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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
1章
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1-5

「大変お疲れ様でした」


 彼女は滑る様に近寄ると、ほんの先程まで蠢いていたモノの前で膝を着く。カンテラを一先ず真横に置くと、目前の粘液の水溜りに躊躇せず手を伸ばす。

 引き上げたその手には粘液に塗れた短剣が握られ、彼女の細く白い手指はてらてらと怪しく照らし出されている。


「あの…マギアさん。さっきの、何だったんですか?」


 あまりにも漠然とした質問。

 困惑してなかなか働かない頭から必死に捻り出した、本心からの言葉だった。


「先程…私の行動の事でしたら、スライムの性質を意識した狩り方、ですね」


 服が汚れるのもお構いなしに、膝の上に短剣を置くと取り出した布で汚れを拭っていく。


「クロア様。スライムの感覚器、と言いますか…彼らはどのようにして動いている獲物を察知しているかご存知ですか?」


 確かに生き物である以上、周りにある物を察知する何かが必ず存在する筈だ。…だが、そんな事を考えた事は無かった。予想していなかった返答に余計困ってしまう。

 質問を投げ掛けながらも作業を続け、彼女は拭い終わった短剣を明かりに近付ける。遠目では分からなかったが柄には控え目に装飾が施され、刀身にも回路の様な文様が刻まれていたのが見て取れる。


「完全に判明している訳ではないのですが…現在は、地面に伝わる振動を察知していると考えられています」


 ──振動。

 思い返すと確かに合点がいく。歩調を出来るだけ合わせて欲しいという要望。跳ねる様な不自然な歩き方をしていた理由。スライムが眼前で静止していた僕ではなく、常に動いていた彼女を捕らえようとした事。


 マギアはもう一点と続けて口を開く。


「獲物を捕らえる際、その対象の反対側…獲物から最も遠い場所に核を動かす性質があるようです。捕食する為には体の中に取り込む必要がありますので、抵抗された際に核が傷付くリスクを減らす為なのでしょう。ですので、クロア様の目の前に核が来る様に回り込んだのです」


 時折角度を変えつつ、彼女は先程から"じぃっ"と短剣を熟視している。


 ──彼女の説明で、先程の行動がようやく理解出来た。

 が、そこでまで聞いて気が付いた。それはつまり"彼女は囮になった"ということではないのか。戦闘技能を持たないと宣言していた彼女が、危険に身を晒していたのだ。彼女が万一にスライムに捕らえられたとして、僕だけで彼女を助けられたのか──。

 今更ながら、全身から血の気が引いていく様だった。


 きっと、恐らく。

 時間をかければ僕だけでも達成できたかもしれないが、一人きりでは討伐に相応の時間を要しただろう。


 彼女は戦えないにも関わらず、目の前の脅威の性質を知り理解することでそれを討伐出来る様に立ち回った。

 最も効率的に達成出来る手段を考慮した結果"自身が引き付ける"という選択を取っただけかもしれない。そうなのかもしれないが、申し訳なさの様な気持ちが胸に広がる。


 ──ほんの一瞬。目を伏せると、彼女は短剣を大事そうに仕舞いこんだ。


「申し訳ありません、大変お待たせ致しました。無事依頼の物品も回収出来ましたので、そろそろ帰還いたしましょうか」

「…はい」


 言葉に詰まる。言葉にし難い複雑な気持ちが渦巻いていた。

 彼女の言う通り依頼は完了した。後はもう戻るだけ。──ではあるが、だからその前に言わなければならない。


「…あの、マギアさん。…本当に、ありがとうございました。これからもっと、頑張ります」


 深く頭を下げる。

 囮になってくれたことにではない。"ありがとう"という言葉が適切なのかは分からない。

 危険な目に遭わせて申し訳ないと、自身の未熟さを詫びるべきなのかもしれない。でも、協力を申し出てくれた厚意に感謝で応えるのではなく、謝罪で返すのは違う気がして。


 ない交ぜになった心から必死に搾り出した、どうしても伝えておきたい精一杯の気持ちだった。


 ──顔を上げると、ほんの少しだけ。彼女の表情が緩んで見えた気がした。相変わらず口元が隠れていて、どんな表情をしているのかやっぱり良くは分からないけれど。


「お疲れ様でした。クロア様」


 向き合うと、僕らは薄闇からの帰路に就いた。

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