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空は青く澄み、冷え冷えとした空気が街に静かに横たわる冬の朝。ごほごほと一際大きな咳が何度も店内に響いた。
工房の採光窓の下。綺麗に整えられた小さな机に紅茶を乗せ、彼は浅い息を整えながら遠い目で外を眺めていた。
「アイザック、大丈夫ですか?」
「…ん?あぁ…うん、さっき薬を飲んだからね。大丈夫だとも。…それにしても、お前も随分と器用に動けるようになったね」
──この右腕が装着されることになった事故から一ヶ月程度経ったのだろうか。
近頃は二人に砕けた瓶の後片付けをお願いすることも無くなったし、ぶつけて家具に凹みを作る機会も無くなっていた。しばらくかかったが、彼の言う通りこの腕との付き合い方がある程度分かってきていた。
「どんなものでも、意外と慣れてしまえるのかもしれませんね」
「ほぉ…はは、想定されて無いものでも慣れてしまえるものか」
苦しそうに、それでも彼は薄い笑顔を浮かべながら返事をする。
「どんなものでも、か」
そう続けるアイザックは窓の外にぼんやりと瞳を向ける。手の中にある暖かさを確かめる様にカップを両の手で包み込むと、それには口も付けずぽつりと零す。
「マギア。今後は、もっとレイシアを頼りなさい。あれはなんだかんだで面倒見が良い。きっと、お前を助けてくれる」
「かしこまりました」
「なぁ、マギア。ここにあった本は楽しかったかい?」
「はい。一通り読ませていただきました」
「何が、楽しかった?感想を聞かせてくれんか」
「…製造者の方々の手引書、が面白かったです。私たちには存在しない機構ですので」
「なるほど?」
必要最小限の相槌のみで彼は返す。何が楽しかったのか、私の言葉で聞きたいのだろう。
「…主に、この店でも取り扱っている消耗品の類ですね。素材の時点からは想像の付かない形に成型されたり、組み合わせ次第で表現できる効能など興味深い物が多いです」
──マナと魔術式。
そこに書かれているスキルというものから生み出される全てが、機械人形には真似の出来ない不思議なもので。自身の常識の枠外にあるものを純粋に面白いと感じていた。
それを聞いている彼は、本当に楽しそうで。どこか安心しているようにも見える。
「…なぁ、マギア」
しばらく嬉しそうに、物言わず話を聞いていたアイザックが口を開く。
「この世には、沢山美しい物が溢れている。素敵なものが溢れているんだ。いいものを、沢山探しなさい。いいものを、沢山見つけなさい。…今は分からなくても良い。だから、覚えておくんだよ?」
──満足気に微笑む彼の本意が、私には良く分からない。
「…かしこまりました」
けれども。
彼の穏やかな顔を見ていると。私にはそう応えることしか出来なかった。




