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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
3章
26/138

3-6


 ●対象 同行者(機械人形) マギア

 開始時刻 14:11


 職員:報告書を音読。内容の誤りが無いか確認。


 対象:「はい、申し上げられました内容に誤りはございません」


 職員:当時の状況を確認。会敵後、即時の退避は可能だったか質疑を行う。


 対象:「会敵後、間もなく近接されました為困難であったと思われます。後方から多数のゴーレムに追われていた状況でもあり、追跡を振り切れたか判断出来かねる状態でした。…今回ゴーレムの群が潜んでいた場所は、同西区を担当していた異なる一党様方が利用された筈の経路でした。そういう事もあり予想は難しかった様にも思われます」


 職員:既知の形状と異なるゴーレムの奇種と遭遇し討伐した、とあるが対象の魔物を詳細に調査、または捕縛し帰還する事は不可能だったのか、質疑を行う。


 対象:「遭遇時の敵対行動により被害を被った為、防衛対応が必要であったと思われます。当一党の被害状況から遺骸の調査、確保ではなく退避を優先いたしました次第です」


 職員:該当の魔物への危険度について。報告書の限りでは危険度は高いものと推測される。討伐する事を非推奨とし該当の階層を閉鎖すべきか。は質疑を行う。


 対象:「…申し訳ありません、民生用機械人形である私には判断出来かねる内容であると判断します。…しかしながら、恐らくではございますが。知能と有していると思しき動きを確認しております。徒に刺激することなく、従来通り対応される事を進言致します」


