1-2
依頼を受諾したその後。
一通りの準備を済ませたクロアが広場へ走り出す頃には、街には隅々まで軽快な朝の光が行き渡っていた。周囲を取り巻く空気が賑やかになっていくのを肌で感じながら、まっしぐらに駆けて行く。
街の中央部。迷宮前の広場まではそう距離は無い。
滑り込む様に到着すると、弾む呼吸を整える。広場にはいくつかのパーティーが見て取れたが、まだ人は少ない様子だった。
「…ふぅ。えぇと、まずは」
どこかに居るらしい依頼主"マギア"を探すため広場を見て回る。話だと、碧色の髪の"特徴的な腕"をしている機械人形の女性なはずである。
きょろきょろと視線を彷徨わせたその先。広場の中央から少し外れた所に背筋を伸ばし佇む、一人の女性が目に留まった。
腰程まである大きめのポンチョの様な防塵防滴用の探索用外套を羽織った女性。襟で口元が隠れており、凛とした瞳が覗いている。朝陽に照らされた碧色の髪がさわさわと風で踊る度、きらきらと煌めいている。
──間を置かずして。
目線は、話に聞いていた"右腕"と背のバックパックに自然と吸い寄せられる。どちらも共に風変わりと言う単語がこの上なく適当に思えた。
右腕は白い布帯でぐるぐる巻き。「丸太が右腕部分に付いている」と言っても差し支えない程だった。肘の辺りにあるはずの関節の様な部位も見受けられないそれは、腕というより"円筒形の何か"が無理矢理に装着されている印象を受ける。
彼女の背にしているバックパックも巨大であった。
木製の、四角く飾り気の無い箱の様な形をしたソレは、小柄な人間一人程度ならすっぽりと収納出来てしまうほどの大きさがあった。各部の金具には採集道具が取り付けられており、実用性を重視した無骨な雰囲気があった。
何より彼女は、武具の類を装着しているように見て取れない。
迷宮に潜るのならば大抵は武器や防具の類を装備するのが常識だろう。しかしながら、彼女の外套の下にそのような得物の類は一切顔を覗かせていなかった。
「あの人だよなぁ…多分」
この風貌は確かに一度見れば忘れない。もう一度辺りを見回すが、事前に話を聞いていた程に特徴的な女性は他にいない。
──少しだけ遠巻きに様子を伺ってみる。
空をじっと見詰めていた。瞬きも身じろぎもせず、雲一つ無い青い空にまるで釘付けにされた様に。
何をしているのだろうか。正直ちょっと声をかけにくい…が、ずっとこうしていても仕方ない。意を決して話しかける。
「あの…すみません」
冴え冴えとした瞳が、緩やかにこちらに向けられる。
「貴女がマギアさん、ですか?初めまして、今回依頼を受けたクロアと言います」
じっと見据えられ、鼓動が少し早くなる。
挨拶の口上を頭の中で用意しておいて正解だったかもしれない。
「え、えっと…ご依頼を完遂出来る様、精一杯頑張ります!よろしくお願いします…!」
勢い良く頭を下げる。
自分には特別な戦闘の才は無い。凡庸な初級冒険者の一人である事は百も承知している。初めての依頼という事もあり、正直不安な気持ちもある。それでも、とにかく精一杯頑張るしかない。
握り込んだ手に力が篭る。
「クロア様。本日はどうぞよろしくお願い致します」
勢いよく下げた頭に、抑揚の無い平板な声が投げかけられる。
こちらの緊張とは裏腹に、目の前の彼女はゆったりと挨拶を返すと眉一つ動かさずお辞儀をした。互いが顔を上げると、再度視線が絡む。
──そういえば、出発する前に。気になっていた事があった。
「あの…受付の方が確認されていたとは思うんですが…。僕、今回が依頼を受けるのが初めてなんです。回収作業、っていうのも分からないんですが…ご迷惑おかけしないでしょうか」
「はい、彼女から伺っております。やる事はシンプルですので、問題は無いと思われます」
"簡単なお使い"をするかの様なあっさりとした反応。
先程からの依頼主の対応と返答の内容に、若干肩透かしを食らった様な気持ちになっていた。
「他に何か不明点があれば、都度お聞き下さい。道すがらにご説明致します。…それでは、早速参りましょうか」
彼女はゆったりと身を翻すと、一足先に歩き出した。
──口元が隠れていて表情が読めないからか、そもそもが機械人形とはこういうものなのか。終始返ってくる平坦な対応に、昂ぶっていた緊張が少し緩む様だった。
遅れない様、小走りで後ろについて行こうとしたその時。彼女が立ち止まり、くるりと振り返ると僕に瞳を向けた。
「申し訳ございません、大事なことをお伝え忘れておりました。私は戦闘行為が一切行えません。…ですので、必要外の戦闘は全て回避する様に参りましょう」
一言。最後に物凄く大事な事をさらりと付け加えられた気がする。
戻ってきた緊張で、恐らく僕は顔が引きつっていたと思う。