表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
11章
116/138

11-6--

 じりじりと焼くような暑熱は去り、漂う空気は日増しに透き通りを感じさせる頃。薄汚れた暗い色のローブに身を包んだ見慣れぬ青年が店の扉を叩いた。

 男は店に入るなり陳列された商品を大雑把に見渡すと、それらには目もくれず真っすぐにこちらに歩みを進める。脚が上手く動かないのか、不器用に引き摺るように、しかし踏みしめるように確実に。


 ──身なりから、迷宮からの帰りという訳ではなさそうなのだが。防具の類を身に着けていないにしても、ローブの下に覗く男の体は随分と薄く見える。顔色も健康的に見えないこともあり、世辞にもどこか心許ない印象を受けた。彼は冒険者なのだろうか?

 男のゆっくりとした歩みの合間に思考を巡らせていると、目前で歩みを止めた男は冷たい目線をこちらに向けた。


「ここで回収品を扱っていると聞いたんですが、どこに?」

「回収品の閲覧で御座いますか?お手数をおかけいたしますが、お客様の身分証の提示を──」

「……はぁ」


 言うが早いか、青年はどこか苛立たしそうに眉を顰め、溜息をつきながら冒険者証らしきカード状の物を自身の前に手早く翳す。


「失礼します」


 確認の為、手に取ろうと左腕を動かしたその瞬間。彼はローブの下にソレをさっと仕舞い込んでしまうと、返答を催促するようにこちらを鋭い眼付きで覗き込んでいた。

 決して友好的な態度とは言えないが、回収品を求めに来る者は得てして精神的に追い詰められ余裕を無くしている事も多い。取り乱していないだけまだマシとも言える。


「…それでしたら、こちらにどうぞ。別の場所に保管しておりますので」


 ──逡巡して返答すると、私は店の奥へと視線を切り後についてくるよう促した。早過ぎぬよう、つかず離れずのペースを意識してゆったりと足を運んでいく。

 本来ならば案内をする前に相手の身分を確認、記録する必要はあるが、いかなる時も対応の順序を遵守するよう相手に求められる訳ではない。それが、大事な存在を亡くした時なら猶更だ。

 精神状態の不安定な人間はあらゆるものに過敏になっている為に、理論的な対応を求めても目的の達成に繋がりにくい事がある。故に、目的となる物を先に提供し僅かでも余裕を取り戻させることが出来れば、それから対応も可能となる場合もあるだろうと。それはレイシアの受け売りだった。


 "まぁトラブルになりそうな場合はギルドに連絡するか、近くに居るならワシを呼ぶなりすると良い。隠居済みとは言え一応は魔術師だからな、人一人無力化する程度なら造作も無いさ"


 私が店を継ぐと決めた頃。レイシアが穏やかに、しかし力強く真っすぐな瞳でそう告げてくれたことを今でも思い出す。

 まぁ先ほど工房を通り過ぎる際にちらと横目で探った時は、いつもの定位置に彼女の姿は見当たらなかったのだけれど。恐らくこちらに向かう二人分の物音を聞いて器用に隠れたのだろう。


 そのまま薄暗い廊下の突き当り部分に設えられた扉の前に立つと、私は踵を返し男に向き直る。


「この先、少々段差がございます。お気を付けください」


 言いながら内鍵を解錠しノブに手をかけると、扉の向こうは外に繋がっており──先に、同じ様な扉があった。外壁に反射した日差しが逆光となっているせいか、今は青年の僅かに驚いたその顔がはっきりと見える。


「外…?別棟があるんですか?」

「はい。お求めの物はこの先にございます」


 扉の先に広がるその場所は、家々の間。どこか埃っぽい匂いが充満していて、人が通ることを想定していないような建物と建物の僅かな隙間であった。その1メートルもない距離を繋ぐように、頭上には小ぢんまりとした屋根が設置してある。

