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鉄塊のマギア  作者: 佐倉。
10章
103/138

10-1

 一切の遠慮なく、じりじりと陽光が降り注いでいる。

 抜けるような青空も、肌に纏わり付く熱気を混ぜ揺らす風も、それに乗って僅かに香る乾いた土の香りも。何もかもが例年通り変わりなく、この街を包み込むように存在していた。


 この時節になると日中は人通りも緩やかになるのだが、それは勿論この店も同じことが言える。

 客の一人もいない、時計の秒針の音だけが響く店の中には、茹だるような熱気が籠っている。その中で涼やかな表情のままぴんと背筋を伸ばした機械人形が一人、手元に目を落とし物思いに耽っていた。


 ──迷宮の封鎖が解除されたのが、もう随分と前のことに感じられる。

 とうの昔に街も店も普段の賑わいを取り戻してきたこともあり、ここ最近はようやく自身の過去に関する探索に本腰を入れることが出来ていた。…とは言っても、レイシアの協力を得ても尚、進展らしい進展があるかと言われれば芳しくはないのだが。


 店を構えている手前、幸いにも冒険者たちと顔を合わせる機会は少なくない。

 行儀が悪いのは承知で彼ら彼女らの雑談に耳を傾けたり、時には何か気になる噂がないか話しかけたりもするのだが、どうにも関わりの無さそうな話ばかりで実を結びはしなかった。

 "また収集品が盗まれたらしいよ"だとか、"深い階層から日記帳みたいなものが見付かったらしい"だとか、はたまた"どこかの宿に開かずの客間があるらしい"だとか。いつかアイザックが用意してくれた本で見たような眉唾話ばかりが手元に集まっただけだ。


 そういえば、以前ナインの行った"他の機械人形への干渉"は、私には行えないことが確認出来た。

 エドワードの工房を訪ねいくつかの他機体と同じように向き合ったが、そのような気配も兆候も一切見られなかったのだ。数えられない程の機体を見てきた彼自身も、そういう機能が備わっていると耳にしたこともないらしい。

 ナインだけが持ち得る特有の機能故なのか、それとも世代やモデルの差なのか。違いは判らないが、少なくとも私が他機体の記憶を覗き見るということは敵わない様子だった。


 一方で、"過去のご主人(マスター)探し"については若干の進展が見られた。

 本当に文字通り、"若干"の進展。


 まず私はギルドに保存されていた自身の記録に目を通してみた。…予想はしていたが、当初から不明点ばかりだったこともあり、こちらはほとんど意味を成さなかったのだが。

 レイシアとアイザックから聞き及んでいた情報と、自身に刻印されている機体番号と合致するポッドが配置された人形部屋が五階層にあるという、既知の情報を改めて整理出来たくらいだった。


 それでも、レイシアのように。ヴィルジニアとロルフのように。セスたちのように。

 諦めず出来ることを一つ一つ積み重ねるしかない、と。私は駄目元で何度か五階層を訪れた。


 ──目的は二つ。

 自身が発見されたと記録された場所、もしくはその周辺に何かしらの痕跡が残っていないか探ること。

 そしてもう一つは、自身の眠っていたであろう人形部屋を訪ねること。

 結果から言えば、前者は全くの空振りだった。八年も前のことだから当然のことだが、私が倒れていたとされる場所には何も残されていなかったし、周囲を掘り返しても何も出てはこなかった。


 人形部屋の探索も、なかなか機会には恵まれなかった。

 普段なら中央部に集積している毒霧が広域に拡散してしまい、経路をうまく取ることが叶わずそのまま帰還を余儀なくされることが度々あったのだ。それで、四度目のチャレンジ──前回の探索で、ようやく目的の部屋に足を踏み入れることが出来た。


 五階層に続く経路から見て、ひたすら西方に進んだ場所。乾いた景色の中、ぽつんとそれは佇んでいた。

 扉も、窓にガラスすらもない。自身と同じ型番と一致するシリアルが刻まれたポッドと、それを動かす為だけの最低限の機材だけが鎮座する部屋は殺風景で、寂しくて。報告書にあった以外の何かが残っている様子は見て取れなかった。


