5-1
「しっかしまぁ…本当に心配したんだぞ?」
はっきりとした朝陽が余す事無く街を照らし出す中。こつこつと石畳を叩く二人分の足音が規則正しく響いている。
「久し振りに店に顔を出してみたら、お前さんは全然帰って来やしないんだからな」
修理を終え工房から帰途に就く最中。私の前を歩く少女、レイシアが幾分硬い声色で戒める。
「表層より下に潜る際は注意しろと、あれだけ釘を刺したろう?」
──レイシアに迷宮の諸々を教授して貰う際に、何度も耳にした聞き慣れた筈のフレーズだった。
戦闘技能も持ち得ない私が迷宮に潜ることを、最初は酷く反対されたのだ。それでも自身のやりたいことだからと、なんとかならないかと。来る日も来る日も頼み込んだのを覚えている。
「中層の奇種調査で大怪我して帰還して、そのまま修理に向かったと聞かされてみろ?…流石に居てもたってもいられんぞ」
──脚を止めると、レイシアは腕組みしたまま真剣な眼差しで真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「申し訳ありません。わざわざ迎えにまで来て頂いてしまって…お手数をおかけしました」
「うん、いや迎えに行くのは良いんだ。そんなのは良いんだ。…あんまり危ない事はするな?…本当に、心配したんだ。アイツだって心配するぞ」
──彼女の言うアイツとは言う迄も無い。先程まで夢の中で見ていたアイザックの顔が、ちらと頭を過ぎる。
「…ごめんなさい、レイシア。今後はより一層注意いたします。ご心配をおかけしました」
「あぁ…そうしてくれると助かる。…全く、頑固な上に無茶するとこは誰に似たのやら」
彼女はふっと表情を緩めると、その身軽な身体をくるりと翻し軽快に歩を進め始める。
──ゆったりと。散歩するような速さで。東区の通りを進んでいくと、辺りには次第に見慣れた装飾が増え始める。
往来の多い中央の大通りを横切り、賑わいを見せる西区の通りから路地に入り込む。
幾らか落ち着いた区画のそこに、ようやく見慣れた目的地が姿を現す。
迷宮から帰還し、工房に向かってから実に三日振りとなる我が家は相も変わらずひっそりと佇んでいた。
ただいま、と慣れた手付きで扉を開ける彼女に続いて足を踏み入れる。何も変わらない、この場所に帰ってこれたことに安堵する。
「さぁて…帰ってきたばかりだが、棚がいくらか寂しくなっとるだろ?今は迷宮も閉鎖期間ではあるが…まぁ、とりあえず幾つかざっくり作っちまうよ」
「はい、表はお任せください」
袖を捲りながら店の奥に向かうレイシアを見送ると、私は早速箒を手に掃き掃除を始める。
彼女の言う通り、奇種発生に伴い現在は迷宮は閉鎖されている。恐らく、今しばらくは客足も穏やかになるだろう。
しかしそれでも、いつものルーティンや生活リズムを保つという事はとても重要なことである。
私がいない間にも彼女は店を回してくれていたのだろう。見て回ると、確かにぽつぽつと商品棚に空きが見て取れる。羽はたきに持ち替え、商品の間に慎重に滑りこませていた最中。
──チリンと、来店を知らせる鈴が控えめに響く。
「いらっしゃいませ──」
耳慣れた音に反射的にそう返しつつ振り返る。
そこには入り口で静かに佇む、黒いローブを羽織った女性の姿があった。




