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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
13章
133/138

13-リズの記録/記憶-3

どうしたものか。想定外の土産を持ち帰ってしまった。

そこまで広くない一人部屋に他の存在がいると、流石にいくらか圧迫感を覚えてしまう。常に互いの顔が見えてしまうというのもあまり落ち着かない。

そう手がかからないことが唯一の救いか。



・出征について

 5層未開拓地区の探索を行うも下層へ至る手掛かりは得られず。全てではないが、外の人間の触れていない場所においても物的/魔術的な情報媒体の消去が徹底的に行われていることから、痕跡の消去に関しては想定通り完了している模様。現状では下降装置の運転再開を期待して待つほかない。


・機体性能について

 出力低下は想定範囲内。特別の問題なし。


・住居について

 同居する機械人形が一体追加となった為、転居について試案中。


・当該機体について

 民生用。かなりの旧来機であるが故に機能面で期待することは何もない。また目的があって購入したものではない為、処遇について検討中。


・経緯

 単身での探索中に当該機体を発見。対応について協議を行った際、自身からの提案が採択され購入に至る。なお本項については付記する記憶映像にて補完。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■

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「よっし、それじゃ以上!出立は明朝、遅れないように!」


 ──溌剌とした声で皆に呼びかける、壮年の男性冒険者。そして彼を囲むように小さな人だかりが出来ている。視界の主、リズもその中にいるようだった。

 達成感と疲労を滲ませた表情で"お疲れ様"と声を掛け合いながら三々五々に散っていく各人を余所に、視線を巡らせる。見覚えのある石造りの壁は5層の下降施設のものだろう。

 仮眠所や工房道具の置かれた簡便な鍛冶処へ向かう一党のメンバーに背を向けるように、リズは踵を返した。


「あれ、リズ?どこかに行くの?」


 数歩も歩かない内に記憶の主に声が投げかけられる。振り向くと幾人かの女性冒険者がこちらに視線を向けていた。


「うぅん、寝る前にちょっと施設内を見て回ろうと思って。私も少ししたら行くわ、ありがとう」

「んー、そう?明日も大変だから、あんまり遅くならないようにね?」

「分かってる分かってる」


 ひらひらと手を振りながら柔らかい声で受け答えると、今度こそ踵を返す。彼女はふらふらといくつかの場所に足を運んでは、穏やかに時間を費やしていく。そんなことを数度繰り返しつつ周囲の視線の確認を済ませると、静かに施設の入口へと向かっていった。


 解毒と抗毒の魔術式が刻まれた三重の扉を潜り、毒に満ちた外へと踏み出すと視界は一瞬にしてまだらな紫色に染まった。機械人形故に出来ることか、ゴーグルとマスクは首にかけたまま彼女は真っすぐに西に進んでいく。


 息一つ乱さず進み続けて数分。霧の外縁が近いのか、漂う靄は薄れ徐々に視界が明瞭さを取り戻していく。色の薄い荒地と乱立する巨大な石柱群が遠くに姿を現す頃──足元の低い植生の影から濡れたような鱗を纏う魔蛇(ハイドスネーク)がぬらりと跳び出し、瞬く間に左脚に絡みつき牙を立てた。

 成人男性の腕程の太さもあろう筋肉質な身体は瞬時に硬く絞られ、獲物に向けた殺意が"ぎちぎち"と低く擦れる音となって耳まで届いてくる。

 リズは無言のままにその様を一瞥しながら、埃を払い落とすような軽い所作で中空を撫ぜた。途端、僅かな隙間なく絡みついていた蛇は彼女の脚諸共に一閃に切断され、その身体をはらはらと散らしていく。臓物の生暖かい熱に巻き上げられた血生臭い匂いが鼻腔を刺激し、足の切断面から漏れ出た鈍色の粘液が地面に転がる肉片と、リズの膝下だったものに降り注ぎぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。

