13-リズの記録/記憶-6
息をするように、歩くように、反射的に剣を薙ぐ。
命を割く鈍い感触が指先に、掌に伝わる。
無意識に歩を置き、躰を捻り、腕を振るう。
肉に包まれていた熱が弾け、滴り落ちる音がする。
影を奔る魔物たちの襲撃を息一つ乱さず捌ききると、記憶の主は何度目になるかとある方角に視線を向けた。数時間前に廃屋を後にしてからずっと、心ここにあらずといった状態だった。
抜身の得物を手にしたまま足を止め振り返る。背後ではいつの間にか皆が小休止の準備を始めていたが、リズは特に彼らの輪の中に加わろうともしない。ただただ無言のままで何を考えているのかは分からないけれど、あの機械人形がいた廃屋が気がかりになっているのが目に見えて分かった。
行動食を僅かに口にする者。腰を据え、装備品の手入れをする者。情報を整理する者。──ほんのひと時ばかりの穏やかな時間。海原に漂う止まり木を見つけた小鳥の様に皆が羽を休めている。
剣に付着した体液を拭い、鞘に収めながら一寸瞼を閉じて。誰にも気づかれぬよう小さく息をつくと、険しい表情をしながら手元の紙束に視線を落とす一党のリーダーに歩み寄っていた。
「ねぇ、ちょっと提案なんだけど。あっちの方角。もう少しだけ奥を見に行ってみない?」
「……急にどうした?この先は未探索地域だ、向かう予定なんかないぞ」
「それは分かってるけど、さっきの戦闘中に何か変な音というか…マナの揺らぎがあったのが気になってるの」
口には出さないが「そんなものあったか?」と分かりやすく書いてある表情で他のメンバーと視線を合わせるが、皆も同じような表情を浮かべ頭を傾げていた。
「…リズが変な冗談言う奴じゃあないってことは分かってるけど、依頼にあった地域を哨戒するだけで良いんだ。何より、足を伸ばすにしても未探索地域は危険過ぎる」
「んー、確かにそうかもだけど…ねぇ、今回の出征にかかってる諸々の費用とか傭兵への支払い、今のままで賄えそう?」
ぐぅ、と痛いところを突かれた様子で苦い顔をする。
「やっぱり。今回道中の収集品は量も質もあんまりって感じだったしね。払えはするけど、正直このままだとほとんど赤ってとこでしょ?…哨戒の依頼料だけじゃあ、ちょっと苦しいんじゃないかなぁって思ってたんだ」
「だから、一発狙いに行こうって?…少しばかりリスクが過ぎるんじゃないか?」
「うん、それは確か。だから無理強いはしない。ただその分リターンも大きいよ?未探索地域、人の手が入ってない場所ってことだからさ。それこそ、機械人形でも見付けられればだいぶ余裕も出来るんじゃない?」
「そう都合よく見付かれば、な。……とりあえず、俺が独断で決めていいことじゃない。皆からも同意を得られれば、だ。良いな?」
どうなるか、と頭を掻きながらリーダーが皆に声を投げかける。提案に対する是と否の反応はほぼ半々、若干数反対が多かっただろうか。
ただ結局"そも何故そのような突発的な提案を退けずに皆と相談するに至ったか"といういくつかの理由を話すと、同意とまではいかずとも反対する声は小さくなっていった。
──地下から無事に戻ってこれたとしても、結局のところ成果を上げられなければ。金が無ければ、地上では生きていけない。この街ではよくある話だ。
リズは終始口を挟むことはせず、皆の様子をただ静かに見守っていた。
「リズ、次は少しだけ前に出て貰えるか?話してた方角を教えて欲しいんだ」
記憶の主はリーダーの提案を二つ返事で引き受ける。結果としては皆の安全が最優先、決して無理をしないこと。そして"気になる方角がある"と口にした当人であるリズが前に出ることを条件に未探索地域へ足を踏み入れることとなった。
周囲と歩調を合わせつつ、しかしながら少しずつ前へ、前へ。可能な限り先頭付近をキープしつつ歩を進めていく。
こうなればあとは"誰でもいい"。誰かが戻ることを提案する前に、一党の内の誰かが廃屋を視認さえしてくれれば、"とりあえずそこまでは行こう"という共通認識を持つことが出来る。あとはどれだけ早くリズにとってのゴール地点を彼らに提示出来るか、というだけだった。
迂回もせず、真っすぐに。30分程度進んだ頃だろうか。遠くに目指すべき廃屋の姿が視認できると、目に見えて皆の士気が高くなった。
周囲や屋内に危険なものはないか、何か金目になりそうなものは残されてはいないかと探索を始める皆よりも一足早く、奥の一室へと踏み入れる。
──冴え冴えとした硝子細工のような透明な瞳と、視線が絡む。
数時間振りに訪れたその場所。機械のベッドに座ったまま、少女は未だ稼働していた。