 質疑を終了。併せて報告内容に誤りが無いことを確認。終了とする。


 終了時刻 15:37


 落雷の様な轟音が、ビリビリと肌を震わせる。

 セスが力任せに振り下ろした大盾はゴーレムの頚椎を砕き、魔物の頭部は地面に転がり落ちていた。


「はぁっ……はぁっ……」


 彼は息を荒げながら、一心不乱に、何回も何回も。

 ただただ無言で動かなくなったゴーレムに何度も盾を振り下ろし続ける。ゴツン、ガツンと。一切容赦の無い、暴力を叩き付ける音が妙に際立って響いている。

 その手にしている大盾は歪な岩の山に振り下ろされ続けた為か、下部が醜くひずんでしまったように見えた。


 ──数分だろうか。ようやくその手を止めると、セスは構えた腕を力なくだらりと下ろした。戻ってきた静けさの中に、幾つかの荒い息遣いだけが聞こえてくる。


「お疲れさまです」


 のそり、と穴から這い上がる彼にマギアが静かに近寄ると相変わらず平板な声をかける。セスは疲れ果てた顔で小さく頷いて返した。


「…マギアさんこそ。…皆は?皆、大丈夫か?」


 彼が昏い目で周囲を見渡すと、壊れた機材の山に埋もれるティルと視線を結ぶ。一方ウィルマは這い上がった穴とは反対側に伏していた。


「あ"ぁぁぁ…キッツ…こっちは、大丈、夫…だけど、こんなキツい、のかよ…」


 ティルが息を上がらせながら呻き声を上げる。

 壁を蹴り、自らの体をほんの僅かでも前に。相手に対処を許さず自身の攻撃を叩き込む為に。一度きりの全力攻撃に全てを賭け、身体強化で自らを射出したのだった。

 その一瞬でも負荷は大きかったのか、今はまだ立ち上がれない様子であるが。


「…セス様。お疲れのところ申し訳ありません。急ぎウィルマ様の手当てをお願い致します」


 いつも通りの変わらない表情と声色からは緊迫感を感じられないが、急を要するのか。穴を迂回するようにウィルマに歩み抱き起こすと、その痛々しい姿が目に入った。


「これは…酷いな…」


 出来得る限りのマナを流し、加減すらせず全力で魔術を放ち続けた為か。杖を握り込んでいた手の平は焼け爛れ幾つかの指先が炭化しかけていた。

 意識が無いのはマナの消費過多による一時的なハンガーノックであろう。こちらは時間をかければ自然回復が見込める。


「…手持ちの上級の治癒の水薬(ヒールポーション)、それと簡易ではあるが治癒魔術(ヒール)の詠唱杖でなんとかなれば良いんだが…」


 腰袋からいくつかの水薬を取り出すと、倒れ伏すウィルマを抱き起こしながら瓶の封を切る。


「…こんなに無茶するまで頑張ってくれたんだな。ありがとう、ウィルマ」


 未だ意識を戻さない彼女に声を掛けつつ、支えながら口に少しずつ水薬を流し込む。


「…なぁおい?セス、大丈夫かよ」


 その様子を遠くから伺っていたティルがぶっきらぼうな口調で投げかけた。


「あぁ…所々酷い、かな。魔術の負荷が強かったみたいだ…うん、きっと大丈夫だ。出来るだけをやってみるよ」


 セスは僅かに表情を緩めつつそれに応える。意識は戻ってはいないがウィルマもその顔から苦しげな様子は見られない。彼が腰帯からもう一つ水薬の瓶を取り出すと、今度は傷だらけの手に満遍なく浸していく。


「ウィルマもだけどさ…セス、アンタもだよ」


 笑う膝を必死に抑え付けつつ瓦礫の山からようやく立ち上がると、ティルはつまらなそうに言う。


「…俺は、大丈夫だよ。もう、終わったんだ。終わったんだからさ」


 振り向かず終始淡々と答えるセスの背中は、一回り小さくなったように見えた。


 ───

 ──


 数十分後。

 ウィルマが目を覚まし言葉を交わせるようになると、ようやく全員が戦闘の終わりを実感したのか僅かに安堵の空気が漂った。

 持ち込んでいた水薬と治癒魔術で出来るだけの治療を終えると、予定にあった手筈の通りに階層入り口を目指すことで皆の意見は一致した。

 しかしながら。アルマンの遺品の回収に関してだけ、ほんの少しだけ食い違っていた。


「…出来る事なら。こんな場所に、あいつを一人きり置いては行きたくないんだよ」


 そう切り出したのはセスだった。この部屋からアルマンの居るであろう場所まで、恐らくは100メートルも無いだろう。


「気持ちは分かるけど…」


 二人共、返答に窮する。

 セスの気持ちは痛い程に理解出来るのだ。このままこの階層を後にしてしまえば、彼の遺品を回収出来る機会がいつになるか誰にも分からない。

 封鎖にでもなってしまえば、長い間放置され遺体諸共スライムに消化されて跡形すら残らない可能性だって出てきてしまう。

 ただそれには異様な索敵範囲を以って追跡を続けた奇種のゴーレム群や、先程の異形の岩石の魔物と遭遇した方角に戻ることに他ならなかった。


「なぁ、セス。…あんま言いたくは無いけどさ、アイツなら構わず逃げろって言うぜ、多分」

「ちょっと、ティル…!」


 ──ほんの一寸。ティルの言葉に激昂するでも無く、取り乱すでも無く。セスは目を伏せ寂しそうな表情を浮かべた様に見えた。


「"次"があったら、全員が生き残れるか分からねぇだろ」


 万が一にも再びそれらと遭遇したら。今度も安全に逃げ切れるとは限らない。

 それに自身たち一党が逃げ切れないだけでなく、皆が落ち合う予定の階層経路まで追跡が及んでしまえば皆を危険に晒す恐れもある。

 狩り慣れた通常種のゴーレム複数体であったとしても、消耗し戦力が減少している現状ではまともに相手をするのは得策ではない。

 理解している。皆、それは薄々気付いてはいるのだ。


 ──短い沈黙と、ピンと張り詰めるような空気を破ったのは他の誰でもないセスだった。


「はぁ…スマン。全然冷静に判断出来て無いんだろうな、申し訳ない。…今は、無事に戻ることを優先するべきだよな。こっちからわざわざ危険を冒す必要は無いんだ。うん」


 一つ頷き、力弱い笑みを浮かべながら彼は自身の意見を撤回する。理解はしているがそれでも。どうしても口にせずにはいられなかったのかもしれない。


「…俺が見張ってるよ。もう少しだけ休憩したら出発しようか」


 セスは出来るだけ明るく切り出し、皆から離れる様に抉じ開けられた部屋の入り口に歩き出す。

 皆が疲れ果てていた。自らをすり減らし、余裕を無くしていた。


 ───

 ──


 また遠くから、規則正しい重低音が響くように鳴る。

 物音一つにもびくりと身体を跳ねさせながら、じわりじわりと階層の入り口へ歩を進めていた。


「…ふぅ」


 周囲の安全を確認出来る度、安堵で溜息が漏れる。


 ──避難していた人形部屋から入り口まで、普通に歩けば二時間もかからない道程だった。

 変わらず光が生まれ出続けるその不気味に明るい道のりが、長く長く、果てしなく続くようにも感じられる。口から弱音が零れ出ないように、自身を支えるものが折れないように。皆が焦れる気持ちと恐怖を必死に抑え込みながら黙々と前に進み続けていた。


