13-8
──あぁ、そうなのか。
機械人形であるリズと私には、過去に接点があったこと。そして私を起動したのはリズであったこと。それを知った時、不思議と驚きはしなかった。ただただ、ストンと腑に落ちるように納得している自分がいた。
一時の気の迷いなのか、何かしらの理由があったのかは分からない。
ただ"想定外の土産"と記述があったことから、当初の予定に無かっただろうことだけは間違いない。
更に言えば、予定外であるならば私を改めて売買することも可能だっただろうに、彼女は私を身請けした後に転居を思案している。
であれば、彼女と私の関係性は恐らくまだしばらく続いたものと推測される。その様子も残りの頁に記載されている可能性は高い。
いつもの場所、いつも通りの夜明け頃。そろそろ戻らなければならない時間だ。
本を閉じたまま小口の部分に指を這わせる。ずっと探していた私の過去。その一部がきっとここにある。たった数センチの紙の重なりに、それがあるのかもしれない。
「…よし」
重い右腕を引っ張るように、僅かに勢いをつけて立ち上がる。また今夜ここに戻ってこなくては。知りたいと願っていたソレに、一歩でも近付く事が出来るかもしれない。
腰を下ろしていた椅子を整え、入口へ向け一歩を踏み出そうとして──唐突に。考えないようにしていたものが胸の中で小さく頭を擡げた。
"事が出来すぎていないか?"
そもそも何故私はこの家に興味を持った?誰にも成しえなかった解錠を、私が触れた瞬間に出来た、ように見えたのは気のせいか?"偶々"訪れた場所に、機械人形にしか認識できない条件が施された本が"偶々"隠されていた?其れに私の過去が記録されていたのも偶然?
私と関係があったであろう者が管理していたベースに、本当に"偶然"辿り着けた?
私に用いられている部品、とりわけ生体部品については破損していなかった為に、今も元のまま使用されている。そういったモノが無意識に保存している記憶情報が何らかの影響を及ぼしているのではないか。以前、レイシアに恣意的だと窘められた内容だ。
確かにそうだ。自分に都合が良すぎる。
だけれど、もしも。もしも、この場所がそうだと分かっていて──
小さく頭を振る。このままでは思考があらぬ方向に飛んでいきそうだった。もう夜が明けるのだ、とにかく今は戻らないと時間がない。
もう一度。意を決し一歩、二歩と脚を動かすと、扉に手をかけた。
きぃ、と小さい軋む音と同時に、ゆるりと肩越しに振り返る。言うまでもない、そこには見慣れた薄い色の空間が広がっているだけだ。しかし、何故だろう。ざらつくような、うまく噛み合わないような。何とも言い難い僅かな違和を感じて胸の辺りを指で撫ぜる。
何もおかしくない。このまま進めばいいだけだ。どこも異変はないのに。
目を離している隙に消えてしまいそうで、でも確実にそこにある。靄のような不確かな何かを胸に抱きながら私はそこを後にした。