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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
5章
51/138

5-4

 今頃街の人々は慰霊祭の準備をしているのだろうか。

 店内に時折パチンと響く花鋏の小気味いい音と、遠くから届く喧騒だけが波のように響いている。


 作業に取り掛かるウィルマは真剣な面持ちで手に持つ花束を凝視している。

 持ち上げて様々な角度から見ては首を捻り、配置を代え、添える花を増やしてみたり減らしてみたりと試行錯誤を繰り返す。

 悪戦苦闘している様子だったが、それは初めての慣れない作業という事だけが原因では無いように見受けられた。


 ──作業に取り掛かる直前。

 几帳面に巻かれた包帯を解いた彼女の指は、歪に長さが異なっていた。


「ぁ…見苦しい物見せて、ごめんなさいね」


 誤魔化す為か、無理矢理苦笑して見せたその姿は痛々しかった。


「…ほぼほぼ炭化しかけてた指がいくつか繋がって動いてるってだけでもマシなのよ?…うん。これでも十分な方なの」


 それが事実なのか自分にそう言い聞かせているのかは分からないが。

 動きが未だぎこちないその指で細かい作業を行うのが、間違いなく大変であることは一目瞭然だった。


 ──私が静かにウィルマを眺め、先程の光景を思い出していた最中。

 黙々と作業を続けていた彼女がおずおずと口を切った。


「…時折、ね。今でも思い出すの。あの時のこと」


 とつとつと。確かめるように彼女は言葉を零す。


「あたし、彼に身体強化をかけたでしょう?確かにあれが無ければ、あたしたちはあの場面を乗り越える事は出来なかったと思うの」


 ──奇種発生調査依頼の際に発生したアクシデント。

 ウィルマの言う通り、彼女の魔術による補助が無ければあの奇襲は乗り越えられなかった筈である。


「でも、それがあったから。その反作用があったから、彼は…」


 一瞬言葉に詰まるも溢れ出る感情を抑えきれず、堰を切ったかのようにそのまま彼女は吐露し続ける。


「…ねぇ?マギアさん。あたしは正しかったのかな?あたしが、あたしのやったことが一因で…彼を…殺しちゃったんじゃないかって思うと…」


 やり場の無い後悔は彼女の中で燻り続け、じりじりと焦がしていたのだろう。声は僅かに上ずり、震えながらも口から吐き出される感情は止まらない。


「使用時間だってだいぶ超過して、もう随分身体に負担がかかってて…最期の一匹を倒した時に、二人の魔術を…あたしの判断で、解いてしまった。それも間違いだったのかなって…もう、分からなくて」


 大きく見開いた眼からはいつの間にか涙が流れ、作業の止まった手にぱたぱたと雫を落とす。


 ──きっと、彼女がここを訪れた目的は。

 花束の作り方を教わる事だけではなかったのだろう。


 ウィルマの問いは、所謂結果論である。

 押し込まれ決壊しかけた状況を打破する為に身体強化を用いたのは決して間違いではなかった筈で。そして使用限界を超過していたとなれば。視認出来る範囲での敵を殲滅出来たと判断すれば。

 ただでさえリスクの大きい魔術を解除するのは当然だろう。


 それにあれ程までに変異した魔物が存在するとは誰も想像出来得なかった。更に言えば、他の調査隊が向かった筈の通路に魔物の群れが隠れ潜み、一斉に襲い掛かってくる前例など存在していなかったのだ。


 ──それでも。

 彼の迎えたその結果に、自身が深く関わっていると思える要因や"何か"があったとしたら。

 きっと誰もがそれを追及せずにはいられないのでは無いだろうか。


「…ウィルマ様」


 私の呼びかけに、びくりと跳ねるように身体を強張らせる。


「私は…あの場に居た私たちは、誰もが必死で、全力で。出来る限りの対処を行ったと、思っています」


 ウィルマは口を固く結び、俯いたまま動かない。まるで石のように硬く、その身を強張らせながら私の言葉に耳を傾けている。


「誰かが責められるような、その様なことは無いと思うのです。…だから気に病むな、とは言えません。ですが、だからといって悲しみ続ける訳にもいかないのです。貴女はまだこれからも、彼のいないこの世界を歩き続けなければなりません」


 ──ふと一寸。頭に過ぎる。

 アイザックの顔が。彼と過ごした日常が。アルマンという青年の真っ直ぐな眼差しが。


「…歩みを止め、動けなくなってしまうことは。それだけは。きっと、誰も望みはしない筈です」

「彼は、いないのに…?私のやったことも、何も変わらないのに?……」

「…それでも、です。意味の無かったことにしない為に。きっと、そうするしかないんです」


 決してその顔を見せぬように俯いたまま、彼女は肩を震わせて。

 必死に、必死に声を殺しながら涙の雫を落とし続けていた。


 ──いやに、遠くに聞こえていた筈の喧騒が大きく感じられる。静かに。ただただ彼女の隣に立ち尽くしていた。

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