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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
2章
16/138

2-7

 視界を覆う程の炎の天蓋は、まるで意思を持つかのように、波のようにうねりながら大気を燃やしている。零れ落ちる炎の雨は途切れる事無く降り注ぎ、既に事切れている無数の魔物の死骸を焼き続けていた。


「なんだ、これ…」


 ──これを、ファイアウィスプと称して良いのだろうか。

 炎は形を変え、天蓋のから蔦のように伸びては宙を揺らめく。ただ漂うだけでなく積極的に獲物を探し求める異形の捕食者めいた動きに、ロルフは言葉を失っている様子だった。


「…ね、ねぇ。ちょっと引こう?なんかあれ、こっちに反応してない?」


 ゆらゆらと揺らめく焔の蔦がこちらに靡いて見えたのは、恐らく気のせいではない。周囲に存在する燃料(マナ)を少しでも取り込もうとしているのだろう。怯えるヴィルジニアの声を切欠に、三人は通路に引き返した。


「…あそこまで大きな個体は初めて見ます」


 ──何か打つ手はあるのだろうか。

 姉弟の視線が、顎に手を当てて考え込む一人の機械人形に集中する。今迄度々迷宮に関することを教わってきた二人、自然と彼女に期待してしまう。


「…すみません、いくつか試したい事が。通路からで結構ですので、全て適当に広間の中に投げ入れてくださいますか」


 バックパックを降ろし、前に立つ彼に小瓶を数個手渡す。

 ロルフが頷き、立て続けに投擲を行うと瓶が弧を描く。床に衝突すると同時に小さな破砕音が響き、這う様にしながら白い粉はどんどんと充満していく──が、炎の勢いは衰える気配は無い。


「なるほど…では、もう一度。こちらから届く場所で構いません。今度は天井部分に当てる事は可能ですか?」

「天井…狩る場合と同じ様に、ですね?」


 ──もう一度、いくつかの小瓶を手渡す。

 みっちりと小瓶が整列していた引き戸の中身は、随分がらんとしたように見える。


 ロルフは姿勢を低くしたままじりじりと距離を詰めると、なんとかアンダースローで小瓶を投げ入れた。ゆるりとした軌道で天井部分に炸裂すると見慣れた白い霧が降りてくるのだが、やはり目の前のソレに変化は無いように見える。


「…どうにか、なりそう?」


 後方に退避して動かないヴィルジニアが、杖を両手で硬く握り込みながら投げかける。


「それでは──」


 視線を集めていた機械人形はしばらく思考を巡らせた後、そう間を置かず口を開いた。


 ───

 ──


 ギィ、と扉の軋む重く低い音が響く。

 それと同時に、受付で愛想よく対応を行っている長い金髪を纏め上げた職員の女性──ヤコと一瞬眼が合ったのだが、彼女は驚いた顔で控えめに二度見してしまった。


 ──視線が交わると同時に、彼女に向け真っ直ぐに大股に歩を進める。

 フロアには人足が多かったのだが、不思議と遮るものなく一直線に向かえた。こちらに気付いた冒険者達が道を譲るように避けていったのは気のせいではないのかもしれない。


 歳若い冒険者と言葉を交わし書類をいくつか渡したところで、丁度対応が終わったのだろう。ヤコの前が空く。


「あらまぁ…お帰りなさい、ですよね?まただいぶ服汚しちゃいましたねぇ」


 苦笑しつつ自分を訪ねに来た友人を迎えると"どうかされました?"と言葉を続けて紡いだ。


「第二階層なのですが、注意を促した方が良い場所が出来ています。取り急ぎ報告に」


 それを聞くと、柔らかかったヤコの表情がすっと引き締まる。カウンター内に置いていた書類と地図を広げると、目の前の薄汚れた格好の機械人形に向き直る。


「特記事項、注意喚起の報告ですね。分かりました、すぐに伺います」


 目の前に広げられた地図を眺めると、機械人形は第二階層から西南側にある少し大きめの空間を左手で指し示した。


 過去に例を見ない程の規模のファイアウィスプが発生しており、広間一つとそこに繋がる経路が通行困難となっていること。

 通例として用いられている"赤蝕石の粉末"では効果が確認出来なかったこと。

 通常では見られない触手の様な器官が形成され、且つ周囲のマナに過敏に反応を示している為、徒に刺激すると今よりも規模が大きくなってしまう恐れがあること──


 必要な情報を聞き出しつつ書き出すと、報告内容を反芻し確認する。


「…成程、分かりました。……一階層の階層経路と繋がる通路ですよねぇ…あまり芳しくありませんね。うん、以降依頼を受領される方、現在円盤石で連絡が取れる方にも急ぎ共有しましょう」


 カウンター下に収納してある踏み台を手に受付から出てくると、ヤコは足早に掲示板に走り寄る。その手には他の依頼書よりも一際目を引く用紙が握られていた。

 一回りサイズが大きく、赤い色で二重に縁取られ地図も併記されたソレは。ギルドが共有する注意喚起の勧告書であった。


 作業を終えると、ヤコは大きく息を吐きながらこちらに戻ってくる。


「はぁ…報告、ありがとうございます。…今はまだ大きな声では言えませんが、最近あまり良くない話がちらほら出てきています。ともすると"奇種"発生の周期なのかもしれません」

「…そう、なのですね」


 ──並んだ職員の隣には、鉄塊を右手に装着した機械人形の姿があった。


「改めて、報告ありがとうございます。いつも以上にお気を付けて下さいね?マギアさん」

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