4-17
「よっこい…しょぉ…」
そんな掛け声を口にしながら、アイザックが腰に手を当て背を伸ばす。
ここ数日は冷え込む日が続いていたが、今日は僅かにそれも和らいでいるようで。柔らかな日差しが高窓から店内に差し込んでいた。
「ほんっとに爺くさいやつじゃなぁ」
「はは、お前さんに言われたくは無いわ。…さぁて、今日はそこそこ調子が良いから、ちょっと薬を買ってくるよ」
昨夜から殆ど寝ずに製造を続けていたレイシアは眠そうな眼をこすりながら、いつもの軽口を交わす。
「寒いからあんまり出たくは無いんだがなぁ…昔馴染みが作っとるのが一番合っとるから、こればかりはしゃぁない」
「気ぃ付けろよぉ」
「分かっとる。子供の使いじゃあるまいし。…それじゃ行ってくるな。マギア、店を頼むぞ」
──彼の、細く節くれだった手が頭上に伸びる。懐かしい光景。
私がここに来てから何度か季節が巡ったが、彼の姿は随分と弱々しくなったように思える。頭を数度撫でると、彼は扉を潜り店を出て行った。
「さぁて…そんじゃワシは一眠りするかの。流石にちぃと眠い。何かあれば呼んでくれなぁ」
──少し前だろうか。
彼女は工房に大荷物を持ち込むと、一角を占拠し自分好みに改装してしまっていた。
特に誰も文句を言う事は無かったが、その手際は実に素早く鮮やかで。アイザックは目を丸くしていたのを覚えている。
今では小柄な彼女には丁度良い大きさの仮眠所が出来上がっており、最近は専らそこで休んでいるのだった。
「かしこまりました。お休みなさいませ」
大きな欠伸をする彼女を見送ると、静かに腰掛ける。今ではもう座る際にガタガタと椅子の脚を鳴らすことは無い。
何度かの接客対応を済ませ、それが途切れると。
いつもの様に来客を知らせる鈴に耳を澄ましながら、私は目を閉じ待機状態に入った。
───
──
「ちょっと行って来る」
待機状態の私の耳に入った音は、慌しく外に出て行く少女の声。それに少し遅れて、チリンと小さく鈴が鳴る。
意識を瞬時に立ち上げ、目を開く。
掛けて行く少女の後姿と。扉の向こうにちらりと見えた空は、僅かに茜色を帯びていた。
───
──
彼女が店を後にして、一時間程度が経ったのだろうか。
陽はとうに落ち高窓から見える空は黒々としている。冬の夜らしく、朝とは打って変わって冷たい空気が店内を冷え込ませていた。
腰部に装着された、吸引供給機の低く小さな駆動音だけが微かに聞こえる静かな店内に。扉が勢い良く開く音と、見慣れた少女が身体を滑り込ませてきた。
「いらっしゃいませ…レイシア、おかえりなさい」
「はぁ…ふぅ……のう、マギア。…よう聞け」
その顔に表情も無く、こちらの反応も待つこともせず。弾む息を無理矢理整えて口を開く。
「アイザックが、死んだ。もう帰ってこん」
硬く冷たい声で、扉の前から微動だにせず口にした。
「薬を買いに行った道中で倒れたらしくてな。…病院に運ばれたが、どうにもならんかったんだと」
彼女の言葉がするすると滑って、上手く頭に入ってこない。
「…明後日。小さいが、葬儀がある。お前さんも連れてくからな。それと…申し訳ないが、今から諸々の手続きがあるでな。しばらくワシはここを離れることになる」
──葬儀。
故人を送る、遺族の行う儀式。彼を送る為、それを執り行うと言っている。
他の言葉は滑るようにしていくのに、その言葉と事実だけは容赦なく頭に刻み込まれた。
「…店は閉めておけ。良いな?」
そう告げると、彼女は再び鈴を鳴らし店を後にする。
物音の一切しない静かな夜に。
この店に一人、片腕の動かない機械人形だけが取り残されていた。




