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耳慣れた鈴の音が鳴ると同時に、街の喧騒が扉の向こうから漏れ聞こえる。
──慰霊祭当日。
陽は既に高くなっている時分ではあるが、空は雲に覆われ街の彩度も幾分低い様に見える。
台車を身体に引き寄せながら後ろ向きに背中で扉を押し開ける。慎重に、ゆっくりと車輪を降ろすと、乗せた荷がカタンと控えめな着地音を辺りに響かせた。
安堵の息を吐きながら周囲を見回すと、いつもはそれほど人足の多くはない店前の通りも僅かに浮付いた雰囲気が漂っていることに気付く。
恐らく今日はこの街のどの往来も賑やかで、出店や露店もより色鮮やかに、華やかに。そこかしこで晴れやかで楽しげな声が響いているのだろう。
凡そ慰霊祭と呼ばれるものに抱く印象とは異なる賑やかな空気が街中に溢れているが、それにはこの街が出来た頃からの慣習が大きく影響している。
この街は迷宮を中心として栄えた場所故、当然ながら周辺地域と比較して命を落とす者が多かった。
当然その都度葬儀が営まれるのが一般的ではあったが、様々な場所から人が集まるが故に死者の送り出し方にも多種多様な考え方や慣習が混在することとなる。
その中で一際大きい影響を与えたのが、年に一度執り行われていたとある地方の"祭祀"だった。
遺された者は元気にやっているから心配しないで欲しいという願いを込め、賑やかに騒ぎ送り出すという慣習があったのだ。
その根本には遺族や近縁の者が立ち直り日常を送る為、また遺された想いをきちんと断ち切り死者を送り出せるようにという意図が込められた、大事な"節目を付ける為の機会"だったのだ。
そしてこの考え方は死というものが身近に付き纏うこの街だからこそ、冒険者たちにも受け入れられていくこととなる。
しかし幸か不幸かは定かでは無いが。
周辺地域から人々が流入し続け、街の規模が大きくなればなる程に。当たり前のように身の回りのモノが姿を変えていった。気付かないほど緩やかに、時には劇的に。
そこに住まう人々を取り巻く環境や技術、規則、価値観などが長い時間をかけてその時流に合わせて変容していく。
そしてそれは執り行われる祭祀も例外では無かった。
──結果。
「迷宮の街」で行われる慰霊祭は、今では当初の目的が半ば形骸化した周辺都市の中でも屈指の一大イベントとして周知されるに至っていた。
喧騒の中に、歌声が混じり聞こえてくる。
恐らくは吟遊詩人か何かだろう。ここからでは姿は見えないが様々な音が溢れ返っている。
──この空気は決して嫌いでは無い。
耳を澄ませながらのんびりと歩を進め、緩いカーブを曲がる。
かたかたと規則正しい音を立てながら石畳を滑る台車を手に、華々しい表通りを避けるようにして向かうのは街の中心から少し逸れた場所。
枯樹の北側には俗に裏側と呼ばれている場所が存在する。
一番大きな門が南側にある事と、枯樹の前に設けられた広場と反対側にある為にそう呼ばれる様になったそこは、常にひっそりとした空気が漂っていた。
区画を抜け賑わう広場を横目に枯樹を回り込む様に進むと、目的地の辺りに穏やかに言葉を交わすギルド職員と街の執行部の人だかりが見えてくる。
──その中に一人。見覚えのある女性が私に気付くと、笑顔を浮かべながらこちらに手を振った。
「マギアさんお久し振りです!腕、治ったんですね~!良かったぁ」
「こんにちわ。左腕は新しく付け替えたので、もう大丈夫ですよ」
彼女と顔を合わせるのも実に久しい。
にこやかに迎え入れてくれたヤコの前で台車を止めると、新しい左手を音も無く開閉して見せる。
「えっ…修理じゃなくて、付け替えになる程だったんですか?!いえ、確かに結構酷かったとは聞きましたけど…他は大丈夫だったんですか?無理しないで下さいね?」
笑顔から一転、ヤコは心配そうに眉間に皺を寄せつつ探るような視線を向ける。
前回の依頼の後。帰還後に立ち寄ったギルドに彼女の姿は無かったし、その後も迷宮閉鎖と慰霊祭に関する対応で忙しかったのだろう。私がどのような状態か知らなかったのも無理は無い。
「あ…ご、ごめんなさい。久し振りだったのでつい夢中に…こほん、それじゃこちらで確認しますね」
