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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
3章
28/138

3-4.5

「…見立てが正しいか、分かりませんが」


 ──紙の束をその手にしながら、皆の視線を集めた機械人形が口を開く。


「あの魔物は魔術的な要素を察知している訳でなく、人間と同程度の視覚を有していると思われます。…ですので気付かれないように罠を仕掛けられれば、隙を付くことは可能ではないかと思うのです」

「…なんで、そう思うの?」


 膝を抱えるように座り込むウィルマが不安そうな顔のまま聞き返す。


「この部屋に逃げ込めたことが理由の一つです。…私とセス様は直前に攻撃を受け走ることすら難しい状態でしたが、この部屋に逃げ込めました。あれだけ早く動作するあの魔物から、です」


 ──殿を務めようと盾を構えたセスに襲い掛かる時に、あの魔物はどうしたか。

 射られた矢の様な素早さで瞬時に距離を詰め、体勢を崩す程の強烈な攻撃を数度打ち付けてきていた。


 それだけの素早さで動ける魔物が。対象に危害を加えることに執拗し、今も部屋の前で扉を叩き続けている魔物が。

 歩く程度の速さでしか動けない弱りきった獲物をみすみす逃がすことがあるのだろうか。


「…確か、に。…なんであれで逃げれたんだ」


 その場に身を置いた本人だからこそ、思い返すほどに疑問が湧き上がる。当時の状況を思い返すセスの顔には困惑の色が浮き上がっている。


「アルマン様の時もそうでした」


 彼の名前を口にすると三人の顔が僅かに強張るが、変わらない平板な口調で機械人形は続ける。


「アルマン様が一番最初に攻撃を受けた場所は脚部です。私たちが魔物の姿を察知していなかった状況であったにも関わらず、あの魔物は急所ではなく脚を狙いました」


 ──彼が足の甲を貫かれたあの時。

 土煙で視界は濁りきり、こちらは相手を全く視認出来ていなかった。


「しかしその直後には、明らかに頭部を狙い攻撃を行いました。それは人間の頭部が急所であると認知しているからこそ出来る行動です。…有利な状況にも関わらず、最初に急所を破壊しなかったのです」

「…どっちも、狙いたくても狙えなかったって言いたいのか?」


 ティルの言葉に無言で頷く。


「充満する土煙で遮られ、見えなかったのだと思います」


 ゴーレムの残骸が崩れ落ち、援護する為にウィルマが放った魔術が巻き上げたもの。煙幕の様な濃い土煙が視界を濁していた。


「それ以外の探知器官を有していれば、私たちに対してより効果的に損害を与えることが出来たはずです。ですのでマナや魔術的要素は察知していないと推測しました」

「なるほどねぇ…それじゃ、通用するかもって言ってた罠って何さ?」


 話すことで幾分落ち着いたのか、多少血色が良くなった顔でティルが聞き返す。


「あの魔物は…初動時に脚部に力を溜めて、勢いを付ける挙動を取る様に思えます」


 ──アルマンに手を振り上げる時。セスに飛び掛かる時。

 大きく動こうとする際、どちらも脚を折り畳み地面を蹴る様にして勢いを付けていた。


「そのタイミングで足場を崩すことが出来れば。相手の挙動を抑制することが可能かもしれません」


 防塵外套から覗く罅割れた腕がギチギチと震えながら不安な音を立てると、その手に握られている"細い紐が巻き付いた白い紙束"に皆の視線が集まった。


 長方形の紙に薄黒い色で魔術回路が描かれた破砕符がそこにはあった。

 対象に貼り付け、直接もしくはそれから伸びる紐にマナを流すことで機能する採集道具。


「いやいや、さっきも言ってたけどそれは効果無いだろ…というか、どうやってソイツの上を踏ませるんだよ」

「…私も、そんなに都合よく動いてくれるとは思わないわ」


 横で静かに話に耳を傾けていたウィルマも、弱々しい声でティルに同意する。


「それでしたら、私が囮になるつもりです」


 抑揚も無く、機械人形はそれをさも当然の様に言い放つ。


「遮蔽物にもなりますので、あちらのポッドとその周囲に貼っていただきたいのですが」

「待って、ちょっと待て…流石にそんなの任せられないだろ」


 遮るようにそう言い放つティルの瞳を、何も口にせず。じぃっと真っ直ぐに覗き込むと、彼は僅かにたじろいでしまう。


「…な、なんだよ」

「いえ。戦闘を行える方が危険に晒される必要はございません。私は民生用ですし、ご覧の通り腕を損壊しております。欠員となっても痛手となりにくい私が囮となるべきです」

「…はぁ」


 そうじゃない、と言わんばかりに彼は小さく息を吐くと、面白くなさそうに眉を顰める。


「機械人形なら、最低でも基幹部にマナが供給され続ければ機能維持が可能です。機械人形(私たち)なら多少の損壊も換えが利きますが、人間ではそうはいきませんので」

「…そういうのは、気に食わないんだよ」


 頭を雑に掻きながら目を逸らし、ティルは言い捨てる。


「…ねぇ、マギアさん。そこを踏ませることが出来る算段はあるの?」


 ウィルマが出来るだけ穏やかな口調で間に割って入る。


「…あの魔物は距離が離れても何かを射出したり、あの手の様な部位で周囲の岩を投げたりもせず近付いて攻撃をしています。ですので、こちらに近付いてくる可能性は高いかと」


