第9話 陣形『ドラゴンテイル』
「じゃあ、おいらはここで待ってます」
案内役の作業員が横穴の入り口で止まり、手に持っていたランタンをレイルに渡した。
「わかった。この先はどのような構造になっているか教えてくれ」
「へえ、構造も何も、この横穴は真っ直ぐでさぁ。真っ直ぐに行くと開けた場所に出ます。そこは十字路になっていて、そのどちらに行っても行き止まりです。途中まで掘ったら、神隠しが起こりましたから」
「その神隠しだが、今までどれぐらいの人間が消えたんだ?」
「さぁ? わかりません」
「わからない?」
「ネタばらしするわけじゃないんですが、おいらは神隠しなんてただの噂だと思ってるんでさぁ。いなくなった奴らは、たんに労働がきつくて逃げ出したんじゃないかなぁ、と」
「さっき大げさな仕草で牛の頭を見たとか言っていたではないか」
「それもよく覚えてなくて。酒飲んでたんで、見間違いかもしれねえ。すんません」
「…………行こう」
レイルは呆れたのか、それ以上何も聞かず、すたすたと横穴に入っていった。ヴァレンタインたちもあとに続いた。
「大きい……」
ルーシィが口をぽかんと開け、天井を見上げた。
確かに、その横穴はとても大きな坑道だった。
青い岩がむき出しで、緩やかに下り、わざわざ風車を使って空気を送る必要などないほどに天井が高かった。
片側の壁には金具が付けられていて、そこに火の消えた松明が差し込んである。先端を触ってみたら指先が黒くなった。油だ。
レイルがランタンの火を使い、点火した。松明を取り外しジョージに渡した。
ジョージはその松明の火を使って、道すがら他の松明に火を点けていった。
それで、どれぐらい進んだだろうか。
「長い」
エドが言った。左手に持っていた盾を地面に置いて、肩を回した。
「確かに長いな」
レイルがランスを肩に担いだ。ランタンを振り回し、壁を照らし出す。
青い岩が濡れてきらきら光っている。入り口の岩肌よりも湿り気があった。
ヴァレンタインたちはここまで相当な距離を歩いていた。
始めは慎重に、注意を払いながら歩き、途中からは緊張も解れたこともあり普通の速度で歩いた。
すでに一時間は経過しているはずだ。
振り返れば松明の炎が一直線に続き、坑道を照らし出している。
「作業員の話では十字路があるはずですが……」
ジョージが言うと、ルーシィが指差した。
「見て。あそこ」
レイルがランタンを前方に高く掲げた。奥が照らし出され、坑道の壁が途中で切れているのが見える。
ヴァレンタインたちは先に進んだ。開けた場所に出た。
今まで来た道と同様、壁に松明が一定間隔で設置されているので、ジョージが自分の松明を使い、火を点けていった。部屋の中が明るくなった。
そこは丸く刳り貫かれた広々とした空間だった。作業員が言っていた通り、十字路になっていて、前と左右に坑道が続いている。
ヴァレンタインたちは反時計回りに一つひとつの坑道を見て回ったが、いずれも先が短く、岩が道を塞いでいた。全て行き止まりで、そこにカインの姿はなかった。
元の場所に戻ってくる。
そこでヴァレンタインは気づいた。入り口から歩いてきた坑道が暗くなっている。松明の炎が消えていた。
「火が消えている」
「本当だわ……」
ルーシィが不安そうな表情を浮かべる。
「……風だろ」
エドが来た道に戻ろうとして、急に後ろに飛び跳ねた。
「な、なんだこれ!」
「どうしたんだ?」
ジョージも道に入ろうとして後ろに飛び跳ねる。
「壁だ、壁がある」
驚いた様子で指差した。
ヴァレンタインたちも確認する。手のひらを前にして、腕をゆっくりと伸ばした。柔らかい膜のようなものに触れた。指を曲げ、握ってみる。指先が膜を引っ張る感覚があった。
