5-6
「…終わりましたよ、レイシア」
店の扉が閉じられた事を確認すると、工房に脚を踏み入れる。
部屋の片隅。手製の小さいベッドの上には、レイシアが胡坐を組んで手元に視線を落としていた。
「ん…おぉ、終わったか。お疲れさん。上手く出来たか?」
「はい、恐らくは満足していただけました」
調合表を纏めた書物だろうか。頁を手繰る手を止めると、彼女はどこか楽しそうな顔を浮かべて見せる。
「ふふ、そうかそうか。良かったじゃないか。しかしまぁ今更だが、機械人形にも芸術的な才能ってのはあるのかね?人に物を教えるってのも一つの才能だろうが」
「そのような才覚といった類は……どうなのでしょう。自分ではあまり分かりません」
私たちはあくまでも自身が後天的に獲得した情報を模倣したり、そうある為に用意された情報を元に活動、判断を行う。湧き上がる自発的な意思であったり、精神の発露が強く作用するであろう芸術的、独創的活動ということであれば、それはまた話が変わってくるのではなかろうか。
「ふぅん…まぁ難しく考える事でも無いさ。お前さんがそれで良いと判断したことならそれで充分だと思うけどな。……あぁ、あと…んー」
──少女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
急な態度の変化に戸惑いつつも言葉を待っていると、軽く頭を掻きながら口を開いた。
「さっきの娘、ウィルマとか言うたか?誰彼構わず言うような事じゃない、個人的な内容だったろうに…すまんな。どうしても聞こえちまってな。わざとではないんだがなぁ…」
「あぁ…いえ、私も彼女にレイシアの事を説明しておりませんでした。隣の部屋にいる以上、仕方なかったと思います」
今回に限った話ではないのだが。
店舗部分に客が訪れると、レイシアは感付かれない様に工房に隠れ潜む事が殆どだった。
話が漏れ聞こえてしまったというのも不可抗力である部分が大きいし、彼女を制止しなかった私の責でもある。
レイシアがそういう事柄を吹聴する人物ではないのが、せめてもの慰めかもしれない。
「勿論だが、誰かに話すような愚かな事はせんからな。そこは安心してくれていいよ」
「はい。信頼しております」
そう応えると、途端喜色を湛えた顔を見せる。
「ふふふ、ほうかほうか。そう即答してくれるとまぁ嬉しいもんだ」
「…そういうものですか?」
「あぁ、そんなもんさ」
──こちらに向けて微笑を見せるレイシアの顔と。
記憶の中で見た、月光に反照して浮かび上がる嬉しいような悲しいような表情を浮かべた彼女の顔が一瞬重なる。
「…懐かしいですね。慰霊祭」
「んぅ…?懐かしいって、慰霊祭なんぞ毎年やっとるだろ?…あぁ……もしかして、一緒に行った慰霊祭、ってことか?」
──無言で頷く。
あの時の夢を見て、過去の記録を見て。気になっていたことがある。
「もう五年か、六年か。…アイツの時以来、一緒に行く事は無くなったな」
「そうですね」
──アイザックと浅からぬ縁にある彼女にこそ、聞かなければいけないことがある。
「急にどうした?お前がアイツのことを話題にするなんて。随分久しいじゃないか」
「…修理中、夢の様なものを。過去の記録を見たのです」
「ほう?記憶情報の整理みたいなもんかね」
彼女は胡坐を組んだまま壁に凭れ掛かり、随分くつろいでいるように見える。
「ここに来た時の事や、お二人と過ごした時の事。…勿論、レイシアが私を着せ替え人形にして遊んだ事もですね」
「はは、あれはまぁ…うん、確かにちょっとハメを外したというか」
自覚はあったのか、スマンスマンと軽く手を振り雑に謝罪する。
「それで……いくつか、疑問に思った事がありました」
「ほう?なんだ?」
ちらと、私に向けられる彼女の瞳を真っ直ぐに見返しながら口を切る。
「私とアイザックが最初に出会った時の事ですが…よくよく考えると私がギルドにいた、というのは少々おかしいのです」
「おかしい?どこがだ?」
「私がギルドにいたとすると"損傷した状態で発見された保存状態の悪い機械人形を、わざわざ深層である五階層から運び上げた"という事になります。…それはあまりにも効率が悪いのです」