 可能な限り彼が安心出来るように。一足先を行く私は、何も特別なことはないという所作で先に見えている扉に手をかける。


「元々、当店は収集品や魔具を扱う店舗で回収品は取り扱ってはおりませんでしたので…不格好ではありますが、隣の建物を保管庫として利用しているのです」


 そう大きくない平屋建ての別棟の中には、先程の廊下よりも深い闇が静かに佇んでいた。保管している物品が傷まぬよう、どの窓にも直射日光を避ける厚手のカーテンがかけられている為だ。壁際に手を這わせると、指先にトグルスイッチの固い感触が触れる。慣れた仕草で跳ね上げると"カチリ"と硬質な小さい音と共に、飾り気のない室内が照らされ姿を現した。

 いくつも並んだ陳列棚には、破損した装備品や歪んだ装飾品、一見するだけでは元の形が分からない何かの塊にラベルが付けられ、几帳面に等間隔に置かれている。

 私の一歩後ろから緊張した面持ちで中の様子を伺っていた青年は、息を飲んで足を踏み入れた。


「…分かるならで結構ですが、ここ一ヶ月くらいの間に持ち込まれた回収品はどちらに?」

「直近ですと…こちらの棚になります」


 彼は促された場所を端から順番に目を通していく。

 一つ一つ、緊張と安堵を繰り返して。間違いがないように、時間をかけて──その中のとある一つ。大きな切り傷のついた装飾品を前にして、男の動きが止まった。目を見開いて、口を一文字に結んで。小さく指を震わせながらそれを手に取ると、大事そうに胸の前に抱えそのまま俯いた。


「……これを、引き取らせてください」


 数分。しばらく無言のまま俯いていた男が視線を上げそう口にする。その瞳は何か強い決心に満たされているようにも見える。


「それでは、改めてギルドの登録証を」


 落ち着きを取り戻したのか、今度は何事もなく確認が済む。記載情報には何も問題は無い、後は諸々を記録し受け取り代金を受領するだけ──用紙にペンを走らせ書き写していたその最中、青年が私との距離を詰める。


「すみません、一つ伺いたいのですが…こちらの回収品を納めていただいた方はどんな方だったのでしょう?お礼をしたいのですが」

「大変申し訳ありません、お伝えすることが出来ません。そういう規則ですので」

「…規則、ですか?」


 ぴくりと眉を動かす青年に対し、小さく頷く。


「回収品に関してはギルドが定めた様々な取り決めがございます。大変申し訳ございませんが、そのご意向には添いかねます」

「とても、とても大事な人の物なんです。お願いします、どうしてもダメですか?」


 男は諦めきれないとった様子で苦しい顔をして詰め寄るが、それでも答えは変わらない。()()()()()()()()

 悲痛な懇願に対して、何度"大変申し訳ございません"と拒絶の対応を繰り返しただろう。やり取りを繰り返す度に男の語気は苛立たしげに強くなり、眉間の皺は険しくなっていく。仕舞には怒鳴らんばかりの勢いではあったが、それでも教えることは叶わない。これは、彼だけの問題ではないのだから。

 深く頭を下げつつも"そろそろレイシアに声をかけた方が良いかもしれない"と頭に過った頃。ふと、今の今まで浴びせられていた怒声が止んでいることに気付き、私はゆっくりと顔を上げる。


「……心の分からない人間モドキはこれだから」


 男は顔を歪め、大きな大きな溜息と共に悪態を吐いて。投げ捨てるように受付台に代金を置くと、ぎこちない動作で踵を返す。最後に僅かに見えたその顔には濃い憤激の色が燃えていた。


 ───

 ──


「近親者か何かだったのかねぇ」


 真剣な面持ちで先ほどの一部始終に耳を傾けていたレイシアが呟いた。


「分かりませんが…大事な方の物だったとおっしゃっておりましたので、恐らくは」

「んぅ、確かに気の毒ではあるんだがね。こればかりはどうにもな」


 私も小さく頷き返し同意する。

 そう。相手がどんな状態だろうとも、いかに身近な関係であろうとも、レイシアが言う通り譲歩することが叶わない事柄がある。それは回収品を取り扱う上で常に心掛けなければならない規定とも言える。