皆で手分けして、両手を上下左右に滑らせながら、膜がどこまで続くか確認した。流石に天井までは手が届かなかったが、左右は確認できた。十字路と道を隔てるように膜が広がっている。
レイルが両腕を突っ張らせてぐっと押してみた。弾力があり、少しは凹むも、それ以上は押し返せなかった。
「一体これは……」
レイルは困惑している。ルーシィが膜を指でつんつんと触った。
「これ……」
「どうした、ルーシィ?」
「もしかしたら切れるかも」
ヴァレンタインはダマスカスの小剣を抜いた。切ろうと振り上げた瞬間、目の前の空間が歪んだ。膜が膨らみ、ぐぐっと押し出される。
ヴァレンタインたちは後退した。
膨らみは縮んで人の腕、いや腕の骨らしき白い物体になった。筋も皮膚もないのに一個一個の骨がばらばらにならず、繋がっている。
二の腕、肩、頭蓋骨の前頭部が力強く押し出され、何もない眼窩がヴァレンタインに向けられた。
下顎骨がかたかた動き出し、掠れた声らしきものが広い空間に響いた。
「――たすけ――ここからだし――」
ランスが頭蓋骨に突き刺さる。砕け散った。
「レイル!」
「何をぼさっとしている! 民間人は後ろに下がれ!」
砕けた骨が水底に沈むように漂い、膜の向こう側に広がる闇の世界へと消えていった。
ヴァレンタインは後ろに下がり、膜全体を見渡した。いくつもの膨らみが左右、帯状に現れ展開している。
何体もの白骨の骸が膜を身に纏い、こちら側に押し寄せて来る。
彼、彼女たちは全員武装していて、剣や槍、斧らしき物を手に持ち、中には鎧らしき物を装備している者もいた。
だが全ての装備は錆び、腐り、ぼろぼろで少しでも衝撃を加えれば、簡単に壊せそうだった。
「ジョージ、エド、ルーシィ、敵だ迎え撃て!」
「敵って……」
ルーシィは身がすくんでいるようだ。他の二人も顔に恐怖の色がにじんでいる。
レイルの死角で骸が剣を振り回した。ヴァレンタインはさっと割って入り、両足を浮かせ、ダマスカスの小剣で柔らかく受け止める。着地と共に骸に身を寄せ喉元を掻っ切った。
白骨を覆っていた膜が切れ、水のような透明な液体があふれ出した。
骸が喉元に両手を当てる。悲鳴のような、何とも言えない雑音を上げた。
痛みがあるのか……?
「――あ、りが――と」
そう言って骸はばらばらと崩れ去った。
ヴァレンタインはなぜだか、とても胸が痛むのを感じた。
「見てみろ。倒せない相手ではない」
レイルがランスを構えた。骸たちに突撃した。
「私に続け!」
奮い立ったジョージ、エド、ルーシィが兵器を構え、あとに続いた。
ジョージが軽やかな動きで体を回転させ、メイスを振り回した。骸に遠心力のかかった打撃を加える。肋骨が砕け散った。
エドが盾で受ける。ショートスピアを突き出し骸の鎧を貫通した。
ルーシィは骸たちと距離を取りながら矢を放ち骸たちの膜を破った。
水が溢れる。
骸たちはただの白骨となり、膜の向こう側に沈んでいった。
「くそ、数が多すぎる」
レイルがヴァレンタインに背中を合わせ言った。彼は息切れ一つしていなかったが、他三名は明らかに疲弊していた。
倒しても倒しても骸たちが膜の向こうから押し寄せて来る。
ヴァレンタインはこの美しくない乱闘の中で思い出していた。
騎士学校の授業、歴史の時間、戦記マニアの指導騎士が熱心にアレを講義している姿を。
太陽王が神々との戦いで編み出し、大陸平定で完成させた美しい戦術を――。
エドの盾を見た。ジョージのメイス、レイルのランスを見る。ルーシィの弓へと目を移す。それらが一つの線となって繋がり、巨竜の尻尾を想像させる。
自分にできるのか?
