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打ち合わせの翌日。
午後の光はいくらか薄れ、辺りに夕暮れの気配が混じり始めた頃。迷宮から帰還する冒険者たちと入れ替わる様に、三人は迷宮に侵入し始めた。
ヴィルジニアは動き易さを重視した淡い色の厚手の冒険者服。その上に濃い青のケープを羽織っている。片手に杖を。瞬時に魔術を行使出来る様に、腰には使い古された詠唱杖を下げていた。
ロルフは金属部品を用い防御性能を高めたスタッド・レザーアーマーを装着していた。手狭な空間でも取り回しの利く小盾を装着し、刀剣とは別にメイスを所持している。
「ラットみたいに小さくて数が多い相手なら、こっちが良いと思って」
昨日一緒に買出しをしていた際、持ち替え武器として購入していた物だ。堅実な彼らしいチョイスだと思う。
──しかし。
道中、二人の一歩後ろを付いていく様に進行していたのだが。
この姉弟は本当によく一階層に足を運んでいたのだろう、その後姿には余裕を感じた。
遭遇したスライムにはヴィルジニアが詠唱杖の雷撃で初撃を与えてから、ロルフが難なく対処していく。
スライムは物理手段では干渉しにくいものの、マナを帯びた魔具やそのものである魔術を使用することで"行動を阻害しやすくなる"という性質があることを理解していた。
実にしっかりとした慣れた手際を披露してくれる。
「まぁこれくらいならイケるから!あたしたちに任せてよ~」
白い歯を見せ、ヴィルジニアは楽しげににっと笑いかけてくる。その言葉の通り、現状実に順調に行程を消化出来ている。
──一階層に侵入し、南東側に進路を取って三時間程が経過した頃だろうか。眼前に袋小路になっている空間が姿を現す。そこの中央部の地面には、黒々とした闇を湛える円形の穴が穿たれていた。
それが"第二階層"への入り口であると同時に、打ち合わせで決めていた初日の目的地点である。今回はこの周辺で一泊し、明日早朝から二階層を探索。夕暮れ頃に帰還するという予定を立てていた。
ロルフが周囲を警戒し、ヴィルジニアが魔術で火を熾す。私はバックパックから調理し持ち込んできていた糧食と携帯型の調理器具を取り出し二人分の夕食を作り始めた。
──しばらくして。
二人に温めた生姜と胡桃のライ麦パン、根菜と豚肉の腸詰のスープを手渡す。軽く炙られたパンが香ばしい匂いを漂わせていた。
「…あれ、凄い綺麗に開けられた穴ですね」
先程から気になっていたのだろう。ロルフが湯気の立つスープに口をつけながら、二階層へ続く広場の中央をちらちらと見やる。
彼の言う通り、入り口周辺に多少の崩落跡はあるものの、縦穴は現状でも綺麗な円形を保っているように見受けられる。壁面は切り出されたように滑らかで凹凸が無く、それは洞穴の中に自然に出来るものではない"人工的に作られた通路"だと分かる雰囲気が感じられた。
「昔の人たちが作ったのかな?こんなとこに凄いよねぇ」
腸詰を頬張りながら、ヴィルジニアが緩い相槌を打つ。
「もう少し深層になりますと、人間が居たであろう痕跡や遺跡の様な物も多々見受けられる様になりますね。そも、私たち機械人形も迷宮から発見されておりますし…今のところ、迷宮は前時代に作られた何かの跡地、というものが通説です」
話しながらも、私は食後に出す紅茶の準備を始める。
「こんなとこに遺跡作ったり、機械人形を作ったり…間違いなく今より凄いよねぇ。どんな人達だったんだろう。…あ、凄いで思ってたけど、やっぱりマギアさんと一緒だと良いよね!冒険の出先でもこんな美味しいご飯食べれるのは凄いことだよ…!」
彼女の話が多少逸れた気もするが、それもいつもの事である。安心し緩みきった顔をする姉を見て呆れた顔をするも、ロルフも夕飯が美味しいということに同意する。
「今回は一泊だけですし、食料を消費すればその分積荷が空きます。それにどんな状況でも人間は栄養の摂取が必要です。効率の低下を抑える為にも必要なことなのです」
"養分摂取だけを目的とするのであれば、こんなに美味しく丁寧に作る必要も無いのでは"とロルフの頭にうっすらとした疑問が浮かぶ。摂れる食事が美味しいに越したことは無いので、充分にありがたいことではあるのだが。
あえて言うほどでもないか、とカップに残ったスープを呷る様に飲み干した。
「食事がお済みになられましたら、夜番は私に任せて今夜はもうお休み下さい。出発は早いですよ」
食べ終わる頃を見計らい、紅茶を注いだカップを二人に手渡し休憩を促す。
甘く華やかな香りがこの場を包み込み、迷宮の中とは思えない程に落ち着いた空気が流れていた。
───
──
二人が休んでしばらく経っただろうか。先程までの賑やかな空気が、静けさを一層引き立たせている様に感じられた。
機械人形は睡眠を取る必要は無いし、そもその機能は備わっていない。こういう役割に実に適している。さざ波の様に揺れる焚き火に枝をくべつつ、定期的に辺りを見渡す。
理由は分からないけれど。こうやって安らかに、穏やかに眠っている様子を見守っていると。居心地の良いような、落ち着くような。不思議な感覚がする時がある。
なぜかは、分からないけれど。
ぱちぱちと枝が爆ぜる乾いた音だけが、薄闇の空間に静かに響いていた。




