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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
3章
24/138

3-4

 ●対象  軽戦士(スカーミッシャー) ティル=ギースベルト

 開始時刻 09:59


 職員:報告書を音読。内容に誤りが無いか質疑を行う。


 対象:「…僕たちの見た事は、あんたが今持ってる報告書に書いた通りです。…いくらなんでも、あんなのが出てくるとは誰も思ってないですよ。過去の報告書にも無かったことですし。(短い沈黙)あんま話したくないんで、今日はもう帰っても良いですかね?」


 職員は継続を要望するも、対象は無視し部屋を退出。精神状況を鑑みて一時終了とするが、後日再度対象には召集を行うものとする。


 終了時刻 10:18

 アルマンを押しのけ力任せに大盾を捻じ込むと、火花と共に破裂するような音が鳴り響いた。


「セス!」


 どうにか不意の初撃を対応出来たものの、潜んでいたゴーレム群は押し寄せるように進行を続け既に十字路はその巨体で埋め尽くされている。

 距離が開けられる状況ではない。退避する為にも、その退路を切り拓くしかなかった。


「…ウィルマ、私とセスに身体強化を。セス、良いな…?」

「あぁ!さっさと、やってくれ…!」


 津波に流される様に押し込まれ、壁を背に押し潰されそうにしているセスが必死に応える。ウィルマは一寸険しい顔をしたが、意を決したように魔術の発動に集中し始める。


 ──杖を両手に持ち、構え、マナを集める。

 杖の先に赤々とした魔術式が展開され、それが明滅し始めるとアルマンとセスの腕や脚、四肢の筋肉が目に見えて隆起する。


「が、あぁぁあっ…!!」


 ──二人が吼える。

 アルマンが弾ける様に地面を蹴ると、その姿はゴーレムの目の前にあった。

 するり、と一切の抵抗が存在しない様に得物が振り抜かれ魔物の上半身が四散すると、次の瞬間には別のゴーレムへ槌を振り抜いていく。

 岩石の津波を抉り、砕く作業を瞬時に繰り返す彼の動いた後には残光だけが残り、言葉の通りの電光石火を体現している様だった。


 殺到するゴーレムの中、セスは大盾に刻まれた斥力の魔術式を発動させつつ強化されたその腕力で無理矢理に津波を押し返す。押し、弾き、隙あらば力任せに盾を打ち付け砕いていく。丸太の様に太く膨らんだ脚は大樹の様にびくともせず、自身の何倍もある質量の塊と対等以上に渡り合っていた。


 身体強化(ブースト)

