6-2
陽がいくらか傾いた頃だろうか。
祭りを楽しむ人々の活気とは裏腹に、薄曇りに覆われた空は一足早く街に影を落とし始めている。遠くの喧騒が僅かに届く仄暗い室内では、洋燈が暖かく柔らかな光を浮かび上がらせている。
──恐らくは自分が楽しむ為に持ち込んだのだろう。
目の前に置かれた蜂蜜酒と杏の果実酒の瓶は、机上にとろりと甘やかな香りが漂いそうな影を落としていた。
「さぁてさて…」
レイシアが足取りも軽くグラスを手にやってくると、よっこいしょと零しながら正面の椅子に腰を落とす。
「いつも通り、お前さんは夜まであっちにいるかと思っとったんだがな?…まぁ、酒も入れば口の滑りも多少良くなるだろうとね。ちびっと楽しんでおくつもりだったんだよ」
「…慰霊祭が終わったら、という話でしたので。私も先に帰ってお待ちしておこうと思ったのです」
「ふふ、よっぽど気になっとったか。…いや、まぁそらそうよな」
注いだ果実酒を舐めるように一口楽しむと、ほぅと恍惚とした表情で甘い息を吐く。
「…酔わないで下さいね?」
「分かっとる分かっとる。不覚になるような飲み方はせんよ、安心しろ」
目の前の少女は肘をつきながらけらけらと笑うと、もう一度ゆったりとした所作でグラスの中身を口に含む。
「ふぅ…さぁて、どっから話したもんかねぇ。まぁ勿体振るもんでもないんだが……うぅん…お前さんが一番気になっとるところから話すか。"お前さんがどういう状況で見付かったか"だったか?」
「…はい、そうですね」
そう、まずは彼女の知る最初から。
何があったのか、順序立てて聞いていかなければならない。
「まず最初に、だが。ワシもザックも、当時の事はギルドに報告されとる事しか知らん。当然ではあるが、もう迷宮に潜らんくなって久しいからな。んだもんで、お前さんの疑問が全て解決するかは分からん。……それは良いな?」
小さく、こくりと頷く。
「うん。それじゃぁ…見付かった場所だが。人形部屋ではなく、五階層と四階層を繋ぐ階層通路の途中に倒れとったらしい。どこもおかしく無い、ごくごく一般的な冒険者服を着用しとったんだと。…まぁ普通じゃないとしたら、全身の殆どが損壊しとった辺りかね」
──まずその状況自体がおかしい。
破損状況はともかく、そのような場所で機械人形が発見される事例は無い筈だ。
「通常なら、機械人形が発見されるのは相応の装置のある人形部屋に限られるのは知っとるな?…んで、見付かる時も大抵素っ裸かメンテナンスに適した最低限の着衣のみ、ってのが殆どだ」
そうではなく、迷宮探索に適した衣類を身に付けていたということは。既にその時点まで稼動し、何らかの目的を持って活動をしていた証左だろう。
「んで、その損壊というのも咬傷やら擦過傷やらで…まぁ察するに、十中八九魔物に襲われたんだろうな」
普通、ならば。
戦闘技能を持ち得ない民生用の機械人形が一人で魔物と対峙するような場面にある筈は無い。それに、冒険者服に身を包んでいたという事は。それを与えた人物が別に居り、その存在に仕えていた可能性も高いということになる。
「状況からの推測でしかないが。五階層を訪れた冒険者一党が何かしらのアクシデントに遭遇したのではないか。…そしてお前は、民生用であるにも関わらずその一党に同行者として付き添っとった一人じゃないか、と見られとる」
そうとしか考えられないが、しかしそれでは。
「お前さんの周囲には荷も無く、肝心の一党の痕跡を追える様な物も無かったらしくてな。残念ながらそちらは行方知れずだが…運良く階層通路まで逃れたお前さんだけが発見されたんだろうな」
──それではまるで、私自身が"回収品"の様ではないか。
「…大丈夫か?」
レイシアが慎重な面持ちで、見上げるように聞いてくる。
「はい。…はい、大丈夫です」
まだ始まったばかり。全てを聞かないといけない。
怪訝そうな顔をしていたが、少し間を置き彼女は"無理はするなよ?"と一言断りを入れ再び口を開いた。
「…状況からすれば、お前さん本来のご主人が恐らく存在している筈ではあるんだがな。…前に話したこと、覚えとるか?ほら、今はそうでは無いが、昔は機械人形の待遇はあまり良くなかったとかいう話だ」
とにかく、今は彼女の話について思考する必要がある。頭を止めてはいけない。
「…確か、以前は犬猫を飼うのとほぼ変わらなかった、という話でしたか?」
「そう。あくまでも機械人形も収集品の一つであるという考えだ。だからまぁ、当時は型番登録やら所持申請の義務化なんかは無くてな。…回収したは良いが、お前さんがどこの誰が所持する機械人形かということが分からんかったのだ」
──現在とは状況が違うからこそ発生した事態。
もしもその時に今のような制度があれば。あったとしたら、私は今頃どう生きていたのだろう。
「個人か一党かは定かでは無いが、所有者がおる以上は無碍にも扱えん。それに随分と手酷い損傷を負っていた点からも、所有者が何かしらのアクシデントに陥っている事は容易に想像出来た。…だもんで、保護と状況把握の為にもお前さんは一旦地表まで引き上げられた訳だ」
──それが恐らく、そのまま破棄されてもおかしくない機械人形が地表まで運ばれた理由。
自身の疑問に対する答え。
