ハロウィン残業編
10月31日、都内のどこかのオフィス。時刻は既に22時をまわっている。
オフィスの端の島には、二人の女性が並んで座っている。
一人は黒髪を肩くらいの長さまで適当に伸ばしている。紺のパーカーと黒のスキニーに適当なスニーカー。
もう一人は前下がりのショートボブ、艶めくアッシュブラウンにややオーバーサイズ気味の白いタートルネックに足首丈のブラウンのフレアスカート。足元は白と青のスニーカー。
オフィスには二人の他には誰もおらず、二人の頭上だけがひっそりと蛍光灯の明かりに包まれていた。
「せんぱい、知ってます?」
ショートボブの女性が、隣に座る女性に向いて声をかけた。
「え、なに……」
せんぱいと呼ばれた女性は、キーボードをブラインドタッチしたまま、モニターを睨んだまま反応した。
「今日ハロウィンなんすよ」
「知ってる……」
「だから今日良いもの持ってるんすよ」
「ん?」
「じゃーん、ネコミミカチューシャー」
「え、なんで……」
「え、可愛いからですけど……」
「え、会社にネコミミ持ってくるって、頭おかしいの?」
「え、おかしいですけど……」
ショートの女性は、鞄から取り出したネコミミカチューシャを自らの頭に装着する。
彼女は『せんぱい』に見せびらかすように左右に頭をリズム良く頭を振る。
せんぱいは手を止めて視線を向けた。
「可愛くないっすか」
「めっちゃ可愛い……」
「ですよね、ネコミミ可愛いっすよね」
「いや、ゆいちが」
「いや、わたしが可愛いのは知ってますけど……」
「は?」
「まあ、でも先輩のほうが可愛いっすよ」
「知ってる」
せんぱいは頬を上気させながら、モニターに向き直る
「恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに」
「うるさい」
「やっぱせんぱいって可愛いっすわぁ……」
「うるさい」
時間は22時30分をまわる。
ゆいちと呼ばれた女性は、未だにネコミミカチューシャを付けたままかたかたとキーボードを繰っている。
二人でモニターを見つめたまま、今度はせんぱいからゆいちに声をかけた。
「終わったら飲み行こ」
「えー、ハロウィンの浮かれポンチを見たくないっす」
「じゃあ宅飲みする?」
「……先輩って、私のこと狙ってますよね」
「え、そうだけど……」
「それ、嬉しいんすけどぉ……逆にしません?」
「え、どゆこと」
「私がせんぱいのこと狙いたいんすよね」
「は?」
「愛されるより愛したい的な」
「あーわかる」
「ですよねー」
「……」
「……」
「え、飲み来るの?」
「あ、行きます行きます、おでん買いましょーよ」
「わたしたまご」
「えー口の中もくもくするじゃないっすか」
「黄身は出汁に溶かすの」
「え、美味しそう、てか早く飲み行きたいっす」
「はやくそれ片付けてよ」
「もーあしたでよくないっすか」
「明日まだ金曜かよ」
「もう週末気分っすよね」
「もー明日でいっか……」
「お」
「じゃー帰るかぁ」
「お邪魔しますー」
「明日休みてーな」
「めっちゃわかる」
二人はパソコンを落とすと、唯一ついていた明かりを落としてオフィスをあとにした。