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落ち着いた色合いで調和が取られた店内には、柔らかく、それでいて一際鮮やかに返照する小瓶が几帳面に並べられている。広々としたその空間には茹だるような夏の暑さとは真逆の清涼な空気が満ち、波の様な心地よい透き通った音が漂っていた。
「え?ぁ、はい。そのお話は伺ってますよ。私のところにも要請は来てましたので」
客足の途切れた合間、目当ての浅黒い肌をした女性店員に話しかける。見慣れた冒険者服とは異なり整然とした正装に身を包んでいた彼女は、柔和な笑顔を浮かべ答えた。
「ウィルマ様が宜しければですが、魔術式の解除にご一緒させていただきたいのです」
「構いませんけど…私の分かる範疇はあくまでも魔具に関係するモノなので、魔術式の解体については詳しくありませんよ?元々受ける気もありませんでしたから、ハッキリ言ってあまりお力にはなれないかもしれませんが…」
"うぅん"と小さく唸ると、彼女は考え込むように腕を組んだ。ウィルマの言う通り、彼女が得意とする範囲は魔術書等に用いられる特殊な魔具の製造であり、魔術式の解析や解除ではない。元来要請を受ける気は無かったというのも納得は出来る。
しかしながら、彼女にもギルドからの要請が届いていたというのも一つの事実だ。
「いえ、繊細な力加減の求められる大変細やかな魔術を扱っておられるのです。何も卑下されることはありませんし、まだ誰にも解けていないということは普通とは異なる角度からのアプローチが必要かもしれません」
「うぅん、確かに一理あるんだろうけど、インクと解錠の魔術が結びつく所はなかなか想像出来なくって…」
事実未だ誰にも事を成しえていない以上、何が役に立つかは誰にも分からない。確かに徒労に終わるかもしれないが、私の思惑を別としても多様な分野からの知見というのも無駄にはならない筈だ。
「それに、迷宮ではなく街中という安全な場所にいながら、未知の魔術式に触れられるという経験はそう容易に得られるものではありませんよ?」
「う…それは、そうかもしれない。……正直な話、私のところでも近頃結構耳にしますし、興味が無いことは無いんですよねぇ……」
ウィルマはもう一度大きく息をすると、視線を宙に這わせ考えを巡らせている。
──ここまで話しておいて手の平を返すようではあるが、あまり無理強いも出来ない。彼女には彼女の都合があるだろうし、元々は"受けるつもりは無かった"ことだと明言していたのだ。彼女の判断を尊重することを忘れずにいなければ。
静かにウィルマの言葉を待っていると、しばらくして彼女は何度か小さく頷いた。
「…うん。言った通り、自信は無いので噂のソレを見物しに行くだけで終わっちゃうかもしれませんけど、それでも良ければ。全然大丈夫ですよ」
ウィルマは白い歯を覗かせ、花が咲くみたいにぱっと笑顔を浮かべるとこちらに手を差し伸べる。怪我の痕を隠しているのだろう、この季節には相応しくない手袋に覆われたその手を握り返すと、私は心からの感謝を述べた。
「にしても、マギアさんて魔術式にも興味あったんですか?随分勉強熱心なんですね」
「いえ、特には…私には魔術式は扱えませんので」
「…ぅん?あれ?」
「…それなのですが、今回は私だけでなくもう一人、その場にご一緒させていただきたいのです」
想定していなかった私の答えに、眼前の彼女は要領を得ない表情を浮かべたまま頭を傾げている。
「時折、私の店の手伝いをしてくれる"女の子"がいるのですが…独学で魔術を学んでいまして、今回の話に興味を持ったらしいのです」
「…えぇと、もしかして?」
「決してウィルマ様の邪魔にはならないように致しますので、彼女の後学の為にお力添えをいただきたいのです」
「そんな賢そうなお子さんの前で私がやって見せる、ってことですよね?…あはは、失敗しにくいなぁ…だ、大丈夫かなぁ…」
依頼に関する情報を後出しするというのは良いことでは無いとは理解しているが、今回の問題が解決される迄にレイシアが件の魔術式と対面する場を設けなければ意味が無くなってしまう。無効化や解体に伴い消失してしまう恐れもある以上、あまり猶予は無かったのだ。
口を衝いて出ようとする"申し訳ない"という一言を抑えつけながらウィルマの様子を伺うと、彼女はそれからしばらく苦笑いの表情を浮かべたまま頭を傾げ呻いていた。