 依頼した護衛の冒険者の面々を表に待機させると、薄荷色の石柱を用いた魔具を首から揺らしながら色褪せたその部屋に歩を進める。

 自身の生家を訪れるというのは、一般的にはどのような気持ちになるものなのだろう。

 塗装も剥がれ、錆び朽ちたそこには目を見張るべきものは存在せず、自らがそこにいたという実感すらも微塵も残っていない。

 カンテラで照らしながら蓋が大きく開けられたたままのポッドの中を覗き込む。剥き出しの錆落ちたプラグと、冷たく硬い寝台の上には厚い埃が積もっている。


 そう度々訪れることが出来る場所ではない。

 一目見ても何もないということは分かったが、それでもこの中を歩き回ってみるしかなかった。とにかく探す。部屋の隅の隅まで、目を皿にして。地に膝をつき、埃の層に手を伸ばし地面を浚う。場所を変え、手を伸ばす。何か残っていないか、ただその一心で。

 這い蹲ってポッドの周囲、部屋の隅までぐるりと回り終えても、証拠の一片も落ちてはいなかった。


 膝をついたまま小さく息を吐くと、静かに立ち上がる。

 駄目元でもう一度、跳ね上げられた蓋に手を添えながらポッドの中を覗き込むも、当然だが何も変化は見られない。


 ──行き詰った、のかもしれない。


 顔を上げると、手を置いたポッドの蓋が"ギィ"と神経を逆撫でする様に小さく鳴いた。

 ここで目覚めた時、私の隣に誰がいたのだろう。それすら分からないが、私には自身がここにいたという実感すら持てない。それならここは、ただの抜け殻が置かれた寂しい場所だ。もうここに戻ってくる必要すらないだろう。

 何も残されていないことを、何の意味のないことを確認出来た。それだけでも価値はあったのかもしれない。


 再びここを訪れることもないだろう。読み終えた本を閉じ、部屋を出る際に扉を閉めるような感覚で、手に力を込める。

 跳ね上げられた骨組みだけの蓋は再度、ギチギチと軋む音を立てながらゆっくりと降りてくる。内部機構も駄目になっているだろうそれは再び跳ね上がるような抵抗感すらなく、難なく留め具で固定が出来た。

 棺のようなそれに、この場所に。決別の念を込めて一度頭を下げる。


 深く下げた頭をゆっくりと上げていく最中、ふと、何かが見えた気がした。錆び付いた蓋の継ぎ目か骨組みの節目辺りに、何かが煌めいた様な──

 半信半疑な面持ちで一歩を踏み出すと、一見して何もないその場所に手を伸ばす。汚れた指先が骨組みの境を撫でると、先ほど瞳が捉えた何かが姿を現した。

 それは、一本の栗色の毛髪だった。

 途端、ぶわりと跳ねるような心を抑えつけ、慎重に、慎重に指で掴む。千切れないよう、可能な限り優しく引き抜くと、それは音も無く手の中にはらりと落ちた。

 数年もここにあったにしては瑞々しく痛んだ様子もないそれは、人口毛髪だとすぐに分かった。自分のそれと同じような感触を返すそれは、物言わずただただ私の手の中にある。


 私をここで起動した時にいた一団に栗色の髪をした機械人形がいたのか、それとも私を製造した誰かに関わるものなのかは分からない。毛髪の一本があったところで、これからどう事が進展するのかも分からない。そうだとしても、今は不思議な充足感に満ちていた。


 これは間違いなく、私の過去に関するものだ。

 私が得ることが出来た、だた一つの本当の過去に違いなかった。


 ───

 ──


 手元の瓶を揺らすと、中に入った作り物の毛髪がきらりと煌めいて見せる。

 思い出せない過去なんぞどうでもよいと、そう思っていた時もあったのに。今はただただその分からない過去に思いを馳せている。

 どうしてこうなったのか。分かりはしないが、それは決して不快ではなかった。

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