子どもと大人の境界線
私の育ての親はヴァンパイヤ。
つまり化け物よ。
だけど、一応、恩があるのよね。
捨て子だった私を拾って、高校にも通わせてくれているわけだし。
だから彼に恩返しの意味も込めて、血をあげている。
凱はおいしそうに私の首筋から血を飲む。
こくんっと喉を鳴らして、まるで猫のようにじゃれ付いてきた。
「もう、あんまり飲まないでよ?貧血になったりするんだから」
私が頬を膨らませると、凱はくくっと喉を鳴らして笑った。
「だって、胡桃ちゃんの血が一番おいしいからね」
「でも、凱になら他にもたくさん血をくれる女の子がいるでしょ?」
凱って、実は無駄に顔がいい。
黒髪黒目で甘ったるい顔をしている。
背も私よりもずっと高くて彼を見上げていると首が痛くなるほど。
女の子にももてるから、うちの牧師館には若い女性信者が多く通ってくるのよ。
まったく、なんて不謹慎な信者なのかしらね。
「胡桃」
突然、呼び捨てで呼ばれてハッとして顔を上げた。
凱が呼び捨てで名前を呼ぶときは怒っているときだけ。
――――――といっても、凱が怒るなんてまずないんだけどね。
「凱?」
怪訝な顔で彼を見上げた。
今の会話に凱を怒らせるようなことはなかった――――――はず。
――――――どうかしたわけ?
「僕が他の女の子の血を吸ってもいいわけ?」
突然訊かれて、私はきょとんとしてしまった。
「えっ?吸っていたんじゃないの?」
私の言葉に凱が目を見開いた。
そして、彼の瞳が怒りにぐらついた。
な、なんで??
なんで凱――――――怒るわけ?
よくわかんないよ。
「が、凱?」
「――――――早く大人になれよ。」
小さくつぶやいた声に、私は耳を疑った。
いつもの優しい凱の口調とは違った乱暴な言葉遣い。
「凱?」
再度名前を呼ぶと、凱が顔を上げた。
それから意味あり気に深いため息を漏らした。
「どうしてかなぁ。なんで、胡桃ちゃんみたいに鈍感で子どもっぽい子のこと――――――」
ぶつぶつと呟く彼の声は小さくて、最後のほうは聞き取ることもできなかった。
私は彼の前に立つと、ちょっと背伸びして彼に近づいた。
「凱、怒らないで。ごめんね?」
上目遣いに首をかしげると、いつも決まって凱は私を許してくれる。
今日も小さくため息をついた。
「仕方ないか。」
彼は納得したように小さくつぶやいて、くくっと喉を鳴らした。
「胡桃、早く大人になろうね。」
今日の彼の言葉は意味のわからないものばかり。
でも、彼の手があまりに優しく私の頭をなでるから、今日は黙って彼に甘えることにした。