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その日も、あと少しで空は暮れようとしていた。
明日の冒険にと回復薬と解毒薬を買い込んだ客の後姿を見送ると、小さく軋む音を立てる椅子に腰を下ろし、読みかけの本に手を伸ばす。
はらり、はらりと。指先が触れる度に頁が音を立て流れていく。
今手にしている本は不思議な内容であった。
魔物との戦闘で亡くしたはずのパーティメンバーが、幽霊になって化けて出たという話であったり。身辺の物が一つずつ消え、最後にはメンバーの一人が神隠しのように姿を消したという話であったり。流暢に人語を操る魔物と遭遇した話だったりと、真偽が定かでは無い怪しげな話が面白おかしく綴られている。
迷宮と言う場所故なのか、こういう話にも事欠かないのだろう。はらはらと斜めに読み進めていると、ふと気付く。
──工房から、僅かに話し声が漏れ聞こえていた。
「…どうしても、迷っててなあ」
製造の為に二人は奥に篭っている筈だが、その最中にこんなにも言葉を交わしていることは稀であった。レイシアは集中を邪魔されることを嫌う為、作業中は最低限の会話のみで済ませることが常だったのだ。
「ワシとしては変わらんよ。反対だ。わざわざ危ない所に行く要因をこちらから吹き込む必要も無いじゃろ」
「んー…まぁ分からんことも無いんだがな。実際、酷い怪我をした訳だしな」
──何について会話しているのかは分からないが。
物音の立たない静かな店内にいると、その声は自然と耳に届いてしまう。
「ただ…そもそも、その選択肢を隠しちまうってのは、本当に本人の為なのか…どうなんだろうなぁとな」
男性の言葉を境に会話は途切れ、かちゃり、かちゃりと透明感のある音だけが響く。
「…迷宮なんぞ、関わらんでも生きていけるじゃろ」
僅かな沈黙の後、先程よりも僅かに固い雰囲気の少女の声が聞こえる。
「広い世の中、むしろ迷宮に潜らんで生きとる奴の方が多いくらいだろう。あんなとこに潜るのは遠回しな自傷行為、自殺と変わらんじゃないか」
「でも、楽しかったこともあったろう?」
「嫌なことも充分に多かったがな」
──何かを思い出しているのか。
確かにそうだったかもな、と少女に相槌を打つ男性の声はどこか楽し気にも聞こえた。
「…傷付いて欲しくは無いよ。それは私も同じだ。だけどもそれは、あくまでも私たちの気持ちだ。道を閉ざしたらいかんと思う」
「はぁ……今更、子の進路に悩むような思いをするとは…」
大袈裟な、わざとらしい溜息が一つ零れる。
「そもお前の拾った子だ。お前の好きにするといいさ。…ただまぁ、折角なら大事にしてやれよ」
「あぁ、勿論だ」
そのやり取りを最後に。店内には耳慣れた清潔な作業音だけが響いていた。




