2-9
「私はこのまま、ギルドへ報告に向かいます」
迷宮から見えた空は、既に茜色に鮮やかに染まっていた。
予定よりも遅くなった為か、地表に付いた頃には薄い夕闇の中で屋台や露店の灯りが淡く街を浮かび上がらせていた。
マギアはバックパックを背負い直し、肩紐をぎゅっと握り込む。
「このような格好で三人でギルドへ押しかけると迷惑になるかもしれません。お疲れでしょうし、お二人は今日はお先にお帰り下さい」
「いやいや、さすがにそれは悪いです」
「…まぁでも、確かにあたしたち足元ドロッドロだよね…」
──改めて自身の格好を見返すと、ロルフは顔をしかめた。
探索中は洞穴鼠の糞尿で汚れた場所で交戦を繰り返し、ウィスプの発生する水辺を歩き回った。帰路にはアクシデントがあった為、装備の洗浄や交換は後回しにとにかくペースを速めていたのだ。その結果は言うまでもない。
事前の打ち合わせで防汚外套など衛生に気をつけてはいたのが、恐らく相応に汚れている筈だ。
「多分フロアを汚しちゃうだろうから…申し訳ないけれど、報告はマギアさん一人に任せよう?で、あたしたちはそれが終わるまでギルドの外で待つようにしよ?」
「いえ、お時間がかかるかもしれませんし、あまりお待たせしてしまうと悪いですので…」
最後の仕事を任せきりにしちゃうのは悪いから、と先に歩き出したヴィルジニアに押し切られるようにして、結局三人でギルドへ向かうこととなった。
想定より遅くなってしまったこともあり流石に空腹だっただろう。途中、彼女は満面に喜色を湛えながら繰り返し屋台を覗き込んでいた。その甲斐もあって、この後の今夜のメニューは早々に決まった様だった。
───
──
「それじゃ、あたしたちここで待ってますね」
「すみません、よろしくお願いします」
夕闇に浮かび上がるギルドの前に着くと、"お任せ下さい"と一言残しマギアは中へ消えていった。
「…ねぇロルフ、大丈夫?」
入り口から少し外れた街灯の下。人通りから離れた場所。
壁面にもたれかかり、自身の作った影に視線を落としながら。静かに切り出した。
「大丈夫だよ」
同じく視線を落とした彼から気のない答えが返ってくる。
「…あんたが魔物に固執してるのは分かるよ。分かるけどさ…落ち着いてやってこ?」
「…別に姉さんが分かる必要は無いよ」
「またそういう」
ヴィルジニアが力なく弟を小突く。街の喧騒が随分遠くに聞こえる。
「あたしたちの実力って、まだまだなんだよ?」
「…分かってる」
忌々しそうな、僅かに苛立ちの混じった言葉が返ってくる。
「…だけどさ、目の前で起きたものくらいはさ。出来るだけ殺したいじゃないか。俺たちが見逃した魔物が原因で、俺たちみたいな思いをする子が増えるのは嫌なんだよ」
どうにもロルフが焦っている様に感じて仕方なかった。
彼の言い分は分かる。私だって魔物は憎い、今にだって夢に見る。それでも、きっとそれだけではいけない筈で──どうすれば、弟に言葉が届くのか。必死に考える。
「…そう思うのも分かるよ。でも無駄死にだって出来ないよ。…一つ一つ、やれる事をやってくしかないよ」
相手に言っているのか、自分に対して言っているのか。どちらともつかないなと内心苦笑する。
溜息、一つ。二人の間に、海の底のような重く静かな間が横たわる。
「…自分の背伸びに、周りを巻き込んで迷惑かけちゃいけない。だっけか」
腕を組み直し、ロルフが搾り出すように答える。
「…ちゃんと覚えてんじゃん」
わざとらしくにっと笑うと、大袈裟に弟の肩を叩く。
「大丈夫。大丈夫だよ。あたしは、ずっと一緒だから」
そう言ったきり。二人は眩しそうに遠くに見える灯りを見詰めていた。
───
──
何度目かの扉の開閉音。
少し離れた所からでも目立つ格好の機械人形がこちらを認識すると、真っ直ぐに向かってくる。
「すみません、大変お待たせいたしました」
マギアは深く頭を下げた。
「いえいえー、こちらこそお任せしちゃってごめんなさい…ありがとうございます!」
ヴィルジニアが笑顔で近寄り、ロルフも姉から少し遅れて礼を述べる。
「ギルドへ依頼の完了報告も併せて行っております。残りは依頼報酬の受け渡しと、今回の清算取引のみですが…流石に遅くなってしまいますので、今日はこのまま解散に致しましょう」
「あぁ…うん、賛成!お腹減っちゃったし流石にちょっと疲れちゃった」
「今回は姉さんに同意かな…明日、お店に伺えばいいですか?」
明日の段取りを軽く話すと、そのままギルドの前で二人と別れる。マギアは喧騒の中を滑るように自身の店へ真っ直ぐと歩を進めた。
──程なくして見慣れた店舗が視界に入るのだが、店内に灯りが点いているのが見て取れた。
恐らくレイシアがいるのだろう。扉の前に立つと、取っ手を握る左手に力を込める。
「…ただいま戻りました」
静かに扉を引くと同時に、控えめな鈴の音と柔らかい灯りが外に漏れ出てくる。
「おぉ、ようやく戻っ…おい、お前なんでそんな汚れとるんだ…誰が洗浄すると思っとるんだ?」
出迎えた少女、レイシアは入店してきた機械人形の身なりを目にするなり呆れ顔で文句を口にする。…彼女の提案で炎の欠片を採集してきて帰ってきたばかりなのに、随分な歓迎のされ方かもしれない。
「はぁ…とりあえず諸々後回しだ、さっさと服脱いで風呂場へ行け!お前の洗浄から済ませるぞ!」
──後ろ手に扉を閉める。
通りに僅かに漏れ出ていた賑やかな声は徐々に小さくなり、外には再び夜の静けさが戻っていた。




