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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
2章
15/138

2-6

 周囲に気を配りつつ進行を続けると、心細く伸びる薄闇の先に弱々しい淡光が微かに姿を現す。どうやら先に広がる空間から光が漏れ出ている様子だった。

 一同が短く視線を交わすと、光に向け誘われる様に歩を進めていく。徐々に距離は詰まっていくが、異臭も異音もしないのがより警戒を引き立たせた。


 ──覗き込むようにしつつ、壁伝いに注意深く中を覗き込む。

 小部屋の右側。低い植生の奥には、月気の様な仄光を湛える地底湖が存在していた。そしてその周囲の中空には、揺れる様に浮遊する火の玉のような何かが幾つか漂っていた。


「湖が光ってる?!」


 ヴィルジニアが眼を輝かせる。面白そうな物を発見した時に見せる、いつもの喜色に溢れた顔をしていた。


「あれは…湖底に水脈石が存在するからですね」


 二人の視線がバックパックの横に取り付けられた水袋に移る。この中にも水脈石の欠片がいくつか入っていた。


「あんな所にあるんだ…知らなかった」

「表層の様なマナ濃度の低い場所ではあまり見られませんね。一定のマナ濃度と水中が保たれる環境化のみで形成される鉱石です」


 砕いたり強い衝撃を与えると、圧縮し蓄えていた水を放出する特性がある。

 嵩張らず水を携行出来る為とにかく冒険には重宝する鉱石であり、この街の冒険者にとっては馴染み深い収集品であった。


二階層(ここ)はまだそこまでマナ濃度は高くはありませんが、地底湖が多いので微小な物が時折見られますね」


 そう説明を済ませると、続けて中空を浮遊する青紫色の炎の塊を指刺す。


「そして、あれが今回の目標となる"ファイアウィスプ"です」


 ──大きさは人の頭程度だろうか。

 横に幅広くなったり、収縮したりと常に不安定に揺れ動くソレは、ふわりふわりとその場で音も無く漂うばかりである。


「勿論、私やロルフさんも危険ですが…特にニキアさん?貴女はアレからは出来るだけ離れてください」

「え、あたし近付いちゃダメなの?」


 今にも飛び出さんばかりにその眼を好奇心で一杯にしていた彼女に釘を刺す。

 鼠と薄闇ばかりの景色からようやく開放された上、興味を刺激するよく分からない何かが目の前にあるのだ。ば当然の反応だろう。


「アレは、より濃いマナに反応して寄ってきます」


 ──ファイアウィスプは、魔物(生き物)というより"現象"にほぼ近い。

 原因は不明だが、物質が燃焼しているのではなく大気中のマナが燃えているものである。あの炎も、在り方が変化した事でマナが可視化されているだけなのだ。


「少々話が逸れますが…人体には"汗腺"の様な目には見えない回路の様な物があり、それらが体中を巡っているという事はご存知ですか?」

「…あぁ、えっと…魔術回路、の事だよね?マナはその回路を通って放出されるってヤツでしょ?」

「えぇ、それです」


 静かにバックパックを降ろすと、一つの引き出しを開ける。その中には掌に納まる大きさの陶器の瓶が、ぎっしりと几帳面に整列していた。


「ファイアウィスプは燃料であるマナに反応します。ですので、マナが滞留する空間だけでなく、自然と体内のマナ貯蓄量が多い生き物にも引き寄せられるのです」


 そこから瓶を一つ取り出すと、"これを"とロルフに手渡す。


「マナの流れる量を調整することは出来ますが、人体のそこかしこに張り巡らされている魔術回路の出口を塞ぐ"蓋"は存在しません。…ですので、常に少量のマナが体外に放出され続けています」

「あぁぁ…だから特に気を付けろ、って事ね…」


 私の言いたい事を察したのであろう。彼女の顔色が僅かに変わった。


「はい。ですので…放出されているマナにウィスプの炎が着いてしまうと、魔術回路を辿る様に焼き尽くしながら全身を包み込みます。命ある限りは、生命エネルギーであるマナは微量ながら生成され続けますので…生成が止むまで体の内側が焼かれ続けます」


 ──二人の顔がみるみる曇り引きつっていく。

 特にこの中で一番マナの貯蓄量が多く、同時に流れ出す量が多いヴィルジニアにファイアウィスプは反応することは容易に想像出来た。

 ファイアウィスプ(マナを焼くもの)とも言われるソレは、魔術を扱うヴィルジニアと相性が悪過ぎたのだ。


「端的に言えば、触れると十中八九死にます」

「うん、分かった。言い直さなくても良いから…あたし絶っ対近付かないからね?!」


 ヴィルジニアはロルフの後ろにしっかりと隠れてしまった。


「いやいや、触れれば死ぬのは俺も同じなんだけど…それで、マギアさん。どうすれば良いんですか?」

「それを、ウィスプの上の天上部に当てるように投げてください」


 彼の手には、先程渡された小さな陶器の瓶だけが存在している。

 何が入っているのか分からないが──一つ頷くと、ロルフは瓶を高く放り投げた。パキン、という小気味良い音と共に、白い粉末状の何かが降り注ぐ。その中に入っていた何かはみるみる内に煙幕の様に広がると、ファイアウィスプを包み込んだ。


