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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
11章
108/138

11-1

 一つ、自主性を重んじること

 一つ、規則外の見返りを与えず、また求めないこと

 一つ、回収に携わった者の秘匿性を保証すること

 一つ、ギルド並びに当該物品の代行管理者に対し、拾得時の状況を詳らかに報告すること

 それは、店に訪れた若い冒険者たちの閑談だっただろうか。


「なぁ、南区にあるベースの話、知ってる?」

「ぁん?ベースってどのベースだよ。あそこは冒険者街なんだから、宿もベースも数えきれないくらいあるだろ」


 はたまた、露店に並ぶ品々を前に視線を滑らせながら談笑する者たちの雑話だっただろうか。


「ボロボロのベースなんだけどさ、もうずっと誰も出入りしてないんだって」

「そんなの持ち主の一党が全滅しただけじゃないの?迷宮から帰らないまま空き家になってるとこもそう珍しくないでしょ」


 一体いつからかは定かではないのだけれど。とある一つの噂話を街のそこかしこで耳にするようになった。


「それがさぁ、もうずぅっと誰も立ち入って無いのに、決まって夜になると明かりがつくらしいんだよ」

「……あー!なんか聞いたことある!あれだろ、裏通りにあるとかいうボロのベースの話!」


 尾ひれがどれ程ついているのか分からない、大抵の人間にとってとりわけ内容に意味のないその"噂話"は息を潜めるように、しかし着実に人々の間に広まっていた。


「そうそうそれそれ!人がいないのに物音とか話し声とかもするらしいじゃん?」

「え、アタシは中からいつも違う人の声が聞こえてくるとか聞いたけど…」

「何それ?どういうこと?」

「詳しくは知らねぇよ、ただの噂だろ、噂」

「聞こえてくる声の数とか物音とか、人数も性別もその年齢すらも違うとか言ってたっけな…流石に色々盛り過ぎてるよ」


 ──これで何日、何か月になるのかは誰にも定かではないのだけれど。

 興味を惹かれた物好きの共の衆人環視の中、誰の出入りも見られない火の消えたようなボロの基地(ベース)に、薄ぼんやりとした明かりが灯る。

 至る所に蔦が這い、塗装の剥げた木肌は錆びた色を滲ませて。枯れ果てた草花のような印象を受けるにも関わらず、日に焼け色褪せたカーテンの向こうからは穏やかな話声と微かな物音が今夜も漏れていた。昨夜と違い、今日は楽しげな子供たちの笑い声が確かに聞こえている。

 誰が言い出したか、南区のとある場所には幽霊ベースがあるのだと実しやかに囁かれていた。


 ───

 ──


「なるほど…」


 今朝持ち込まれた回収品の目録に走らせていた筆を止め、氷を浮かべたアイスティーで喉を潤すレイシアに相槌を返す。

 建物全体に施した魔術式のお陰で店内はいくらか冷ややかな空気が漂ってはいるが、窓から差し込む痛いほどの陽射しが足元に真白い影を落としていた。


「それで、レイシアはその話について何か把握されているのですか?」


 昨日温泉の帰りに見かけた人だかりについて、何か知っていた様子で語った彼女に尋ねる。


「んぉ?んー、この件はちょっと前にギルドからお達しが来たのよ」

「…わざわざギルドから直々に貴女に宛てて、ですか?」

「あぁ、ワシだけじゃなく登録しとる一部の魔術師に相談を持ち掛けとるんだ。誰でもいいから問題解決に助力を得たいのさ」


 "このクソ暑い中、ご苦労なことだ"と零しながら彼女は机の上に置かれたスコーンを手に取ると、小さくちぎり口に放り込む。


「んむ…ベースってのは冒険者が所有者として管理するものだ。そんな場所で何かしらの問題が起きとるとなれば、街の側からすればギルドの方面からも協力を仰ぎたいのは当然だろ?」


 成程、持ち主の確認などの手間を考えれば確かにその通りではあるのだが。一点、ふと気になった。


「しかし与太話に過ぎない可能性もある事象に対しギルドが積極的に介入する、というのは意外ですね」


 ただでさえ人の流入が激しい場所だ。真偽の定かではない噂話の一つ一つに介入しようとすればいくら手があっても足りないだろう。


「んぅ、まぁそれがな。なんぞベースの入り口に魔術がかけられとるらしくてな。誰も入れんらしいのだ」

「それで魔術師に協力を仰いでいる、ということは……まさか、所有者の許可を得ずに無理矢理に立ち入るつもりですか?」


 幾分性急にも思える対処に疑念を抱くが、レイシアは紅茶で口の中のスコーンを流し込むとさも当然といった風に続ける。


「人の出入りがずぅっと見られない無人の筈の建物に、よく分からん現象が長いこと確認されとるんだ。それに部外者が立ち入れんように強固な魔術が掛けられて…ぁー、まぁそれは魔術師の住まいならそう珍しくはないか。まぁともかく、そういう状況で関係者当人とも連絡が取れず状況確認が出来んとなれば、無視は出来んだろう?」

「……何かしらの事件に巻き込まれていたり、ベースを第三者が何かしら別の事由で占拠している恐れもある、ということですか?」

「そういうケースもあるし、魔術師に限った話じゃないが放置しとくとよろしくないモノがあったりな。あとはまぁ…ここが迷宮の上にある"街"だから、というのも一つか」


 ぽすんと椅子に全身を預けると、少女は視線だけ床に向ける。


「お前も、迷宮深くに潜るにつれ湧き出るマナ濃度が高くなるのは知っとるだろう?地上であればだいぶ薄れはするが、迷宮の真上にあるこの街中に漂うマナは他の場所と比べれば十分に濃いんだ」


 それは十分に知っている。

 少なからずマナの影響を受けることが出来るからこそ、地上にあっても慰霊祭の時に用いられた焦壊魔術の様な大がかりな魔術をさして労せず行使出来るのだと。

 私が小さく頷いたのを確認すると、レイシアは小さく微笑む。


「だからな、万が一。万が一を考えるとだ。マナの影響を受けてワシらの与り知らん"何かしら"が街中で起きているとも分からん。だからまぁ、一見荒唐無稽な内容であってもそういう話がある程度広まると無視は出来んのよ」

「だから冒険者の絡む事象にはギルドも協力している、と…」

「そういうことだ。…ま、ギルドが把握しとる"レイシア"は現地に行って直接ソレを確認出来ないからな。協力できないのは心苦しくあるが、そういうお誘いはいつもお断りさせていただいとるがね」


 本当に残念に思っているか分からない表情で大げさに肩を竦めて見せると、説明は終わったとばかりに彼女は残りのスコーンを食べることに意識を戻した様だった。

 解決に向けギルドと所属の魔術師が介入し、私たちの知らない間にも既に事は動いている。そう間を置かず、この噂話の謎もじき紐解かれるだろう。

 少なくともこの時は、私たちはそう考えていたに違いなかった。

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