「ただ、そこからまた問題があってな」
僅かに残った果実酒を一口に飲み干す。結構なペースで飲んでいるが、今のところはまだまともな筈だ。多分。
「ギルドの連中も色々調べてはみたが、どうにも肝心の所有者が分からんかったんだと。持ち帰られたお前さんに聞くことも勿論提案されたが、肝心の頭部に損傷しとっただろう?」
彼女の言う通り、頭部の損傷は記憶装置にも及んでいたらしく今でも当時の記憶は損失したままであることに変わりは無い。
そうなると、結果として修理は功を奏さなかったということになるのだろう。
「情報を引き出せるかは限り無く望み薄ではあったが…まぁ僅かでも可能性があるなら修理する必要があった訳だ。何よりギルドが預かった手前、傷だらけのまま放置しとくことも出来ん。出来んのだが…」
ほんの少し。僅かに躊躇するような間と共に、眼を瞑る。
「情報の価値はピンキリでな。…余所には知られたくない程度のものもあれば、物次第では人命に勝るという場合もあるだろう?いくら持ち主を探す為だとは言っても、情報が詰まっている所有物に"無許可で手を加える"というのは問題になる恐れが高いからな。自分から爆弾に触れたがるヤツはそう居らん」
──目の前の機械人形が稼動した際に、何を口にするかは誰にも分からない。必要最小限、有用な情報のみではなく他言されたくは無い何かを探られる可能性もある以上は当然なのかもしれない。
"ギルド連中もなかなか首を縦に振らんかったよ"と彼女はわざとらしく肩を竦めて見せた。
「どうにかしたいが迂闊には手を出せん、とギルド連中が悩んどった所に偶々所用で訪れたのがアイザックだった…ってところからはまぁ、あらかた想像も付くだろう?」
レイシアがどこか嬉しそうに、楽しそうに眉を寄せながら小さく笑いを浮かべて見せた。
魔具を取り扱う為、収集品にも一定の知識を持つ人間であること。
規模はどうであれ、迷宮に関わる店を構えそれらを適切に取り扱える施設を有していること。
更に元冒険者であり、ギルドは彼の素性を把握出来ていること。
──修理を目的とした委託先、としては何かと便宜が多いのは間違いない。
更に言えば、そんな人物が何かしらの見返りを求めるでもなく率先して関ってくれるのならば。ギルドとしてはこの上なく有り難い存在だっただろう。自身からすれば、意識が落ちている最中にそんなやり取りが行われていたというのは少々複雑な気持ちではあるが。
「そっからはザックと二人して引き取ったお前さんを修理した訳だ。んだから……うん。確かにな、お前さんがどうしてそんな状態で見付かったのかという原因を追究したい気持ちはあったよ」
手の中の琥珀色の液体に視線を落としたまま、僅かにその表情を緩める。
「でもまぁ、手を尽くしたり一緒に過ごすと不思議と情が沸くもんでな。お前さんを大事に思うようになっていったのは本当さ。……難しいかもしれないし、お前の自由ではあるんだがね。出来ることなら、信じてくれると嬉しいよ」
──内に抱えるそれがどういう感情なのかは分からないが。彼女は眼を細め、笑って見せた。
「…さて、お前さんの出自に関して知っとるのはその程度か…あとは、刻印された型番からお前さんが元々五階層で製造された機械人形だ、ってこと位かの」
ふぅ、とレイシアは一つ息を付きグラスに残った最後の一口を飲み下す。
恐らく嘘偽り無い真実を教えてくれたのだろう。自身が望んだこれらを知って、私はどうするべきなのか。応える為にも、自身の為にも考えなくてはならない。
視線を伏せたまま。話が多少逸れるが、と少女はぽつりと言葉を零す。
「…アイツはどうかは、もう確かめようも無いけれど。ワシは迷ったよ。お前さんは決して、迷宮に潜るのに適した性能はしていない。事実、民生用という性能があれだけ手酷い傷を負った一因でもあったろうからな」
もう一本。用意しておいた蜂蜜酒に手を伸ばす。小さな手指で器用に封を切ると、慣れた手付きで栓を引き抜いた。
「ふふ、おかしな話だろうけどな。引き取った理由を思えば本末転倒だが…もう忘れとるなら、迷宮なんぞに関わらんで済むのなら。それでも良いと思っとったんだ。…幾らか、自分と重ねちまったんだろうな。……まぁ、今はそれは良い」
──店を引き継ぐと決めてしばらくした頃。
私が収集品を得る為に迷宮に潜りたいと言い始めた時、レイシアは良い顔をしなかったのは今でも覚えている。
「お前さんがまた傷付く姿は見たくは無かったからだが、まぁそう思うのはワシの勝手でお前の意思じゃあないからな。…お前が自身のことに疑問を持ったなら、その時は隠さず話そうとは二人で決めとったんだ」
彼女はグラスを手にしたまま、口も付けずに大きな息を一つ吐く。
小さなその身体の底にずっと溜めていたものを吐き出すように、吐き出しきったように。脱力し、背もたれに全てを預ける様にしながら、私に視線を向ける。
「…さて、他には何か聞きたい事はあるか?」
──まだ、知らない事がある。
彼女の知る"私"の事は語られた。それならば今度は、彼女自身のことを聞く必要がある。
「それでは──」
改めて背筋を伸ばし座り直すと、彼女と視線を絡ませる。
洋燈の暖かな灯りが、彼女の大きな瞳の中に小さな火を灯して見えた。