 対象者の無意識の枷を外し、且つ魔力で身体能力を強制的に向上させる魔術である。

 術者が魔術式を展開する限り効果を発動するソレは、言うまでもなく肉体に相応の副効果を生じさせる多大なリスクを孕んでいた。


 一体どれだけのゴーレムが隠れ潜んでいたのか。

 膨れ上がる様に通路に殺到するゴーレムを二人は驚異的な速度で破壊し続けるが、それでも巨岩の津波は一向に止まる気配が無い。

 ティルは暴風の様に力を振りまく二人に巻き込まれないよう、また二人が討ち漏らしたゴーレムに立ちはだかる様に詠唱を続けるウィルマとマギアの前で必死に立ち回っていた。


「くそっ…ウィルマ、僕にも身体強化を!」

「ダメだ!」


 ティルに向かっていたゴーレムに瞬時に駆け寄り大盾で強烈に打ち付け、砕きつつセスが吼える。


「俺たちは術が切れたらもう動けん!前衛のお前まで動けなくなったら、誰も守れなくなる!」

「…っ、分かってる!分かってるから、それならさっさと二人で倒してくれよ!」


 二人の加勢が出来ずティルが悔しげに歯噛みする。

 時が経つにつれ少しずつ、低く響く振動音が少なくなってきてはいる。先程と同様に、死骸が巻き上げた土埃が立ち込め視界を遮り始めている。


 ──今、手を緩める事は出来ない。崩し続けるしかない。


 込めるその力の加減が出来ないのだろう。

 爪は割れ、剥がれ。腕を振る度に、足を運ぶ度に周囲に血が飛散する。力任せに噛み締めた歯が砕け、口端から血が滴る。

 毛細血管は切れ、視界の端は赤く濁り鼻や耳からも血が滴っている。その手にある筈の武器の感覚すらも少しずつ抜けていっていた。


 ──あと少し、あと少しで。きっと。


 悲鳴を上げる二人の動作は、既に精彩を欠いている。二人は文字通り命を消費しながら巨岩の波を押し止めていた。


「ごお、っぉぉおあぁっ…!!」


 満身創痍のその身体を絞り切るように、よろけながらもアルマンが槌を振り抜く。ガラリと音を立てながらゴーレムが崩れ落ちると一際派手に土埃が周囲に舞い上がった。


「…なん、とか…なったか…」


 煙幕の様に視界を阻む土埃に眼を細め、口に手を当てつつ様子を伺う。

 通路に反響していた鈍く低いゴーレムの歩行音は止み、喘ぐ様な荒い吐息だけが耳に届いていた。皆が何とか乗り切れたという事実に安堵する。


「…げほっ、ごほっ…皆、無事かい?」


 ──声を上げたその瞬間。

 土煙の向こうから細長い影が素早く飛び出し、空気を裂く鋭い音を立てる。


「…がぁっ!?」


 言葉にならない悲鳴が口から零れ、アルマンが体勢を崩す。


 ──何が起きたのか、誰にも分からなかった。

 アルマンだけが激痛に足元を見遣る。一瞬見えた長細い硬質な何かは足の甲を貫き、地面に縫い付けるように深々と刺さっていた。


「ぁ、アルマン?!どうした…?!」


 満身創痍。肩で息をするセスが異常を察し、片膝を付きながらもアルマンの名を叫ぶ。巻き上がった土煙が少しずつ薄れると──そこには、四足歩行をするの何かがいた。

 ほっそりと伸びる錆び色の細い手足。関節と思われる部位は不規則に、非対称に曲がりくねっている。その何かの前足と思わしき部位がアルマンの足を貫いていた。


 ──見たことのない異形に、皆が言葉を失う。


 その身体は岩石で出来ているようだが、相対してきたゴーレムと異なり艶やかに伸びるその細い手足は昆虫めいたな何かを感じる。

 顔はより人間に近い印象を受けるが上半分が欠け、口に当たる部分には丸く切り取られただけの口のような何かがついている。

 そして何より──背中からは臍の緒の様な歪な何かが伸び、その先には一際大きな手の様なモノが生えていた。指先は鋭く、赤黒い魔術回路の様な紋様が禍々しく脈打っている。


「…アルマン、逃げろ!」


 ──我に返ったティルが声を上げるとほぼ同時。その見たことの無い脅威は後脚を折り畳む様に、力を込める仕草を始める。


「…く、そっ…」


 足を貫かれた痛苦に加え、身体強化の副効果で損傷を負った身体はまともに動かない。手足は震え体勢が崩れてしまい、上手く防御姿勢を取ることが叶わなかった。


 ──間もなく、音も無く。後脚に溜められた力が弾けた。背中から生えている鋭い脅威が掬い上げる様にアルマンに向けられる。


 瞬間。悲鳴を発する猶予すら無く。アルマンの頭が爆ぜた。

 粘着質な水音と、砕けた骨が転がる硬い音と。装着していた装備の破片を地面に撒き散らす。

 顎部は消失し、耳から首筋まで裂ける様に力任せに急所を千切り取られた彼は一目見て絶命したと理解出来てしまった。


 最後まで攻撃を防ごうと力なく握り締めていた槌に刻まれた紋様が、見る見る内に明るさを失っていく。支える物が無くなったソレは彼の手を離れ、自重と血でぬるりと滑り地面に転がり落ちる。

