体が憎かった。


 その日。

 久し振りの依頼への申し込みを済ませ、共にするメンバーの集合を待っている最中に手洗いの一室に篭っていた。痛みでまともに思考が纏まらず腹を抱えながら嘔吐する。幾日前から空っぽのままの筈の腹の中身を吐き出そうと、それでも胃がぎりぎりと絞る様に動いている。


 涙で視界は滲み、呼吸は浅く、身体は小さく震え歯の根が合わない程なのに。

 鏡に写る自分の顔も、冷たく鈍く感じる筈の指先も血色は良く健康的なままで。私の中身と外側は別物のようで──

 拒絶反応を起こす自身の脆さが憎くて憎くて仕方なかった。


 遠くに自分を呼ぶ声がする。他のメンバーは集合し終えたのだろう、出発の時間も過ぎているかもしれない。足先から消える様に力が抜け、自身の身体を支えきれず壁に崩れる。


 ふと。無意識に。もう、無理なのかもしれない、と。これでは冒険者としての私は死んでいるも同然ではないか、と。

 ゆっくりと暗闇に閉じていく意識の中、ふつりと糸が切れた。

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