あれには強力な統率力が必要だ。兵士との信頼関係に左右されない、人の生存本能を引き出すほどの統率力が――。
……いや、今は迷っている暇はない。
あの時、自分よりもはるかに優れた父が死んだとき、降伏するのが最善の策だと考え、戦いを放棄したが今回は違う。相手は人ではない。降伏さえ許されない状況だ。
サミュエルの言葉を思い出す。『君は指揮官に向いてるな。先ほどの言葉で皆が一瞬で緊張したぞ』
ヴァレンタインは腹を括った。
「レイル、俺に作戦がある」
レイルはランスの先端を骸の頭から抜いた。
「何だ?」
「このままではあの骸たちに負ける」
「そんなことはわかっている。せめてお前だけでも逃がしてやるから待っていろ」
「違う! そのようなことはどうでもいい。俺が言いたいのは『陣形』を組めと言ってるんだ」
「陣形……? 方陣のことか?」
「いやそうじゃない。大規模戦闘ではなく局地戦での陣形だ。……その顔、やはり帝国には存在していないようだな。王国でも古い知識で、騎士はおろか、王家の人間でさえ使える者がいないからな」
「勿体ぶらずさっさと言え!」
「まあ、待て」
ヴァレンタインは骸の斧をかわし、喉を掻っ切った。
「レイルは神話に出てくるドラゴンという生物を知っているか?」
「ドラゴン? ああ、あの太陽王が倒した神々の使い、空想上の生き物か」
「そう、そのドラゴンには巨大な尻尾があったと言う。トカゲの尻尾みたいな奴を想像してくれ。今から行う陣形はそれを表現したものだ」
「副隊長!」
エドが叫んだ。
骸の数がさらに増していて、包囲されつつあった。じりじりと動ける範囲が狭まる。
「丁度いい」
ヴァレンタインは声を張り上げた。
「皆、聞け! 今から陣形『ドラゴンテイル』を組む!」
「ドラゴンテイル? って何ですか!」
ジョージがメイスを振り回した。
「エドを最前線に、右後方にレイル、ジョージ、俺、ルーシィと順番に、斜め一列で並ぶんだ」
「それで!」
ルーシィが矢を放った。
「エドは攻撃をやめ、盾での防御に徹する。レイルが飛び出し、防御した敵を攻撃する。ジョージも飛び出してそばの敵に攻撃を加える。俺もルーシィも同様にして近くの敵を攻撃する。位置関係を保持しながら順番に、相手を選ばず、近くの敵だけに集中するんだ。敵は脆弱、集団としてもまとまりがない。俺たちは常に鞭のように撓りながら動き回り、敵をなぎ払う!」
「……言うのは簡単だが」
レイルが言葉を切った。ランスを振り回し、近寄る骸たちを威嚇する。
他の兵士たちも迷っている。レイルの命令を待っているようだ。
ヴァレンタインは一喝した。
「ここは戦場だ! 迷うな! 考えるな! 今まで積み重ねてきたあらゆるものを今、この瞬間のために使え! 君たちは兵士、戦うためにここにいる!」
兵士たち、レイルも含めた全員の顔が一瞬にして緊張したものになった。一斉に動き出し、ヴァレンタインの言った通りの陣形を組んだ。
「前進!」
ヴァレンタインの号令で個の動きが連なり、一つの有機体が出現する。
エドが盾で受け、レイルがランスで突き刺す、そこに近寄ろうとする骸をジョージが砕き、次の骸をヴァレンタインが切り裂いた。最後にルーシィが目に付いた骸に矢を射る。
陣形『ドラゴンテイル』はうねり、襲いくる骸の群れをなぎ払った。
「よし! このまま蹴散らすんだ!」
ヴァレンタインは次の連携に備え小剣を構えた。指に通した神器の指輪が赤く光っている。
「指輪が……」右手が炎に包まれた。
「ヴァル!」レイルが叫んだ。
……やはり、熱くない。
ヴァレンタインは炎の揺らめきに何か、意志のようなものを感じた。とても懐かしい、古い知人に会ったような……。
名前を呼んだ。
「スル……ト」
右手の炎が飛び散り、一気に広がった。陣形を包み込み、下半身のない巨人を象る。
巨人は右手に持った炎の剣を振り回し、三六〇度、衝撃波を発生させ骸たちを吹き飛ばした。
十字路は炎の海と化した。