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いくらか予想はしていたつもりではあったのだが、ここ数日店内には随分と緩い空気が流れていた。
やはり迷宮への入場停止が響いているのだろう。
懇意にしてくれていた一部の冒険者が、消耗品の補充や取り置いてくれた収集品の売買に来店することはあったのだが、それも直ぐに落ち着いてしまった。いつも通り夜通しこの店に明かりはついていたが、耳に届くのは入店を知らせる鈴の音ではなく大通りの喧騒ばかりで。
連日の状況から今日も落ち着いた一日になるかと思われたのだが。陽が高くなり空気がいくらか暖かく感じられる頃、扉に取り付けられた鈴が店の空気を凜と揺らした。
「…こんにちわ。今、大丈夫だったかしら?」
数日前にも見た、目深にローブを被った女性が一人。
紙に包まれた生花の束を大事そうに抱えながら、店内に足を踏み入れていた。
───
──
「それでは、こちらにどうぞ」
迎え入れた彼女をいつも商談に用いている机に案内すると、早速包みを広げる。はらりと解かれた包装紙の上に、瑞々しい生花がぱっと顔を出した。
スプレーマム、ガーベラ、カーネーション、アルストロメリア、カスミソウ、ユリ、バラ──少しずつ沢山の種類の生花を用意してきているようで、色取り取りの花々が鮮やかに主張して見せた。
「何がいるのか分からなかったから、適当に見繕ってきたんだけど…どうかな?作れそう?」
「はい、これだけあれば充分だと思われますよ」
問題は私が彼女に教えることが出来るのか、という一点ではあるが。
「私は片手で作業をすることになりますし、あえて余分な部分も切り落としは致しません。ですので、あまり格好の良い出来栄えでは無いと思いますが…」
見せたい主となる花を綺麗に見せる為、余分な部分は切り落とし整理しながら束ねていくのだが一度鋏を入れてしまえば取り返しはつかなくなる。
今回の主役はあくまでもウィルマであり、私は枝葉を切り落としたりせず大まかにやり方を見せることが出来ればそれで良いだろう。
まずは試しに、スプレー咲きのバラに手を伸ばす。
「これも一つの手法、ではありますが。まず軸となる花を決めていただき、その茎を持つ手の部分を中心に重ねる様に花を束ねていく方法があります」
──私では片手に持ちつつ花を組む手段は取れない。
机に軸とするバラを置いて、その周囲の空間を少しずつ埋めるようにバランスを見つつ花を乗せていけば良いだろうか。
続いてカスミソウ、アイビーベリーに手を伸ばす。
「少しずつ空間を埋めていくのですが…重なってしまったり、枝葉が邪魔になる場合がありますので、必要があれば都度鋏を入れて整理すると良いでしょう。時折持ち上げて…見る角度を変えると立体感も分かり易くなります」
バインディングポイントを軽く握り持ち上げると、見る角度を変えつつは花の向きに手を加える。
仕方ないことではあるのだが、どうしても一切の枝葉を落とさないとなると所々に過密な部位が出来てしまい、見た目は洗練されていない。
「…添える高さを変えてみたり、段差などを作るように意識すると立体感も出ます」
──いくらか整え終えると、今一度目の前に掲げてみる。
どうにか必死に抵抗はしてみたものの、目の前には不恰好な花束が一つ出来上がっている。
やはり全てを片手落ちで行うのは困難だったらしい。
「…やはり、あまり格好は良くありませんね。申し訳ありません」
「ううん、でも綺麗だよ」
隣で静かに様子を伺っていたウィルマが小さく感嘆の声を上げる。
他に何か彼女の力になれることは、と一寸思案する。
「お気遣いいただきありがとうございます。あとは……そうですね、花には顔があります」
一輪のカーネーションを手に取り、花の部分を彼女に向けながら指で回して見せる。
「花にはそれぞれ綺麗に見える角度が必ず存在しています。そこを顔と呼ぶのですが…見せたい角度から、どのように顔が見えるか意識しながら配置する必要があります」
失礼しますと一言断りウィルマに顔を寄せると、僅かに彼女が身を竦ませた。
そのまま出来るだけ同じ角度で見えるようにしつつ、眼前のカーネーションの顔とそうでない場所を何度かゆっくりと回して見せる。
それが分かったのか、彼女は"おぉ…"と関心しながらこくこくと頷いていた。
「他ですと、これは作業をする前に考えることですが…」
机の上に広げたものの中から、花が開き満開に近い状態のものと、蕾の状態が多いものをそれぞれ並べる。
「これは勿論、用途次第ではあるのですが。花が開いている方が見栄えは良いですが、当然ながら長くは楽しめません」
「あぁ…そっか。確かにそうだよね」
言わずもがな、固く閉ざした蕾が緩み花開き、それが散る迄が切花の一生である。
蕾の状態しかない花束というのは見栄えは良くはないが、しかし満開のものは当然その花の寿命も近いということに他ならない。
「花がある程度開いている場合ですと、裏側の…こちらですね、花と茎の境目辺り。花托や蕚と呼ばれる部位ですが、ここを軽く押さえて硬さを感じるものはまだ長く保ちます」
比較的違いが分かり易い部分だからか、ウィルマは実際に触れるとその差に驚いている様子だった。
「ほんとだ…正直、思ってたより詳しくてちょっとびっくりしたわ。貴女を頼って良かった」
──来店からしばらく経ったが。
彼女の纏う雰囲気が、少しだけ明るくなったように見えた。
「それじゃあ…早速、あたしも作ってみるね?変なとこが無いか、ちゃんと見ててね…?」
そう告げ意を決したように包帯だらけの指でフードを捲ると整った顔が顕わになる。彼女の黒曜石の様に艶やかな瞳の周りは、赤く腫れている様に見えた。




