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ひた、と脚の指先が床に触れる。
丸みを帯びた指の先から、球体の間接部分、付け根と順に。
舐めるように、這わせるように。音も立てずに冷たい床を踏み締めていく。
「大丈夫か?立てるか…?」
心配そうな顔をした二人が見守る中、私は装着したばかりの細い脚で立ち上がろうとしていた。
──数十分前。
おはようという定番の挨拶でいつの間にか待機状態に入っていた私を起動させたアイザックとレイシアは、忙しそうに何やら準備を始めていた。
「今日はな、お前さんの脚を接続しようと思っとるんだ」
そう言われて気付く。
身体の直ぐ下には、既に腰部と二本の脚部パーツが鎮座していた。
各部の皮膚装甲が開かれ鈍色の内部機構や骨格機構が顕わになっているそれらは、いつでも接続が可能な状態であることが見て取れた。
「元々お前さんが装着しとったもので、大丈夫なとこはそのままにしとるんだが…申し訳ない、脚部は殆ど新しくなっとる」
レイシアの言葉に無言で頷く。
私が私でなかった物で塗り替えられていく。今迄私だったものを切り離して、私でなかったものを身に着ける。
しかしながら、特段それに対して感慨は無い。人間が細胞を新しくするのと同様であろう。
「それじゃあ…おやすみ、だな。何事も無ければ、十分もしない内に作業は終わるはずだ」
不安にさせたくないのか、そう言いながらアイザックは私の頭に皺が刻まれた手を伸ばす。
ほんの先程私におはようと挨拶を投げかけた彼が、さほど間を置かずおやすみと投げかける。そして彼の言う通りであれば、この後すぐに再びおはようを交わすのだろう。
それが、ほんの少しだけ可笑しく思えた。
───
──
装着が終わり、準備が整えられたことを確認すると。細く、すらりと伸びる脚を下ろしてみる。
以前私が装着していたものと同様の五階層の機械人形の物を設えてくれていた為、違和感は無い。多少左右で皮膚装甲に色の違いが見られる程度で、この位ならば何も支障も無いだろう。
足の裏が完全に接地したことを確認すると、力を込め膝をぐぅっと伸ばし身体を持ち上げる。
途端、ふらりと踏鞴を踏む──カツ、コツと硬質な足音を何度か響かせながらも、動く左手を広げなんとか体勢を立て直すと、手に力を込めながらそれを見ていた二人が安堵の溜息を漏らした。
「ふぅ…よしよし、一先ずは順調だな」
大きく息を吐いて顔を綻ばせるアイザックは、心の底から安堵している様子だった。
「うん、一先ずは良かった。ただ…申し訳ない、お前さんはまだ工房から出られないんだよ」
レイシアが腕を組み、片眉を吊り上げながら続ける。
「本来なら、ほら。腰のとこにマナを供給するアタッチメントがある筈なんだが、それの調達がどうしても間に合わんくてなぁ。だから今は、そのケーブルが届く範囲でしか動けないんだ」
彼女の言う通り、腰骨より少し上の辺りに黒色の太く硬いケーブルが二本。それと細く柔軟性のあるケーブルが一本、深々と刺さり端子を覗かせていた。
「成程…分かりました。しかしながら、これは少々動き辛いですね」
絡まない様、大きく身体を捻る様に動かすと。ケーブルもその後を付いて回る様に波打って動いてみせた。
「うん。まぁそうだと思ってな。お前さんにいくつか本を持ってきとるんだ」
アイザックの目線を辿ると、採光窓の下の小さな机の上に。
昨日には無かった小さな本の山が出来ていた。
「片手じゃ読み辛いとは思うが、暇潰しにはなるかとな。何が好みか分からんかったから、適当に寄せ集めてみたんだ」
──無造作に積まれた本の山に歩み寄る。
統一感の感じられない装丁のそれらは、しかし朝陽で一様に鮮やかに輝く様に照らし出されていた。




