13-2
ぱたん、と本を閉じる。
窓の外に目をやると、薄布の向こうからおぼろな薄明りが部屋の中に入ってきていた。
出来るだけ音を立てぬよう机の上に本を置く。蜃気楼か、それとも幻か。目を離すと途端に姿を消してしまいそうなこの本の在処を見失わぬよう、本棚ではなく決まってこの場所に置くことにしていた。
そろそろ戻り、開店の準備をせねばならない。
ツマミを回し洋燈を消すと、まだ僅かに残っていた夜の気配が部屋の中にすうっと広がる。
ゆるりと視線を上げる。天窓の向こうにはぼうっと明るい空が広がっていた。弱弱しく明滅する星々は、今にも消えてしまいそうに見える。
この場所は。この椅子の置かれている場所は、ずっと変えていない。
もしかしたら。切り取られた天井の一部から空が見えるこの場所で、同じように椅子に腰かけて。同じように顔を上げて。リズも星を眺めることがあったのだろうか?
小さく頭を振る。
帰らぬ家の主について想いを馳せていても仕方ない。今はやるべきことがあるのだ。
彼女は何故いなくなってしまったのか。彼女は私と何かしらの接点があったのか。私以外の人物が介入出来ないこの事態をいかに解消するべきか。それらが済んだ後このベースはどう扱うべきか…考えること、やることはまだまだ多い。
だけどひと先ずは。
椅子から腰を上げると、扉に向け真っすぐ足を進める。
内鍵を外しノブを持つ手に力を込めると、目の前に澄んだ朝の世界が広がる。
ちらと振り返る。言うまでもなくテーブルの上からは彼女の記録は消えていて、部屋の中には夜の空気しか残っていない。
戻らなければ。
瞼を閉じながら一歩を踏み出す。石床の固い音は少しだけ響いて、朝の空気に吸い込まれていった。