 一つ、自主性を重んじること

 一つ、規則外の見返りを与えず、また求めないこと

 一つ、回収に携わった者の秘匿性を保証すること

 一つ、ギルド並びに当該物品の代行管理者に対し、拾得時の状況を詳らかに報告すること


 回収品に携わる者は他の何よりもこれを最初に教わり、そして厳守することを義務付けられる訳だが、それはこの街の変遷に関係がある。


 ──昔、冒険者の遺品の取り扱いに関する制度が固まっていなかった時分。

 自らが望んで迷宮へと足を踏み入れたとは言え、最期にせめて陽の目を見せてあげたい、埋葬し安心して眠らせたい、遺品故に身近に置いておきたいと考える者は決して少なくなかった。

 そういった考え方は「母なる大地により近い場所で眠る」という終わり方を受け入れていた土着の信仰とは異なる考えを持つ他地方からの流入者たちに多かった訳だが、彼らは遺品を持ち帰り、また地上に持ち帰った冒険者に対し謝礼を行った。いつしかその風潮はこの街にも少しずつ受け入れられ、根付いていくこととなった。

 当初のそれは純粋な気持ちが形となったものであり、特段の問題はなかったのだろう。しかし一部の者が思い付いてしまった。遺品を"作る"ことで益を得ることを。


「帰路の途中でな、臨時に加入させた冒険者を全員で手にかけるのよ。あとは何食わぬ顔で遺族か関係者に遺品を渡せば謝礼が貰える訳だ。実に効率のいい稼ぎだっただろうよ」


 自分らより実力の劣る冒険者を選び雇うことで確実性は上がり、死体はそこらに放っておけば魔物が勝手に処理してくれる。仮に遺品を求める関係者と接触出来なかったとしても、そこらの市場か廃品回収にでも流せば有耶無耶に出来てしまう。


「遺族と拾得者の関係を進んで取り持とうとする奴もおらんかった故、直接の取引をするのが主流だったからな。…それが原因で街中で刀傷沙汰が起きた事もあると聞いとる」


 ──だからこそ規則が出来た。

 行った事に対しては相応の報酬が与えられて然るべきであり、無償の奉仕ではいけない。しかしてそれにより利が得られることも防がなくてはならない。故に、遺品に関する取引に益が出ないよう、報奨は階層に応じた労力に見合う最低限且つ一定の額を。

 人には善性も悪性もあるが為に、様々な思惑が入り込んでしまう。故に、遺品を回収した者と遺族を直接接触させず、また該当物品を管理出来るよう公平に仲介する者を。

 悼む気持ちを大事にする為に。少しでも良くありたいが為に、今の私たちがいるのだと。


 胡坐のまま、いつもの大椅子に全身を預けるように脱力していたレイシアが小さく息をつく。


「まぁ…ここは元々流動性の高い場所だ、今もまだ過渡期と言える。現行の制度や考え方もその時々で変わるかもしれんし、それが良いとするならそうであるべきだと思うよ」

「…どうであれ、私たちは出来る範囲で相手に寄り添っていけるように対応するだけ。ですね?」

「ん。よく覚えとるじゃないか」


 自身の教えた言葉が私の中に残っていることが嬉しいのか、彼女はにぃっと満足げに笑って見せる。


 ──私は、死にとても近い場所で生きている。

 あの別棟に眠る物の所有者の大半は、恐らく存命してはいない。それらにどんな想いが込められているのか、それも分からない。

 世界に広がる様々な景色や、色や匂いを共にしたのかもしれない。美しいものも、心を揺らす苦楽も、時には痛みを伴うものや後悔に塗れたものもあるだろう。

 しかしそれらはもう決して語られることがない。存在したであろう記憶も、想いも。決して誰にも知られることなく潰えてしまうかもしれない。

 それが不毛な行為なのだとしても。そのまま終わるにはあまりにも寂しいから。だから、そんな名も無き者たちが生きた証を。存在した証を少しでも守りたい。そんな風に、私は感じてしまうのだ。


「…さぁ、そろそろ仕事に戻りましょう」


 ほんの短い間、目を伏せて。一言レイシアにそう告げると、私は店に向け踵を返す。コツンと、石床を蹴る硬い音が小気味よく響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