「対処自体は簡単です。ファイアウィスプの周囲に存在する燃料(マナ)を遮断すれば良いのです」


 説明をしている間にも炎は収縮し──あっという間に消滅してしまった。

 今の今まで炎の玉が浮いていたその下に、金属の様な硬い音を立てて小さな結晶体が転がり落ちる。


「…終わり、ました?」

「はい、もう入室して大丈夫ですよ」


 その言葉を聞き届けると、慎重にロルフは近寄りおずおず手を伸ばす。

 …確かに熱さは感じない。手の上でコロコロと転がる程度の大きさの、八面体の結晶。先程の炎の玉と同じ青紫色をしたそれが、ファイアウィスプが落とした物だとは容易に想像出来た。


「それが、炎の欠片です。まずは一つ。獲得おめでとうございます」


 ようやく目的の収集品を入手出来た。まだたった一つではあるものの、進展したことには変わりない。ホッと安堵のため息をつく。


「ふふ、やったねぇ。あたしは何もしてないんだけど」

「いやホントに。…まぁでも、これは確かに危ないから姉さんは近寄らない方が良いね」


 姉弟が悪戯っぽい顔をしながら言葉を交わす。僅かばかりでも心に余裕が出来たのであれば良い事だ。


「…さぁ、準備を整えたら次の地底湖を目指しましょうか」


 未だ不明な点が多いファイアウィスプだが、特徴の一つとして水辺の周辺に発生しやすいというものがあった。探索の目標となる場所はハッキリしている。

 協力して貰いつつバックパックを背負い直すと、穏やかな雰囲気を感じながら仄明るい小部屋を後にした。


 ───

 ──


 炎の欠片を採集し始めて数時間。

 いくつかの湖を経て、15cm程度の採集瓶の半分近くまで埋まった辺りだろうか。


「…倒すだけなら割と簡単な部類じゃない?距離を気を付けて、近付いちゃダメってだけで」


 手持ち無沙汰になっているヴィルジニアが、結晶体の入った瓶を下からじっと覗き込みつつ呟いた。道中に遭遇する鼠の対処は可能だが、ウィスプと対峙している間はやることが無くなってしまう。


「油断は出来ないけれど、まぁ、確かに。武器も使わないからそう疲れないからね。…そういえば、マギアさん。あの小瓶って、何が入ってるんですか?」


 目の前に転がり落ちた炎の欠片を拾い上げながら、ロルフが尋ねる。


「中身は赤触石の粉末です」

「んぅ?…あれ?でもあの触媒って白い色じゃなかったような…瓶の中に入ってる粉って、白い色してない?」


 弟から追加の炎の欠片を受け取ると、ヴィルジニアが問いかける。


「そのものを粉末状にするのではなく、製薬の際に触媒として使用した物なのです。反作用で破砕したものを用います。内包するマナが抜け切っているので、色が変わってしまうのです」


 蓄えたマナが抜け切った触媒は、周囲のマナを再度吸着し内側に内包しようとする。

 その為、粉末状になったそれを撒けば漂うマナを吸い尽くしてしまう。燃えるという事象は同一である為、一時的に酸素濃度が著しく下がると火が消える窒息消化法と言われるものと同様の事をしているのだ。


「へぇ…使う道具も安上がりだし、割りの良い稼ぎになるのかも」

「姉さんにとっては鼠もウィスプも致命的じゃないの?」

「ぐぅ…一階層ならあたしも手伝えること多いんだけどなぁ。まぁ事足りるなら、今迄通り上でこつこつやってこ?」

「それじゃ貧乏暇無しだって…」


 ──会話を交えながら収集を続けるその様は、一階層で見たものと同じものを感じる。

 慎重に、対峙する物の危険性を忘れないようにすれば、この二人ならこの階層でも狩りを行えるだろう。

 しかしながら、そろそろ良い頃合である。炎の欠片も半日程でこれだけ収集できれば十分だろう。


「…それでは、そろそろ時間になります。帰還しましょうか」

「ぁ、了解です。それじゃあ、入り口に向かいましょう」


 松明を掲げるとロルフは幾分余裕のある顔で先頭を進む。ようやく鼠だらけの狭い空間から抜け出せる、とヴィルジニアも安堵しその後に続いたのだが──しかし、その道中は何かがおかしかった。

 あれだけ道中で遭遇した洞穴鼠が、全く姿を現さない。


「……」


 厄介な魔物と遭遇しないに越したことは無い。ないのだが、言い表せない小さな不安が引っかかる。


 ──階層経路までの最短通路の最中。

 部屋同士を繋ぐ、緩やかなカーブを描く一本道。岩肌に囲まれ逃げ場の無い細道のその先に姿を現す異様さに、皆が自然と足を止めた。


 広間の手前、入り口に当たる部分が眼が痛むほど明るく照らされ浮き上がっていた。

 水脈石の光とは全く違う。ただただ力強く暴き立てるようなその青白い光は、この迷宮の中で明らかに異質だった。

 この通路の先は真昼の地表に繋がっているかの様に、煌々とした光が溢れ出ているのだ。


「何かおかしいです。十分に気を付けて下さい」

「…はい、分かってます」


 平板な声で静かに囁くと、ロルフに先んじていくつかの小瓶を渡す。皆がじりじりと慎重に歩を進めると、先頭を歩く彼が岩壁から恐る恐る顔を出すと──


 地を叩く豪雨の様に降り注ぐ炎に包まれ、奇妙な姿のまま転がる無数の洞穴鼠の遺骸と。

 広間の天井一面を多い尽くす、青白く燃え盛る炎の天蓋が広がっていた。

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