 間髪入れず、周囲に潜んでいた魔蛇の群れは好機とばかりに四方から一斉に飛び掛かった。


「懲りない子たち」


 小さなつぶやきが、ぽそりと漏れた。

 右後方、影を跳んだ勢いのままに蟀谷目がけ牙を剥く一匹を目もくれないままに掴むと、そのまま力任せに真下に向け腕を振り抜いた。ぱんっと乾いた破裂音と同時に、足元にもう一つ赤い体液が撒き散らされる。頸が折れ下半分が破裂した骸を捨てながら、リズの瞳は迫る眼前の二匹を捉えている。

 同様に影跳びを利用し飛び掛かる一匹の頭を握り込むと、足元から這い寄るもう片方に向け鞭の様に袈裟に振り下ろした。肉と肉が激しく衝突する鈍い音に交じって、"ぱきり、ぱきり"と手にした蛇の頭骨が圧壊し砕けていく小さな音が響く。

 数度の攻勢を凌ぐと、断裂し短くなった即興の鞭を打ち捨てた。まだ諦めないのか、互いの作る影を利用し滑るように這い回る一団に視線を合わせる。安易に跳びかかることを止めた一群は常にリズの右側を位置取りながら距離を詰めているように見えた。残る右脚を標的に定めたのだろう。


 彼女はこの事態をどう切り抜けるのかと思案する間にも、右脚に数匹が絡みつく。まさかと思ったが、先程一閃した時と同様にリズは躊躇なく残った脚に向け手を払った。

 蛇たちを一閃するのはいいが"右脚ごと"では転倒するほかない。想像通り、宙に視線が傾いて──直後。僅かに、ぐらりと視界が揺れる。

 右の前腕に、顔の半分が裂けた血塗れの魔蛇が牙を立てていた。リズの攻撃と合わせるように、群れの中の数匹は味方の蛇を遮蔽にし、踏み台にしながら駆け上がってきていたのだった。

 逃げ出すこともできず、魔蛇にこのまま押し切られる。そう思った──しかしながら、視界は先ほどからぴたりと静止している。両脚部を切断したにも関わらず、地面に転がることなくそのままの高さを維持していた。

 何が起こっているのかと疑問に思う間にも蛇たちは右の腕を駆け上がり、蛇の群れは既に肩口まで迫っている。目前で肉の塊が蠢き、うぞうぞと膨れ上がっていた。


「…本当に、懲りない子たち」


 もう一度だけ、抑揚のない声で小さくつぶやく。

 リズ自身の胴回りよりも膨れ上がった右の腕を水平に構えた。その細い体で支えられるとは到底思えない大きさの、グロテスクでアンバランスな肉の塊がぴたりと静止する。一度だけ"かちり"と音がした。機械的な、何かが動作する音。左の腕から、そして肉に埋もれる右の腕からも一度だけ。

 左手を右の肩口に添えつつ、同じ様に平坦な声を口にした。


「Anfang」


 言い終わると同時に、耳を劈くほどの爆発音と衝撃に身体が揺れた。

 右腕の方を見ると、肉塊は紙一枚ほどの薄さに圧縮され周囲に勢いよく血肉を撒き散らしていた。平たく厚みを失った肉と骨は不自然に中空に留まったまま、死んでもなお圧縮されながらぐるりと渦を巻き、音も立てず穴に落ちるように小さく収束していく。

 それが魔術なのか、それともリズの備え持つ機構の効果なのかは分からない。しかしながらその場には、先程まで右腕で蠢いていた魔蛇の群れの痕跡は何一つ残らなかった。

 一呼吸を置いて、先ほども見た鈍色の液体が蛇口を捻った様に肩口から噴き出す。


 左手で今度こそ身体に付着した埃を払い落としていくと、視界は徐々に下がっていく。

 そこには、乱雑に切断され喪失したはずの両の脚が存在していた。正確には傷一つなくしっかりと大地を踏みしめている左脚と、今まさに鈍色の液体が右の脚を形作っていく光景があったのだ。


 記憶を覗きながら改めて思う。これ程までの高い自己治癒能力を持つ機体など見聞きしたことがない。少なくとも、今判明している階層までの機体には。…リズは一体何者なのか?

 疑問に思う間にも損壊していた四肢はすべて修復を完了し、記憶の主は何事もなかったように再び歩き出していた。

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