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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
6章
58/138

6-4

 レイシア=オルトハーグという冒険者は、"それなり"に魔術の腕の立つ少女だった。


 幼い頃から魔術に親しみ育ったお陰か。

 周囲の者たちと比べればマナを効率良く扱うことは出来たし、親から受け継いだ書物にある魔術式を理解することも早かった。彼女自身、知識を深め魔術と触れ合いそれを行使することを楽しいと感じた。その日々は確かに幸せだった。

 しかし"唯それだけ"のことであったのだ。


 歴史に名を刻む様な功を成した事は無く、物語に語られるような他に類を見ない非凡な才を持ち得た訳でも無い。所謂周りよりいくらか筋がいいという程度の一介の魔術師に違い無かった。

 誇れることがあるとすれば、当時最下層とされた第五階層からの帰還者で最年少記録を作った事がある位で。それもしばらくしたら塗り替えられた訳だが。


「この街に来た頃からで付き合いの長い、馴染みの面子でな。潜る様になった頃からずぅっとつるんどった。…勿論危ない時もあったが、それでも全員で何とか乗り越えて。……ふふ、やっとのことで最深層に全員で到達出来た時にはそりゃ興奮したよ」


 ──眼を細め懐かしい記憶に指を這わせる彼女の表情は、本当に穏やかで。


「…意識を戻して以来、行った事は無いよな?」


 一寸間を置いて投げられた質問に、無言で一つ頷いて返す。

 自身の出身階層ではあるが記憶はロストしているし、深層にほぼ近い依頼ともなると民生用の機械人形では募集要項を満たさない事が殆どである。何より、レイシアとの約束でそれほど深くには潜らない様に決めていた。


「…凡そ、ではあるが。五階層は擂鉢状の形をしていると思われとる」


 ──思われているという言葉の通り、発見から数年経過しても尚その全容は未だに把握し切れていないのだが、それは到達までの道程が非常に困難であることだけが理由ではなかった。

 他階層より格段と広大であること。そして何より、階層全体を覆う"毒気"が調査を遅々としていた。


 四階層と同様、地下にあるにも関わらず階層内は照明が不要な程に明るい。

 天井にまで到達しているのかは定かではないが、直径数Mもある太い石柱が不規則に乱立している為あまり見通しも良くはない。

 その石柱の根元の部位に、寄り添うように建てられた人工物が散見されている。石造りのそれらは一見して家屋の様な装いであり、一様に質素な造りをしていた。そしてそのどれもが、例外無く朽ちている。

 そして何より他階層とは異なる特徴的な物が、"中央部"と思われる部位にあった。


 近付く程に植生は姿を無くし、陰鬱な程に濃くなる毒気によって魔物ですらその姿を消してゆく。階層に満ちる光でさえ届きにくい、命が生きていくには相応しくないその深奥に。


 直径数Kmにも及ぶ巨大な穴がぽっかりと口を開けている。

 "切り落とした"としか表現出来ない程に滑らかな壁面をしたその穴からは、常に高濃度の毒気が這い出す様に噴出し続けている。

 階層に漂う毒気はこれが原因であり、それ故に毒の霧が常に立ち込める中央部付近の探索を特に困難なものにしていた。


「今じゃぁそうではないが、昔は一握りの冒険者だけが足を踏み入れることが出来た場所だったんだよ。……自らの実力がそんな場所でも通用するのだと、浮かれたとこもあったのかもな」


 自分達ならどうにかなる。そういう根拠の無い自信もどこかあったんだろう、と自嘲気味に付け足した。


「確か、あれは二回目に侵入した時だったか。まだ誰もほぼほぼ手を付けたことのない、霧の中を探索する計画を立てたんだ」


 当時の装備は今と比較すれば、随分と粗末なものだったに違い無い。

 数少ない情報を精査し、街中を走り回って最新鋭の装備を準備した。勿論、高額の魔具まで調達したがそれでも滞在可能な時間は今とは比べるまでも無い程で。


「夜通し額をつき合わせて必死に対策を考えて、駆けずり回って準備を整えて。…うん、いざ霧の中に足を踏み入れた時はもう、怖さと興奮でごっちゃだったわな」


 一歩間違えば命を落とす事が確実であるにも関わらず。

 殆ど誰も踏み入れたことの無い未踏の地を、自分達が先頭に立ち切り拓いているという事実が堪らなかった。新雪に足跡を残すようなその行為に胸が高鳴って仕方なかったのだ。


「…そうして霧の中を進んだ先で、比較的大きめな建造物を見付けたんだ。パッと見は霧の外で見かける家屋の様な特別変わりの無い装いだったが、崩れた痕跡も殆ど見当たらずしっかりしとった」


 危険を冒してまで突き進んだ先にあったのは、霧の外と変わりなかったという事実。

 何か変わった物が見付かるのではと期待していたからか、少し拍子抜けではあったがそう悠長にしている暇もない。調査を行う為に近寄ることとなった。


 しかし重く厚い門扉を開けて目に入ったその光景は、想像していたものとは幾らか様子が異なった。

 薄暗い室内、入ってすぐの場所には飾り気の無い玄関ホールが広がっている。

 左右には一つずつ窓の無い暗い色の扉があり、正面には狭く仄暗い通路が一つ続いている。人が長く訪れていない為か、空気はじとりと重く淀んでいるようだった。

 早速全員で探索を開始することとなったのだが──


「しかしまぁ本当に文字通り何も無い。本の一冊、食器の一つすら残っとらん徹底振りでな」


 霧の中は魔物と遭遇することも無ければ、前述の通り遺物も何も残っていない始末で。良いか悪いか、探索は実に順調に進んでいた。

 結局左右の部屋では何も見当たらず、中央の通路は途中から瓦礫で埋まって先には進めず。あっという間に手詰まりとなった。


「ここまで来て何の一つも成果が無いのは癪だし…まぁ財布にも厳しいからな。全員でとにかく室内を探し回ったよ」


 何か土産の一つでもないかと目を皿にして歩き回っていたその最中。部屋の端、壁が僅かに崩れ穴が開いている場所を見付けた。

 小柄な少女が辛うじて通れる程に控え目なその穴の先は、瓦礫で埋まった通路の先の部屋に繋がっていると思われた。


「お前が一番小さいからという理由でそんなとこに潜れと言うんだぞ?おもっきし文句も言ったし躊躇もしたよ」


 愚痴を散々溢しつつ層になった埃まみれの床に手を着いて腹這いになると、ゴーグル越しの視界はあっという間に白く染められた。

 メンバーに聞こえる様、もう一度わざとらしく大きな声で文句を吐き出すと。全身を真白にさせながら、泳ぐように這いつくばった。


 ──そしてやっとのことで抜け出したその先には。礼拝堂の様な空間が広がっていた。

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