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大陸屈指の標高を誇る活火山の麓に「クリム・フィロア」という街がある。
遠い昔、枯れ果てた巨樹の元に地下へ続く巨大な縦穴が見付かった。降りた先は複雑に入り組み、どこまで続くか見当も付かない程の広大な未知の空間が広がっていた。
その空間を調査すべく巨樹の周囲には冒険者達が集まり、それを囲む様に小さないくつかの集落が出来ていった。
──月日は流れるも、一向にその「迷宮」はついに踏破されることは無かった。
しかしながら時間が経つにつれ少しずつ、少しずつ。人は増え集落の数も規模も大きくなる。いつしかそれらは村となり、そして多種多様な目的を抱いた人間で常に溢れかえる街に姿を変えていった。
迷宮に眠る希少価値の高い収集品を狙う者。未だかつて成し遂げられた事の無い、存在するのかも分からない迷宮の「底」に到達する夢を抱く者。迷宮という巨大な建造物と、その産物の謎に惹かれた者。訪れる冒険者を相手に商売で一山当てようと目論む者。
全てを拒まぬ場所。終わりの無い街。
いつしかそこは「迷宮の街」と呼ばれる様になっていた。
これはそこに暮らす、とある「機械人形」の物語。
「ん…?何だこれ…?」
朝日が昇り始めた頃。
ほの明るいギルドでとある依頼書を眺めながら、初級冒険者の少年が一人頭を傾げていた。
迷宮への無用の進入は許可されていない為、冒険者は皆「依頼」を受注して迷宮へ進入する事になる。
"初めての依頼で失敗はしたくない"と、張り出された数々の依頼書を食い入るように見詰めている彼も例に漏れず、必死に身の丈に合う内容の依頼を探していた。
しかしながら、"初級冒険者のみ"に任せられる依頼は決して多くはない。迷宮内部での活動を目的とする依頼となれば尚更だ。
──そんな中。他とは若干毛色の違う、一つの依頼書に目が吸い寄せられた。
「■急募
依頼内容:迷宮第一階層にて各種素材の採取/収集作業、並びに回収作業(予定1件)のご協力をよろしくお願い致します。
必須事項:第一階層に出現する魔物の討伐が可能な程度の戦闘技能を持つ冒険者様。
特記事項:当方も上記作業に従事させて頂く為、迷宮侵入から帰還まで同行させて頂きます。
●報酬:銅貨40枚(前払い可)
尚、道中入手致しました収集品は現物、もしくは当方が一旦買取らせて頂き、金銭にて等分での分配を行います。冒険者様のご希望に合わせ対応可能です。
●問い合わせ:可能
依頼主名:西区 マテリア・コレクティオ店主 マギア」
「"回収"作業?収集とは別物ってこと…?」
疑問がぽつりと口から零れる。
この世には迷宮内で自生する特殊な植物、鉱物や魔物の身体の一部等の"収集品"を素材とし、冒険者を補助する道具を作製する事が出来る者がいる。
その為収集品は至る所で取引され、それの取得を目的とした「収集依頼」も恒常的に召募されている。
比較的危険も少ない為、低階層での依頼は初級冒険者を対象とするものもちらほらと見受けられる。その点ではこの依頼も何らおかしくはない。
見慣れない"回収作業"という単語がある事を除けば。
侵入から帰還まで依頼主がつきっきり。監視か何かだろうか?
更に作業も依頼主が共同で従事してくれるにも関わらず報酬が出る──頭上にいくつもクエスチョンマークが踊る。
場所は第一階層。一番難易度が低いとされる階層での依頼。恐らく身の丈に合った内容ではあるのだろう。不明点はあるもののいつまでも掲示板を見上げている訳にもいかない。
おずおずと手を伸ばし依頼書を掴んだ指に力を入れると、紙の破れる小さな乾いた音が耳に届く。手元でもう一度なぞる様に内容を読み直すと、意を決して依頼受付の女性に話しかけてみた。
「あの、すみません。この依頼を受けたいんですが」
「あ、はい!おはようございます!えっと、依頼の受諾申し込みについて、ですね?」
女性は作業の手を止め書類の束から顔を上げると、花が咲くみたいにぱっと笑顔になる。金色の長い髪を纏め上げた、明るい雰囲気の職員だった。
「はい。えっと…これが気になってるんです」
「それでは、拝見致しますね」
柔らかく笑みを浮かべる彼女に依頼書とギルド登録証を受け渡すと、職員はふんふんと頷きながら依頼書に目を落とす。
「お名前は"クロアさん"ですね。等級は初級冒険者、と。…あ、マギアさんの…。んー、初級冒険者の方がお一人…でもマギアさんなら無理はさせない、かなぁ…」
"急ぎ目でお願いします"って言ってたしなぁと顎に手を当てながら受付の女性は宙に眼をさまよわせる。
反応はあまり芳しくない、のかもしれない。初級冒険者一人では難しい内容なのだろうか。少しの沈黙の後に"直接聞いてみましょうか"と明るい声色の返事が返ってきた。
「あ、それじゃお相手の返答待ちですよね…?いつ頃に来れば良いですか?」
「ちょっと待っててくださいね、直ぐに聞けると思いますので」
「…えっ?!今直ぐ、ですか?」
陽は登り始めたばかりでまだ外は薄ら明るい。だいぶ早い時間である。
にも関わらず"すぐに返事が聞ける"と断言出来ることに少し戸惑いを感じている間にも、職員の女性は円盤石に手を置いて念話を始めてしまった。
迷宮内部で取れる鉱石、遺物を加工した"魔具"の一種。マナを込めると遠方の同装置と意思の疎通が出来る、という代物らしい。…仕組みやら詳しい事は知らないが"お高い道具である"という事は聞いたことがある。
しげしげと様子を眺めていること一、二分。
ごく短い時間で通話は終了したのか、円盤石が青白い淡光を失うと同時に受付の女性は笑顔でこちらに向き直した。
「恐らく問題無い筈、だそうです。完遂出来る様、出来る限り協力させて頂きます、と返事を頂きました」
「あ、ありがとうございます!良かったぁ…」
分からないことがいくつかあるものの、依頼を受領できた事、依頼主が協力的である事。それが分かっただけで肩から一気に力が抜けていく様だった。
微笑ましくこちらを見ていた女性は、気を取り直すように軽く"こほん"と一つ咳払いをしてみせた。
「それではクロアさん、確認を行いましょう。今回は依頼主の方と一緒に迷宮に進入して頂きますので、迷宮入り口前の広場で待ち合わせになります。急ぎとの事ですので、準備が完了次第向かって下さいね。あと、魔物との会敵もあり得ますので、戦闘の準備もお忘れなくお願いします。それと──」
登録証を見て、初めての依頼だと確認出来たからだろう。ありがたい事に、職員の女性はてきぱきと重要な事を教えてくれる。──しかしながら一点、気になったことがあった。
「…そういえば。依頼主の方を知らないのですが、どんな方なんでしょう?僕、何か分かりやすい目印とか付けたほうが良いですか?」
「あー、依頼主の特徴、ですか」
首を少し傾け、顎に手を当てながら一寸思案する。
「依頼主の方、マギアさんっていう女性なんですが。碧色の髪の機械人形さんです。…そうですねぇ、彼女はだいぶ特徴的な形の"腕"をしています。恐らく一目見ただけで分かると思いますよ」
分かるようで分からない説明。
一目見ただけでその人と分かる様な"特徴的な腕"をした機械人形の女性。
初めての依頼は、内容も依頼主もなんだか普通ではなさそうで。
──今更ながら、ほんの少し不安が頭をよぎった。