「いえ、気にしないで下さい。それではお願いします」
軽く咳払いをして気を取り直す彼女に、処分対象となる回収品をまとめたリストを手渡す。
「ふんふん…武器類と、こっちが装飾品ですね…」
ヤコはリストに眼を滑らせながら慣れた手付きで確認していく。
こうした慰霊祭の場に彼女たち職員の姿があるのも、回収品の管理にギルドが携わっている為である。
「…はい!それでは、全部で18点ですね、確認完了です!あとはお任せください」
続く"お願いしまーす"という呼びかけを待っていたかの様に、近くで待機していた職員数名が台車から回収品の詰まった木箱を持ち上げると、それを手にとある場所に向かっていく。
彼らの向かう先には、小さな祠と献花台。
そしてその正面の石畳には煤ぼけた溝が掘られており、直径にして十メートル前後の魔術式が刻まれていた。
職員の彼らは円状に描かれた式の中に器用にそれらを並べ、積み上げていく。
──焦壊魔術
範囲内にある物体に働きかけ、その深くに含まれるマナを焦がし結合を緩め、自壊を促す魔術。
繁雑な魔術式を用いる必要がある為扱いにくく魔物に使用するには向かない魔術ではあるが、神秘的な魔術反応が見られることから昔から神聖な魔術として扱われていた。
今では好き好んで扱う者もそういない、古い魔術である。
手際よく荷が積み上げられていく光景を眺めていると、ふと横に立つヤコのくりくりとした瞳と視線が絡む。
「ふふ、一仕事お疲れ様です。……前回の奇種調査は大変だったみたいですけど…ともかく、こうしてマギアさんがまた慰霊祭を迎えられたことを嬉しく思います。またこれからも、よろしくお願いしますね」
ヤコがにこやかに顔を綻ばせる。
温かく柔らかな笑みは本当に自然で。彼女という人物に似合っている。
「さて…それじゃぁ、これからはどうされます?いつも通り、あちらで見ていかれますか?」
「…いえ。今日は、所用がありまして」
いつもなら自身の関わった回収品の最期を見届ける為、焚き上げが行われる夜までここにいるのだが。
今年は慰霊祭が終わった後にレイシアと大事な約束をしていた。
「あ、そうなんですか?あらあら…」
「申し訳ありません。最後までご一緒出来ないのです」
「あぁ、いえいえ!気にしないで下さい!マギアさんもまだ病み上がりでしょうし、気を付けて帰って下さいね?」
彼女がギルド職員となる前から決まって続けていたことだった為、ヤコにとっては私が夜までここに居ることは当然の認識だったのだろう。
少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻す。
「はい。それでは、またの機会に」
彼女と、行き場を無くし積み重なった誰かの生きた証に。
一度深く頭を下げると、店に歩を向けた。
───
──
積荷を降ろし幾分身軽になった台車が、軽い音を立てながら時折跳ねるように滑っていく。規則正しく腕に伝わる振動は所謂くすぐったいという感覚なのかもしれない。
──今は昼下がり位、だろうか。
レイシアとの約束まではまだ当分あるだろう。
かといって、露店を見て回るような気にもなれない。彼女と話をして以来、どこか気が落ち着かないのだ。
あの時から、自身の抱える疑問にどのような形で答えが出るのか思考せずにはいられなかった。
今はレイシアの打ち明けてくれるその内容を待つべきだと自分に言い聞かせては、何度も何度も繰り返していた。
煩悶とした頭で時間までどう過ごすかと思案を重ねている内にも、見慣れた扉は遠くに姿を現す。
扉の前に立ち漫然と鍵を差し込むと、微かに違和感を覚える。そのまま取っ手に手をかけると、扉は何事も無かったかのように僅かに隙間を見せた。
ドアプレートはクローズのままになっている。見間違いではない。
慎重に扉を引き中の様子を伺うと、丁度工房から出てきた少女と視線が合った。
「……レイシア?もう、いらっしゃったのですか?」
「ん?おぉ、お前こそもう帰ってきたのか?随分早いじゃないか」
──いくらか陽は斜めになり始めてはいるが、沈むにはまだだいぶ早い時間だろう。
白い歯を覗かせて笑う彼女の手には、しっかりと蜂蜜酒の瓶が握られていた。




