11-ep
とある初秋の朝。高窓の向こうに覗く澄んだ空に視線を向けていると、精悍な顔つきの冒険者がさらりとした空気と共に店の扉を開いた。
「こちらで処理して欲しい回収品があるんだが」
入店とほとんど同時に男はハキハキと通る声で目的を告げると、きっぱりとした足取りで歩を進める。規則的な足音と共に私の前に立ち止まると、革製の肩下げ袋の中から何かを取り出しカウンターに置いた。
「こんなになってはいるが、こっちは装飾品の類かな。遺体は二人分だったと思うが、所々魔物に食われてたよ。俺が見かけた時にまともに残ってたのはこれくらいだ」
「こちらは……成程」
そこにあったのは途中から折れてしまっている短刀と、いつか見た事のある切り傷のついた髪飾りだった。
「その他はあんまりにも損傷が酷かったから埋めてきちまったよ。頼めるか?」
「…かしこまりました」
大きく歪み、捻じれたそれらに元の機能は見る影もない。
洗浄を行っても、何故かくすみが落ちなくて。血と泥に塗れた髪飾りは輝きを失い、以前よりも色褪せて見えた。
二人がどうなったのか、彼になにがあったのかは私には知る由も無いけれど。今はただ、安らかに。
二つの回収品を隣同士に並べると、私は静かに扉を閉めた。
───
──
その日の昼下がり。
諸々の手続きや新たに保管した回収品の物品リストを提出する為、私は表に出ていた。
いつも通りに用事を済ませると、そのままの足で食材を購入しに南区に向かう。その最中にふと、あのベースの一件を思い出した。あれはもう一ヵ月以上は前のことになるが、今はどうなっているのだろう。
レイシアの好きな黒糖パンが入った紙袋を片手に抱えながら足を向けると、そこには一人の年若い男がいた。
男は入り口のすぐ横に置かれた椅子に腰を下ろし、文庫本に視線を落としている。近付く私に気付かぬほど熱心に読み進めている様子だが、そんな男の傍には"内見ご自由に!"と書かれた手持ち看板が立てかけられていた。
どうやら今は競売にかけられているらしく、内見が出来るらしい。
「…すみません、中を見させていただいても?」
特段購入を考えていた訳でもなかったのだけれど、折角訪れたこともあってそんな言葉が漏れていた。驚かせる気なんて微塵も無かったが、彼は比喩ではなく飛び上がるほど驚いていた。…少し悪いことをしたかもしれない。
──相も変らぬ殺風景な屋内。
床や壁に描かれていた白墨は消されてはいるけれど、他はほとんど以前のままであった。言う迄もないが、流石に原状回復までギルドが負担してくれる訳がない。状況次第では前所有者の設置物等の処理も含め、買い取り側が自費で行う必要があるのだ。
室内をぐるりと一通り歩き回ると、そのまま奥の部屋へと足を踏み入れる。けれどこちらもあの時のまま。特別面白いものはない。
──寄り道していないで、用事を済ませて戻らないと。
そんなことを考えていた時、パタンと扉が閉まる音が耳に届いた。
何事かと音のした方を振り向くがそこには誰もいない。風でも吹いたのだろうか?きっと、表にいる青年も先ほどの様子で文庫本を読み直しているのだろう。扉が閉まる程度は特別気にしていないのかもしれない。
そろそろ帰ろうかと踵を返したその時、滑る視線が本棚で止まった。
そこには、暗い色をした本が一冊ぽつんと立てかけられていた。
"こんな場所に本は置かれていなかった"
──眼前のものを理解するまで数秒の間。時が止まったように眺めていた。
少し迷った後、私はベッドに紙袋を置くとおずおずとソレに手を伸ばす。
箔押しや装飾の無いシンプルな装丁で、色はブルーブラック。擦れてしまい所々に色褪せが出来ている。特別安価でもないが、上質なものでもない。そんな印象を受ける。
手から伝わる重さを確かめながら、それを目線の高さに合わせてまじまじと眺めた。
ギルドの職員たちが調べても何も見付けることが出来ず、三人で訪れた際にもこんなもの発見することは出来なかった。何なら今の今までここには存在しなかった、その筈なのに。
しかし今、私の手には誰も見たことのない本が一冊。誰が置いたのかも分からない本があった。
少しの間逡巡すると、私はベッドに腰かける。ギィと軋む音が小さく室内に響くと、それは漂う空気に吸い込まれていった。
──膝の上に置き、本を開く。
それは日記帳だった。ここに住まう者の記憶。いたものの記録。
それが詳細に記されていた。
───
──
「すみません!いつの間にかこんな時間になってたみたいで…!どうですか?気に入りました?」
その言葉に、意識が現実に戻される。
勢いよく入口の扉が開くと、そこには文庫本を読み耽っていた青年の姿があった。彼の背後に見える空が夕暮れ色に染まっているところを見るに、思いの外時間が経ってしまっていたのかもしれない。
「…はい。とても」
そう短く受け答えると、膝の上に開いた本を隠すように。落とさぬように静かに閉じようと手を添えようとして──けれど、私の手は空を切った。
足元に落としたのか?そう思い視線を下げると、そこに先ほどまであったはずの日記は無かった。膝の上にほんの今まで感じていた重みすら消えている。
「……?どうかしました?」
男の尋ねる声に、何も言葉を返すことが出来ない。
ここで今まで体験したことは何だったのか。
確かにあった筈。だのにその姿形も、感触も何も無い。そんな物は初めから存在しなかったのではないか、そんな錯覚さえ抱いてしまう。
ただただ困惑する思考の中で、吹き込んだ秋の冷たい風が肌を撫ぜた気がした。
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