4-7
曇り無く空は晴れ見慣れた清潔な朝陽が工房に差し込んでいた。
アイザックが用意してくれた本は九冊目を読み終え、十冊目の料理本を読み進めていた最中。
「おーう、おはようさぁん」
来店を知らせる鈴が遠くに聞こえると同時に、いつもの快活な声が響く。ぱたぱたという軽い足音が徐々近付いてくると、入り口からひょこりとレイシアが顔だけを覗かせた。
「おはよう、マギア」
「おはようございます、レイシア様。…何かございましたか?」
そう挨拶をしながら部屋に踏み入る少女は何かを企んでいるかのような悪戯っぽい笑みで、そして後ろ手に鞄を携えていた。
「いやぁな。ちぃっと気になっとったんだが…お前さん、いつまでもその服って訳にはいかんだろ?」
よっこいしょとその手にした大きな鞄を重そうに置きながら彼女は告げる。
「衣類…ですか」
頁をめくる手を止める。
私は店頭に出る事も無ければ着飾る必要も特に無い。強いて言うならば、いつでも身体を調整出来る様に着脱しやすい服でいるべきだろう。
意識を取り戻して以来病衣のような白い薄着を着用していたが、それ以外に換装は行っていなかった。
「私は、今のこちらの服で十分に思えるのですが」
服飾。衣類。──気温の調整や気候から自身を守る為であり、身分や職業の強調、表示に用いられるもの。娯楽としての側面もあるものだが…そもそもが機械人形である自身には、そのどれもが性能に影響は及ぼさないであろう要素にしか思えない。
「まぁまぁそう言わずに。いくつか見繕ってきたんだ、手伝うから着てみんか?」
レイシアは言うが早いか、するりと近寄ると満面の笑みで肩に手を置いていた。
───
──
「ふぅぅん…ほぉ~…」
あれからしばらく。
とっかえひっかえに幾通りもの衣服私に着せて楽しんでいた彼女は、ようやく落ち着きを取り戻していた。
「…あれじゃな、さっきのミディ丈のワンピースにロング丈のプリーツスカートを合わせるのも良いが…うん」
今はブラウスとワイドパンツを着せられている。
どちらもシンプルながら恐らくは質の良い物であるのだろう。ワイドパンツは大き目の釦がいくつかアクセントになっており、ブラウスには控えめにそれでいて細かなレースが施されていた。
「こういう割と地味目というか、ド定番なのもこれはこれで…」
自身の成した偉業とその出来栄えに感嘆しながら実に満足そうに頷いて見せる。
「貴女が満足されたのであれば、良かったです」
「おう、大変に満足しとるぞ!…しかしまぁ、自分が選んだ自分好みの服を顔の整った女子がここまで着こなしてくれると、何かこう、そそるものがあるな…」
だらしなく口元を緩ませているが、こんなに楽しそうな表情をした彼女は初めて見る。
「んっ、こほん…さて、着せ替えも十分楽しませて貰ったことだし。服を持ってきてやったのは実は理由があってな」
気を取り直すようにわざとらしく軽く咳込むと、彼女が瞳を向ける。
「実はな、前に話したマナを供給する為の腰部アタッチメント。あれの当てがどうにか付きそうなんだ。そうなるとお前さんもここを自由に歩き回れる様になる訳だな」
レイシアは得意そうに、にっと口角を上げてみせる。
「んでまぁ、折角ならお前さんのやりたいことをやって欲しいってのがアイツとワシの望みなのよ」
「…私が、やりたいことですか?」
「うんうん。そうなれば、色々動き回ることもあるだろう?そうなれば、ある程度は服装にも気を付ける必要があるって訳だ。つまり今までのことも必要なことだったのよ」
──あそこまで沢山の服を試着する必要があったのかはさて置いて。
私のやりたい事とは何なのか。一寸思案するが、ぼんやりとした命題に答えは出ない。
そのまま捨て置かれても何らおかしくない、故障だらけの機械人形をここまで原状回復してくれた恩に少しでも応えることが出来るなら。答えは殆ど決まっているのだが。
「…それなら、こちらのお店の手伝い、もしくはお二人の生活の手伝いをさせていただけませんか?」
「んー…」
少し悩むような仕草をして見せる。
「まぁ実のところ。民生用という事を聞いてた手前、そう答えるとは思ってはいたんだが……んー、本当にそれがお前のやりたいことなのか?」
「…今は、それしか思い浮かぶことがないのです」
自身に関する何かしらの情報が得られるのでは、と。ほんの僅かでも、見覚えのある情報の断片があるかもしれないと。意識を取り戻して以来、アイザックが用意してくれた書物の端々に目を通してきた。
そこには多種多様な知識、色鮮やかな生活模様が溢れていたが、それらはどこか遠い世界の物語の様で。見覚えも無ければ感慨も沸かず、自身との繋がりを見出せなかったのだ。
分かりきっていたことではあるが、記憶だけでなく目的すらも分からない。思考を巡らせた上でそうなのならば、今はその時々に浮かんだ感覚に縋る他なかった。
「今は、なぁ…まぁ色々見てく内に欲が生まれることもある、かの」
レイシアは眼を細め、押し黙ると少し考え込む。
「…分かった。それじゃ、出来る範囲で色々手伝って貰う事にしよう。その上で。何かやりたいことが出来たら、すぐに教えてくれな?」
彼女の厚意に少し安堵すると同時に。
自身にとっての何かを見付ける事が出来るのか、小さなシミの様な不安がチラついた。
「…かしこまりました。よろしくお願い致します」
──それを振り払うように。私は深く、頭を下げた。




