~欲望にまみれたヴァンパイヤ~
おんぎゃっ――――――
おんぎゃっ――――――
おんぎゃぁぁぁ――――――
古屋胡桃が生まれたのは、もうすぐ冬が後ずれようとする季節の変わり目。
毛布に包まれて、赤ん坊だった胡桃は大きな泣き声をあげた。
胡桃は、町で一番大きな牧師館の軒下に〝古屋胡桃〟と書かれたプレートと一緒に置かれていた。
――――――置かれていたなんていうのは良い言い方ね。
つまりは捨てられたというわけ。
孤児院行きか、悪くすれば死んでいた私の命。
それを助けてくれたのがこの牧師館に住む牧師様。
ジェントルマンの渋いかっこいいおじ様だった牧師様。
奥さんは儚げな美人で、いつも優しい微笑みを浮かべていた人。
でも、その牧師様もその奥様も私が13歳の時に亡くなってしまった。
それ以来私の面倒を見てくれたのが、牧師様の息子で正真正銘 現牧師館の牧師。
名前を、船沢 凱という。
凱にはちょっとした秘密がある。
それは――――――
「何を書いているの?胡桃ちゃん」
手元を覗き込んできたのは凱だった。
「見ないでっ!」
私が手元のノートを胸に抱きしめると、凱は瞬間にしゅんっと身体をすくめた。
私よりも8つも年上で、現在25歳の凱――――――なんだけど、どこか子どもっぽいんだよね。
仕方なく私はノートを抱きしめたまま、答えてあげる。
「自分史書いているの。」
「自分史?」
そう、私が書いていたのは自分史。
私が生まれてからの歴史ってやつね。
「宿題とか?」
訊かれて私は首を横に振った。
「違うよ」
「じゃぁ、なんで自分史なんて書いているの?」
「私が偉くなったときとかに使うかなぁって思って。」
私が答えると凱は複雑な顔で「ふ~ん」とつぶやいた。
「今から凱のことを書くところだったの。」
「僕のこと?へぇ――――――なんて書くの?」
「凱の秘密について」
「僕の――――――秘密?」
凱は心当たりなどないという顔で首をかしげている。
「あるでしょう!秘密がっ!!」
「秘密――――――?あぁ、もしかして僕がヴァンパイヤだってこと?」
「さらっと言わないでよっ!」
「だって、僕にとっては秘密でも何でもないし。訊かれればヴァンパイヤですって答えられるよ。」
さらっと平然としているこの男。
こいつ、牧師館の牧師のくせにヴァンパイヤなのよ。
どうやら父親が牧師で、母親が吸血鬼だったんだって。
知ったのは意外に最近で、私が15歳の誕生日を迎えたときに教えてくれた。
でも知ったのは幸か不幸か――――――
いや、不幸以外のなにものでもないわ。
「で、そろそろ時間だと思うんだけど?」
凱は大きな目で、私の顔を覗き込んできた。
彼の目には欲望が光っている。
「血、ちょうだい」
「だから、私は凱の餌じゃないっ!!!」
「はいはい」
どんなに抵抗しても結局、彼は私の首筋に牙をつきたてる。
おいしそうに飲んで、喉を鳴らすとにこりと笑った。
「うん。やっぱり、処女の血はおいしいね」
「しょ、処女って!?無神経な馬鹿男!!!!」
顔を真っ赤にして、私を叫んだ。
ねっ?
生まれて以来、とっても可哀相な古屋 胡桃。
自分史も書いているだけで泣けてきちゃうわ。