4-18
空に薄白い明るみが広がろうとしていた。
レイシアと向かったのは迷宮の街の西門を出て直ぐの教会。初めて街の外に出たのは、私を拾ってくれた人物を見送る為だった。
その場に居合わせたのは数名。小さな葬儀。棺に横たわる彼は、まるで作り物の様しか見えなくて。今にも目を覚ましそうな程穏やかな顔で。
見覚えがある筈なのに、違う人物の様に感じられる。不思議な感覚が満ちていた。
──現実を受け入れられないのか。受け入れたくないのか。私がそう思い込みたいだけなのかもしれない。
隣に立つ少女は胸の前で手を握り込み、終始一言も発さない。
諸々の手続きがあると言っていたが、ずっと忙しく走り回っていたのだろう。あの夜に店を後にしたレイシアは、結局今朝まで再び店を訪れることは無かった。
久方振りに姿を見せた彼女の髪や服装は酷く乱れ、冬にも関わらず額には汗が浮かんでいた。そしてその幼く見える顔には、疲労の色が深く刻まれていたのだ。
そうしている間にも淡々と式は進み、棺は火のくべられた炉に進んでいく。
──彼が用意してくれた本の中にあった一冊。この街の歴史書の一節が頭を過ぎる。
この一帯では地母神を信仰し、母なる大地に回帰するという思想から過去は土葬が主流であった。しかしながら場所の確保や衛生面での問題から、次第に火葬の割合が増加するようになった。という部分。
何故、そんなものを今になって思い出すのか。私は目の前の事実から逃避したがっているのだろうか。
──舐めるような。煌々とする赤い火が炉の中に見える。ただただ、静かに。淡々と。
炉に棺が納まると、扉が閉められる。決して崩せない、決定的な隔たり。
──彼が、手の届かない場所に行ってしまう。
本当に、今更。この光景を前にしてそれが理解出来た。
───
──
「…さて」
暗い店に二人分の足音が冷たく響く。一通りを終えたレイシアと私はここに戻ってきていた。
焼骨が済んだ後、彼だったものを前にした時。
ほろほろと崩れてしまった、或いははっきりと形の残った幾らかの彼を意匠の凝らされた金属製の容器に入れるその直前。
大事な話がある、とレイシアが一言だけ口にしていたのだ。
高窓から差し込む月明かりの中を通り過ぎると、彼女はカウンターに置いてあるスツールに腰を下ろし一つ深い息を吐き出す。目線を下ろしたまま視線を合わせようとはしない。
「…あいつからの伝言だが。この店はマギア、お前に任せるだそうだ」
──数日振りに聞いた彼女の声は。いつもより弱々しく、痛々しくも感じられた。
「…この店を継ぐのは、レイシアではないのですか」
「色々理由があって、ワシは継ぐ気も無いんだ」
ゆっくりと、疲れきった昏い目がようやくこちらに向けられる。
「ふふ。機械人形が店を持つ、なんて前代未聞らしいが。…まぁなんぞ、ギルドの昔馴染み経由で生前からちょいちょいゴリ押ししとったらしい。あたしが後見人ってことなのも一因らしいが」
──そんな話は微塵も聞いていなかった。思考が、追いつかない。
「…んで、どうするかはお前に任せる、だと。今は魔具消耗品を取り扱う店…迷宮に関わる店ではあるが、違うことをやっても良い。と言っておったよ」
──ふと、彼の言葉を思い出す。
この世には、沢山美しい物が溢れている。素敵なもので溢れている。
いいものを、沢山探しなさい。いいものを、沢山見付けなさい。
「…お前は、どうしたい?どんな答えだったとしても、ワシは応援するよ。それは約束しよう」
今直ぐでなくとも良いぞと、眼下にくまを浮かべる彼女が儚げに微笑を浮かべて見せた。
──私は。何がしたいのか。私が望むことは何なのか。思い浮かぶことは一つだった。
この店を、彼と彼女の居たこの場所を守りたい。
ここには素敵なものが詰まっていると思うから。失くしたくはないから。
この店は、迷宮で入手出来る収集品で作製した魔具消耗品を販売する店だ。そうである以上、迷宮について知る必要がある。自分が取り扱う商品が、どういう意味を持つのか。
それを知っていないと、彼の後を継いだとは、決して言えない。
「…レイシア。私は、彼の店を続けたいです。私に、魔具のことを。迷宮のことを、教えて下さい」
それを聞いた彼女は嬉しいような、悲しような表情で。
冷たい月明かりの反照で浮かび上がる、硝子の様な空気を纏った少女が、ゆっくりと口を開く。
「──■■■
瞬間。
彼女の言葉はノイズに掻き消され。
視界に歪が走ると同時に、後ろ向きに意識が落ちていった。