「…ふぅ、待ってて」


 何度目かの警戒。

 曲がり角を前に、ティルが警戒を促す。上手く動けないウィルマを背負ったセスが姿勢を低くすると、その場で待機する。

 細心の注意を払いつつ交差する通路の安全を確認していくと、光に紛れ分かり辛いが通路に一直線状の磨耗が視認出来た。


「多分…だけど。巡回型の経路かな。…今のところ音も振動無い、さっさと行こう」


 何より待ち伏せされていた先程の事例がある。

 先行するティルはいつもより神経質に注意を払い、怪しい様子があれば経路を変更し徹底して会敵を回避し続けていた。


「…あと少しだとは、思うんだけど」


 皆を励ますつもりか、はたまた自身を鼓舞する為か。ティルは静かに呟き、腹の底から搾り出すように深く息を吐き出すと再び歩を進める。

 同じ場所を歩き続けている様な、前に進めていない様な。不安になる感覚が波の様に襲ってくる。


 ──そんな、もう何度目か分からない波と戦っていた最中。

 目指す通路の先、沸き出る光とは異なる明かりがあることに気付く。それは霧散せず、一定の高さを維持しその場にと留まり続けていた。

 それは次第に大きくなり、切望した階層経路が存在する広間の入り口が薄っすらと姿を現した。


「あぁぁ…!やっと、やっと…着いた!やったぞ…っ!」


 ティルに続き、ウィルマを背負ったままのセスも小走りに進みだす。

 距離が詰まると、次第に広間から微かな物音が漏れ聞こえてくる。金属のぶつかる硬く澄んだ音や人の話し声が混じった、聞き馴染んだ人間の生きている音だった。


 期待と安堵を抱きながらティルが入り口をくぐると、そこには今回の依頼を受領した者達の姿があった。私たちが足を踏み入れるなり、視線が集中し場がざわりと一瞬どよめく。


「…え…他の人たち、は…?」


 湧き上がる安堵と歓喜で笑顔だったウィルマが一転、困惑する。

 そこにいた皆が一様に傷付き消耗し、疲れた雰囲気を纏っている。そして何より、数時間前に散開した時と比べ目に見えて人数が減っていた。この場にいるのは六割程度だろうか。


「君らは…アルマンのとこのか…!よく帰ってきたな、大丈夫だったか!?」


 他一党のリーダーと思わしき長身の男性が歩み寄ると、その場ですぐに情報の交換が始まる。

 既知の奇種のゴーレムだけでなく、それと異なる異形の岩石の魔物が発生していること。それらは知識を擁している様に見受けられたこと。そして、アルマンは帰還出来なくなってしまったこと。


「あぁ…そう、か。…アルマンが…駄目だったか」


 彼らの間に親交があったのかは分からないが、沈痛な面持ちで目を伏せて見せた。

 他一党から集めた情報を彼が口にするが、自身たちの体験した状況と非常に似通っていた。そして、自身たちが見たものとは形状の異なる異形の岩石の魔物を確認した一党も居た、とも。


 話し終わると、彼は眉を顰め険しい顔で口を一文字にしながら思案する。


「…警戒を継続、危険があれば即撤退するのは勿論として。申し訳ないが、君たちもここであと少しだけ待ってくれないか。合流の定時時刻まではあと僅かばかりあるんだが…あと一党、まだ帰還していないんだ」


 帰還が確認出来ない一党。それは私たちと同じく西区の調査に赴いていた者達であり、ゴーレムが潜み全てを埋め尽くしていたその通路の先に向かっていた筈の者達であった。

 いつでも退避出来るように。そう繰り返し念を押しながら、男性は自身のパーティに戻っていく。


 ──その後。

 合流予定の時間を超過したが、最後の一党が帰還することはついに無かった。

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