 確かにそうだったね、と彼女は静かに頷く。


「推測ばかりで根拠薄弱ではございますが…最悪、私に惹きつけた上で一気に破砕符を起動すれば生き埋め程度には出来るかもしれません」

「…なぁマギアさん。誰かが犠牲になる選択肢は出来るだけ止めにしないか?俺たちも、乗り越えられる様に協力するからさ」


 穏やかな口調ではあるが、誰かが犠牲となることをはっきりとセスは拒絶する。無言で二人も頷いて見せた。


「…畏まりました。善処いたします」


 ──元より、犠牲になるつもりは毛頭無い。少しでも確率が高い手段を選び、当然生きて帰還するつもりではある。

 なのだが、時折相反する矛盾した思考をする自覚はあるのだ。率先して犠牲となるような、身を危険に晒しても何かを成そうとすることを。

 これも自身の記憶に無い何かが起因しているのだろうか。


「…先程提案いたしました内容ですが、一点問題がございます。どなたかにいくつか破砕符を起動していただきたいのです」

「あと…これは個人的な意見なんだけど。あの手?みたいなのは、ちょっと不確定要素が多過ぎてどうにかしたいかな…多分だけど、何かしらの魔術付与がありそう」


 異質な雰囲気を放つ手の中でも、一際目立つ赤黒く脈打つ特異な爪。ウィルマが頭を傾げながら思案する。


「うぅん…繋がってる細い管っぽいの。あそこには何も付与されてなかったように見えるけど…」

「…だったら」


 目を逸らしたままティルが口を開く。


「セスは身体強化の反動で素早くは動けない。マギア(アンタ)はまぁ…どうしようもない。となると僕かウィルマがやるしかないだろ。ただ、破砕符の起動でどっちかは動けないとなれば…まぁ消去法で、僕だ」


 そう言うと、そのままウィルマをちらりと見遣る。


「動けないついでにさ。ほんの数秒で良いから、身体強化使えない?踏み出す時だけで良い。少しでも攻撃の成功率上げたいんだよ」

「ティル、それは…」


 セスが何を言いたいかは全員が分かっている。切り抜けた後のことを、身体強化の負荷をずっと心配していた。


「…ここから出た後を考えるってのも分かるけどさ。どっちにしろここで死んじまったら、後に大事にとっといてもどうしようもないし」


 いつも通りの口調ではあるが、彼の目は笑っていなかった。


「…これは、受け売りですが」


 ──ふと。何かを思い出す。

 自身の朧気な記憶を辿り、細い糸をゆっくりと手繰る様に。湧出する光の玉の様に、何かが不確かに漂っているのだ。いつもと異なる様子で、ぽろぽろと言葉が漏れ出てくる。


「相手を追い詰めた状況でも、捨て身の一撃は何よりも注意せねばならない…と言われたことがあります。守りに入れば入るほど、相手に落ち着いてどう攻めるかを考える余裕を持たせてしまう。だから例え不利な状況になっても、攻撃する手を緩めてはいけない、と」


 ──それは、誰から聞いた事だったか。顔が、声が。上手く像を結ばない。

 直後、一際大きい衝突音が響き思考を遮る。あの扉ももう長くは保たない様子だ。


「…なぁ。最後にもっかいだけ聞くけど。誘導はアンタに任せても良いんだな?」


 ──ティルが念を押すように尋ねる。

 善処するという先程の返事を信じた上での、最終確認。


「はい。いくらか使える手もありますので。精一杯、活きの良い囮を演じて見せます。…演技をした事は、ありませんが」


 もう一度。ギチギチと壊れた左手を鳴らして見せる。


「…なんだそりゃ。冗談言ってるつもりか?」


 ティルが口元を緩ませる。


「まぁ頼んだよ。…ほら。隠れるぞ、セス」


 肩を貸す様にしながら、二人は出来るだけ大きな機材のある部屋の隅に向かう。


「ぶっつけ本番、行き当たりばったりな作戦とも言えない足掻きだ。…難しいと思うけど、この中で一番戦歴長いのアンタだからさ。何かあったら、サポート頼むよ」

「…随分と無茶を言うなぁ」


 ティルとセスが互いの手を打ち付ける。硬い、乾いた音が小さく響く。


「ウィルマ様はこちらに。そうですね…それでは、破砕符の効果を確かめる為にいくつかの場所に貼ってみましょう。近場の床や壁面に開けることが出来れば、いくらか安全です。紐もその程度しか届かないと思いますので」


 ウィルマは杖を自身の体の前で力強く握り込むと無言で頷く。震えを抑え付ける様に息を大きく吐き、覚悟を決める。


「あとは…適当に私の装備をばら撒いてください。僅かでも警戒させられれば儲けものです」


 扉の継ぎ目が歪み、赤黒い爪が微かに姿を見せる。


「…皆様。よろしくお願い致します」


 ポッドの前に立つと、私は扉を真っ直ぐに見据えた。

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