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「すみません、貴女がマギアさんですか?」
依頼書が張り出される掲示板の前。ギルドの片隅で佇む機械人形の背中に、声がかかる。
聞き覚えの無い声に名を呼ばれた彼女──マギアは、ゆるりと振り返る。
そこには一見して人当たりの良さそうな雰囲気を纏う青年がいた。歳は二十代半ば、身長は私と同じ位だろうか。ブロンドの髪色をした男性冒険者だが、やはり見覚えの無い人物だ。
「初めまして。私はアルマン=ダウズウエルと言います。…あそこのパーティでリーダーを務めています」
視線を辿ると、少し離れた場所で話に花を咲かせている三人の集団が見える。
その内の一人──浅黒い肌をした女性が視線に気付くと、やんわりと微笑みこちらに手を振る。確か、彼女とは以前一度迷宮に潜った覚えがある。
「実はギルド公募の依頼が出ているんですが、それを受領しようと思っていまして」
その手には、数枚綴りの依頼書があった。
一般的な依頼書と異なる、目を引くギルド公認仕様のものである。
「あそこで話をしているウィルマなのですが…以前お世話になった同行者に、実に頼りになる機械人形の女性がいたと話をしてくれたのです。ここでお会い出来たのも良い縁かと思うのですが、どうでしょう。貴女さえよろしければ、是非ご一緒しませんか?」
彼──アルマンは手にしていた依頼書をこちらにゆっくりと差し出す。
その声や所作からは強制する様な嫌な感じはしない。言葉通り、こちらの判断に任せる気でいることに偽りは無い様に思えた。
「…すみません、拝見させて頂きます」
受け取り、ひとまず依頼の内容を確認する。
──一枚目。
そこに記載されている名目は魔物の奇種調査依頼とされていた。
目標となる場所は第四階層、調査対象に指定された魔物はゴーレムとされている。
依頼料、道中獲得した収集品の処理に関する裁量と続き、一番下の特記事項の欄に目が留まる。
まず第一に、"この依頼は調査依頼であり戦闘行為を推奨するものでは無い"という事。必要とされる情報を収集し、定められた期間内に報告する事が最重要とされると念が押されている。
そして今回は一部特定のパーティのみが依頼を受諾できる、という訳では無いらしい。
急を要する為、同じ要旨で幾つかのパーティを募り参加者全員で対象区域迄向かった後に、調査を行うのだ。相応の人数が要求される中階層が対象ではあるものの、そうすることで少人数規模のパーティからも申請を可能とする、とされていた。アルマンのパーティの申請が通るのも納得である。
紙をめくり、二枚目に移る。
そこには今回の調査依頼発令に至るまでの仔細な顛末が記載されていた。
近頃、迷宮内でいくつかの異常が確認されるようになっている。
掌大に肥大し他の実と癒着してしまったクラニアの果実。双頭の洞穴鼠の死骸。喉に当たる部位に洞が開いており、回路が欠損し一切の発声が出来ない叫声する樹児──
迷宮内部の生物が上記の様な異常な挙動、姿を形取る事例は定期的に確認されており、冒険者はその様な個体を総じて"奇種"と呼称していた。
それらは余程不安定な存在なのか、生命としての機能すら遺失している場合もあるのだが、稀に強大な力を保有する固体が発生する事例も確認されている。
魔物の奇種が発生する原因は湧出するマナの不安定化が原因ではないか、と推測されてはいるが詳細は一切不明。しかしながら体外に排出されるマナの消費量が多いのか、それらは大抵一ヶ月もすれば自然消失し、迷宮内の環境は元に戻ってしまうのだ。
その為、奇種の発生が確認された該当区画への立ち入りが一切禁止され、隔離を徹底する対策が講じられる。個体数や挙動次第では階層そのもの、果ては迷宮自体の封鎖対応がされることとなっていた。
──そして。
起因となったのは、先日第二階層で確認された巨大なファイアウィスプであった。
七階層発見に伴い侵入していた冒険者、申請された依頼共に数が多く、危険性を考慮したギルドは討伐依頼を発令。数名の犠牲者を出しつつ辛くも殲滅、終了となった。
ギルドは対象の規模、異常な挙動からウィスプ種における奇種であったと認定したのだが、犠牲者を伴ったその一件が引き金となり、封鎖対応を考慮する必要が出てきたのだった。
今回の依頼はまさに信頼出来る情報を取得する為であり、つまりこの依頼の結果次第でこの街にいる冒険者達の行動が左右されるのだ。
尚四階層の調査対象がゴーレムとされているのは、過去の報告事例からである。
「…以前は、大小様々なゴーレムが発生したらしいです。小さい物だと、膝下くらいのもの。大きい物だと、通路に収まりきらないばかりか壁にめり込んで動けないほどだったらしいです」
二枚目に目を通したのを見計らい、アルマンは苦笑しつつ過去の事例を口にする。他にも四肢に欠損があったりと、様々だったらしい。
「どうされますか?勿論、無理にお誘いする訳にはいきませんので…」
──少々、思案する。
戦闘を行えない民生型の自分が円満に中階層に同行出来て、且つ収集品が得られる機会は決して多くは無い。先方からの申し出というのであれば、この上なくありがたい事である。
主とされるのはあくまでも調査であり、近辺の一党と連絡を取り合える様に円盤石が貸し出される為情報共有も行い易い環境が準備される。
また万が一に奇種が発生していたとすれば、当分は四階層で入手出来る収集品は確保が難しくなるだろう。迷宮に関する物を取り扱う自分にとって、間違いなく影響が及ぶ問題である。
──それに。四階層は自身の製造されたとされる階層の一つ上。未踏区域を探索出来る訳ではない為望み薄ではあるが、運が良ければ何かしら機械人形に関する有用な発見もあるかもしれない。
断る理由は、無いように思えた。
目の前で返答を待つ青年に依頼書をゆっくりと手渡すと、視線が絡んだ。
「…それでは、パーティ皆様のご厚意に甘えさせていただきます。ご迷惑をおかけいたしますが、是非よろしくお願い致します」
「良かった。こちらこそ、是非よろしくお願いします!」
喜色一面。顔を綻ばせ眩しく笑いながら、アルマンは手を差し出す。
──この人は、恐らく。本当にいい人なのだろうな。
そう思いつつ、私は彼の手を握り返した。




