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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
4章
37/138

4-9

 客足も落ち着いたとある日の昼下がり。 

 私はアイザックが新たに築いた本の山の切り崩す作業に勤しみ、一方作業を終えたレイシアは椅子に身体を預け暇そうに店番を務めていた。


「のう、マギア」

「はい、なんでしょうか」


 頁を捲る指を止め顔を上げる。


「いつも店の事を見てくれてありがとな」


 何でもない世間話を振る様に、レイシアが唐突に礼を口にする。


「…急に、どうかされたのですか?」

「んぅ?いや、他意は無く助かっとるってだけよ。元々アイツは一つ所でおとなしくするのは向いてないやつだからな」


 ぐぅっと手を伸ばし、彼女は猫の様に伸びをして見せる。


「向いていない、ですか?…それでは、彼はなぜ店の経営をされているのですか?」

「いやまぁ、アイツは元々冒険者なんだけどな。色々あって身体を壊してから、引退せざるを得なくなったんだが…それでも、迷宮に関わる何かがしたいと言い張ったのよ」


 アイザックが身体を壊して冒険者を辞めたということは初めて耳にした事である。

 こほこほと乾いた咳を漏らし、苦い顔をしながら薬を服用する日々を送ることになる程までに。そうなったとしても迷宮に関わりたいと思える何かがそこにあったのだろうか。


「いくらやりたいと言うても、店を構える以上は苦手なことも回していく必要はあるからの。今迄は肝心の商品製造の手伝いやら諸々を、ワシが補助しとった訳だな。ふふふ、半分はワシの店と言っても過言じゃぁないわな」

「…そういう事ですと、この店でお世話になっている私にとってはレイシアがご主人(マスター)とも言えるのですね」

「いや、言えんじゃろ。ワシは機械人形なんぞ所有する気はさらさら無いぞ」


 彼女は表情を変える事無く、にべもなく否定する。

 元来、機械人形はご主人(マスター)に仕えるものだ。そういう対象がいないというのは正直未だに慣れない。


「まぁ仕える者なんぞおらんくても街に放り出す様なことはせんさ。安心しとけ」


 けらけらと楽しそうに口にした途端、彼女は何かに気付いた様子で頭を傾ける。


「…なぁマギア。そういやお前さん、一人で街に出たことはあるか?」

「いえ、ございません。アイザック様から一人で出ないように申し付けられておりますので」

「あぁ、まぁそりゃそうだよな…お前さん方がこの街で暮らすには、まだ環境が整えられておらんのだ」


 ふんふん、と腕組みしながら彼女は一寸思案する。


「丁度良い。ここに居る以上はお前さんに関わりのあることだ。軽く話をしとこうか」


 よっこいしょ、と椅子に座り直し彼女はこちらに向き直る。


「まず最初に。この街では機械人形というのは、あくまで意思を持った人形であり遺物であって、発見した者の所有物である、という考えが主流ではあった」


 私に関わりのあること、として切り出したそれは"この街における機械人形についての来歴"だろうか。そうなのであれば、彼女の語ろうとするそれは興味のある話でもある。


「まぁそれは、第四階層から見付かっておった機械人形群の性能という所に大きく所以しとった訳だが」

「…性能、と言いますと?」


 拾得物として扱って問題ないと判断される程度、だったということだろうか。

 以前、露店の立ち並ぶ大通りをアイザックと共にした数少ない街の風景の記憶を呼び起こす。


「んぅと…有り体に言えばただの機械じゃな。人型を模した機械であって、お前さんの様な五階層の者達と違い、凡そ中身も外見も人間らしさというようなものがどこか欠けた存在だったのよ」


 ──ちらと、目にした覚えがある。

 無表情に、口少に。フードを目深に被り、顔を見せず。それでいて従順に露店商を補佐する、どこか身体のバランスの取れていない機械人形。あれがそうだったのだろうか。


「んだからまぁ…そうさな。当時は機械人形を保有するってのは、余所の街で言うとこの犬猫を飼うのと同じような感覚だったんだ。しかし、ここ数年で見付かる様になった五階層の機械人形はそうではなかった」


 彼女が微笑を浮かべ瞳を覗き込むと、お前さんの事だなと言わんばかりに私に指を向けて見せる。


「無論、迷宮で発見された拾得物であることに変わりは無い。無いんだが…お前さん方には人間と遜色無い自我があった。そうである以上、当然ながら既存の遺物と同様に対応する訳にもいかん」


 不明な物が新規に発見されたとなれば、当然調査の必要が発生する。するのだが──

 それそのものに意思があると認知されてしまえば、調査法や検証実験などは変更せざるを得ない。そう声を上げる者は当然出てくるものだ。


「しかもよくよく調べれば、お前さん方には個体差まであると来た。人形毎に出力やら性能やらに微細な差もあるようじゃから一律に扱う訳にもいかん」


 ──私たちに設定されている個体差。

 機械人形は大きく民生用と探索/戦闘用の二種に分類することが出来る。彼女の言う通り、それぞれに得意とする事柄や行える権限に明確な差があった。


「自立稼動が可能な程に保存状態の良い機械人形が見付かることはそう無いんだけどな。それでも時が経てば、お前さんのような人間に近しい機械人形は街に着実に増えていくことになる」

「そうなれば…私たちが街に関わる為に、相応の配慮や対応が求められる、と?」


 ──積まれた本の山にあったギルドの情報誌に、これに関わる記事があったことを思い出す。

 現状発見されている機械人形の保存状態は劣悪なものが多く、欠損があったりとまともに稼動する状態では無いものが良く見られる、と言うものだ。


「左様。自然、何らかの規則を設ける必要が出てくる訳だ。…この街には人間を裁く法はあるが、お前さん方(機械人形)を守る法も裁く法も存在しない。お前さんたちは宙ぶらりんな訳だ」


 ──あぁ、だから。

 "私が一人で街に出ないこと"を求めた理由が、自ずと推測出来た。


「今もギルドと街の代表が規則やら整備に関する対話を続けとるが…まぁ今のところお前さん方の評価はそう悪くない。心配する様なことにはならんじゃろ」

「それならば、良かったです。本当に」

「ふふ。んなもんで、現状は大事にしとる機械人形を一人で外に出すことはしないことが賢明ってことだな」


 私を大事に思ってくれている故。

 それはこの上なく有難いことなのだろう。事実彼らが手を差し伸べてくれなければ、私は今頃どうなっていたか分からない。


「お前さんさえ良ければ、だがね。今しばらくはこの店で世話になって、ついでに世話もしてやってくれ」


 そう言うと、彼女がいつもと変わらないあどけない笑みを向ける。


「かしこまりました。私に出来る限りのことをさせて頂きます」


 ──ふと。自身が損傷していた、ということを思い出す。

 二人は何故。大きく損傷があり、まともな稼動すら出来なかった機械人形をわざわざ大事にしてくれたのだろうか。

 小さな疑問が胸の中で燻っていた。

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