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硝子が割れる硬質な音が店内に響く。
「大変、申し訳ございません」
──これで何度目か。
あれから一週間と少し。右腕部は自身が想像していた以上に幅を取るだけでなく、その重量のせいか重心も傾いてしまった様で。事あるごとに商品や陳列棚に引っ掛けてしまったり、家具にぶつけてしまったりと歩行するのも容易では無い状況に陥っていた。
「んぅ…おぉ、大丈夫か?あぁ気にするな。私が片付けておくよ、お前さんは座っておきなさい」
カウンター奥の椅子で船を漕いでいたアイザックがその音で瞼を開けると、膝に手を当てゆるりと立ち上がる。最近彼は眠そうにすることが増えた。
「…はい、度々お手数をおかけいたします」
──促され近くの椅子に腰掛けようとするも、それすら少々もたついてしまう始末。こんなにも苦労するとは思いもしなかった。
きっと、悪いループに陥っている。
日常生活でも二人に迷惑をかける機会は増えてしまった。
何か自分でも出来る事はないかと今迄出来ていたことに手を付けようとしても上手くいかない。商品を駄目にする度、少しずつ自身の積み上げてきたものに罅が入っていくような錯覚を覚えてしまう。
そういった繰り返しは、言い様の無い焦燥感を生んでいた。
「…大丈夫か?マギア」
手馴れた手付きで片づけを終えたアイザックは、こほこほと乾いた咳をしながら手近なスツールに腰を落とす。
「大変な思いをさせて申し訳ないね。…私も知り合い伝に聞いてみとるが、パーツが勝手に接続されるような例は他には無いらしい。そも、五階層の機械人形は生体部品のような物もちょいちょい混じっとるから、まだ分からん事も多いらしくてなぁ…」
「いえ。あまりお気になさらないで下さい」
──前回の様な、軽率な行動は取ってはいけない。
確かにずっとこのままであれば困ることもあるだろうが、一過性の不具合の可能性も有り得る。何より彼は病を患っている身だ。あまり心配や無理をさせたくはない。
穏やかに微笑んだまま足元に視線を落としていた彼が、静かに顔を上げる。
「…なぁ、もし。もしもだ。その腕が外れてちゃんとしたものが装着されて、自由に動けるとしたら。外に出れたとしたら。マギアは何がしたい?何がしてみたい?」
──彼は、真っ直ぐに私の瞳を見据える。想定していなかった質問に、言葉が詰まる。
私の世界の殆どはこの店と彼の用意してくれた本の中にあるし、それに不足を感じることは無かった。来店する客と僅かではあるが会話することもあるし、今でも外の世界と接点が無い訳ではない。
──それなのに。
先程彼はわざわざ自由にと言った。それはつまり、今は自由では無いということだろうか?
私が外に出たとして、何かが変化するのだろうか?外に出ることで、やりたい事が出来るとでも言うのだろうか。
思考を走らせるも、答えが出ることはない。
「…ふふ、考えておくんだよ?想像するってのは大事だからね。何でもいいんだ。何でも。お前さんは何でも出来るんだ」
返答に困る私を見る彼は何故か楽しそうで。眼を細めながら、皺だらけの手で頭を撫でた。