仮に機械人形の売買が目的であったとすれば、その場で解体して無事な部品のみ持ち帰る冒険者が殆どだろう。
最初から何らかの目的があったとするならば、たまたまみかけた人間の手に渡ることもあり得ない話だ。
しかしそうはなからなかった。わざわざ"使い物にならない損傷した部分も纏めて"五階層から地上まで運び出し、それをたまたま見かけた人物に受け渡したという事になる。
それはあまりにも危険で非効率で。相応の理由がないと行わない筈の行為である。
「効率、か…まぁ、確かにそうかもしれんな」
「それにお二人は、何故再稼動するかも分からない程に損壊した機械人形をわざわざ修理しようと思ったのでしょうか?」
「何故って…まぁアイツならそういうことはやりかねんだろう?」
確かにアイザックは自身の行動に特段理由は無いと言っていた。なんとなく気になったから連れて帰ったのだ、とも。
「はい。彼ならやりかねないのかもしれません。しかしレイシア、貴女はどうですか?」
「…うん?何が言いたい?」
ほんの僅かに。ぴくりと彼女の眉が動く。
「貴女は、私に最初に抱いた興味は知的好奇心だと仰っていましたよね?」
「…そうだね」
──機械人形がどんな理由で作られたのか。
真偽の定かで無い、昔から噂の様に語られる謎について何かが分かるかもしれないという好奇の感情だと言っていた。
「記憶装置が損壊している機械人形に、その様な興味を抱くものでしょうか?」
決して出物が多くは無いが、保存状態の良い機械人形は存在しない訳ではない。
全身殆どの部位だけでなく、一番興味があるであろう記憶装置に損壊があるならば。わざわざそのような対象に記憶に関する何かを期待する必要性は皆無に思える。
「にも関わらず、貴女は最初から修理に尽力して下さいました。殆どの記憶を失っていることを告げた後も、貴女の対応は変わらなかったのです」
「……」
彼女は手を組んだまま押し黙っている。
損壊した状態の部品もそのまま、地表に運ぶ必要があった機械人形。
自身の好奇心を満たせないかもしれないが、手を尽くしても良いと思える何かがあった機械人形。
「…私はどこで、どのような状態で発見されたのですか?どのような経緯で、地表に運ばれたのですか?」
自身の出自、もしくは発見された時に何かがあったからこそ私は運び出されたのではないか。
二人が教えてくれた理由以外に、その何かが切欠にあったからこそ二人は私を引き取ったのではないか。
そう思えて仕方無かった。
「…はぁ」
一つ、深く深く息を吐く。
眉を僅かに顰めたまま、頭をわしゃわしゃと掻いて見せた。
「……分かったよ。まぁ、聞かれたら話せとあいつからも言われとったことだ。…一度ちゃんと話そうか」
「…申し訳ありません。最後にもう一点だけ、よろしいでしょうか」
「なんじゃ?まだあるのか」
少女は僅かに疲れを帯びたような表情をこちらに向ける。
「…レイシア、貴女は一体おいくつなのですか?」
ぽかんと。少女は目を丸くしたかと思うと、耐えようにも耐え切れず笑い出した。
「ふふ…ははは!なんじゃ、今更そんなことか!なんぞついでのように雑に聞きおって…!」
余程おかしいことを耳にしたかの様に、ひぃひぃと腹を抱えて笑っている。
記憶にあるレイシアという少女は全く容姿が変わっていない。出会った頃から全くだ。
「いや、いやいやすまん。まさか今更そんなこと真面目な顔して聞かれるとは思わんかったからな。…うん、確かに。そこら辺もまぁ話したことは無かったわな。うん…」
ベッドの上でしばらく悶え転がっていたが、ようやく息も落ち着いてきたらしい。その間、私はポツンと静かに佇んでいるしかなかったのだが。
「はぁぁ……ぁーあ。分かったよ、それも全部教えてやる。ただ…うん。話すとなると随分長くなるだろうし、何よりワシも整理が必要だ。それに今は慰霊祭も控えとる。んだからまぁ…祭りが終わってからでも良いか?」
思い切り笑い終えたレイシアは、脱力したような顔で。いつもと変わらない口調でそう尋ねた。
「…はい。分かりました。よろしくお願いします」
「おう、期待しとけよ」
──朗らかな顔で、ひらひらと手を振って見せた。