 水底にいるのかと錯覚する程に、彼だったモノがゆっくりと崩れ落ちていく。身に着けた装備が地面に触れる音が静かに響いた瞬間──皆が自我を取り戻した。


「走れぇ!!」


 同時に、セスの怒号が響いた。

 真っ白な頭のまま声に背を押され走り出す。もつれそうになる脚をとにかく動かし、脅威から距離を取ろうと全員が必死だった。


 不意に。

 ぐちゃりという粘着質な音が後ろから追いついて来た。

 一定の間隔で耳に届く異音はその度に微細に音を変える。不快感を伴うその音に、セスがちらと振り返る。


 異形の何かは繰り返し、繰り返し。

 一切力を緩める事無く、妥協をすることも無く。ただただ一定の間隔でアルマンの遺体を背から生える手らしき部位を振り下ろしていた。


 後脚を畳み、振り下ろす。再び後脚を畳み、振り下ろす──

 ただただ淡々と命じられた仕事をこなし続ける機械的な所作で、人の形も防具の形も捻じ曲げられたモノの塊が作り上げられていた。


 ひとしきり潰し終わり、とそれでようやく仕事が完了したと判断したのだろう。こちらに罅割れた顔らしきモノが向けられる。

 四速歩行のソレが細長い手足を蜘蛛の様に動作させ、カツンカツンと響かせて走り寄るその姿には嫌悪感を感じさせる言い様の無い圧力があった。


「…くそっ、早く行け!」


 身体強化の副効果と元より重装備で早くは動けないセスが立ち止まり殿を務めようとする。

 異形は走り寄る勢いをそのままに体を回転させ、背中の鞭を振り回し赤黒い手をセスの盾に叩き付けた。瞬間、ガギンと火花を立てながら強烈な音を周囲に響かせる。


「っぐ…ぁ…」


 なんとか受け止められたものの、勢いのあまりセスの身体がぐらりと揺らぐ。そのまま再度、盾に思い切り体当たりをすると大盾からちらりとセスの半身が覗く。

 その隙を見逃すまいと。歪みのある脚を縮め回転する様に身体を捻り、セスに再び赤黒い手が振り回される──


 このままでは──

 自身が、皆が生き残る確率を少しでも上げる為には。


「セスさん!」


 身体が先に動いていた。

 セスの鎧、首根っこの部分に手を伸ばし指を掛けると、地面に鉄塊を突き立て重心にするようにして力任せに引き寄せる。

 彼と異形の間に割って入った瞬間──横凪ぎに岩石の鞭が炸裂し二人の身体が吹き飛んだ。何かが割れた様な、砕ける様な軽い破裂音がやけにゆっくりと響く。


「マ、ギアさん…?!」


 一寸。世界が暗転する。

 なんとか動作は可能な様だ。視界も徐々に明るさを取り戻し始め、自身を呼ぶ声も認識出来ている。


「動いて!二人とも急いで!」


 声を上げるのと同時に、ウィルマの詠唱杖から放たれた炎雷の魔術(フレイムボルト)が炸裂する。直撃したかは分からないが、再び巻き上がる土煙は視界を奪う。


「おい、こっちだ!急いで下がれ!」


 ティルの声がする方向にとにかく脚を運ぶ。だいぶ挙動がおかしいが、なんとか動く。

 彼が青い顔をしながら手を振るそこは、道中通り過ぎていた人形部屋だった。引っ張り込まれるようにして体を捻じ込むと、力任せに金属の扉が閉められた。


 ───

 ──


「あれは…なんなの…」


 なんとか安全を確保出来て束の間。

 顔を両手で顔を覆うようにして、ウィルマは同じ言葉を小さく呟き続けている。

 恐らくアレも岩石の魔物(ゴーレム)であり、その奇種の部類に該当するものなのだろう。確証も、それを確かめる術も無いが。


 前触れも無く"ゴウン!!"と扉が派手な音を部屋に響かせると、全員がビクリと体を跳ねさせる。

 どうやらアレはこちらを徹底的に排除するつもりらしい。乱暴に打ち付けられる音が響き続けている。


「…どうする、どうすりゃいい」


 ティルが顔を青くしたまま、呟きながら部屋を歩き回る。

 部屋の中には2M程の高さのある卵型をした機械人形用のメンテナンスポッドが真ん中に置いてあるだけである。硝子製の蓋は開けられ、何も入っていない。黒く太いケーブルが数本外に投げ出されていた。

 放置されて長いのだろう。埃は厚い層を作り、何の役に立つのかも分からないような機材は電源すら入っていない様に見える。利用方法も分からないし、動いたとしても恐らく自分たちには活かせる知識も無い。


「……」


 自身の左腕を見る。肘の部位から皮膚装甲に罅が入り、内部機構が一部露出する程にひしゃげている。動作も確認してみるがまともに動かない。指の開閉が出来る程度であろう。

 衝突の勢いで脇腹にも損傷があるようだ。この様子だとメインフレームも歪んでいる恐れがある。


「…生き残る為には、どうにかアレを撃退するしかない」


 玉のような汗を浮かべるセスに、皆の視線が集中する。

 息の上がった彼が腹の底から呟いたソレは途方も無く無謀な提案に聞こえるがしかし、部屋に鳴り響き続ける扉を叩く音がそれしか手段が無いことを否応無く示していた。


「…つったってよぉ…何が出来る?どうすりゃアレを殺せるよ?」


 ──苛立たしげにティルが吐き捨てる。

 彼の言う通り。どうすれば撃退が叶うだろうか。アレがこの部屋に侵入する迄に、皆の体力がどれ程に回復するだろうか。戦闘行為は行えないが、私には何が出来るだろうか。

 藁にもすがる思いでバックパックを降ろし、中身を確認する。積み込んだ荷物も全て降ろし、不器用に指を引っ掛けるようにして戸棚を片っ端から開けて行く。すると、戸棚の底に仕舞われた白い紙束が目に入った。


「…破砕符か?」


 何か無いかと探していたティルの目に入ったそれは、以前レイシアから渡されていた魔具の一つだった。


 ──破砕符。

 接着した面を破砕する効力を込められた魔具。接着した面、並びに接着した物体に対して効果を発揮する、主に鉱石の採集に使用する道具として用いられる魔具だった。


「…残念だけど、あんだけ早く動く相手には貼れないぞ、ソレ」

「そうですね。そも破砕符では、効果がどれだけ及ぼせるか不明です」


 魔術耐性によって効果が大きく減衰してしまう代物であり、魔物や魔術的な要素が強い存在には効果が出にくい。そもそも魔物に使うような物では無かった。

 仮にゴーレムに貼れたとしても付着した部位周辺を砕ける"かもしれない"し、耐性次第では表面をヤスリで削り取る程度しか効果は無いだろう。これに命を賭けるにはあまりにも心許なかった。


 ──しかしながら、今の手持ちでどうにかするしかない。絶対に、生き残らなければならない。


「…見立てが正しいか、分かりませんが」


 皆の視線を集めると、白い紙束を手に私は推測を呟き始めた。

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