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第8話 編成

 神器とは万物に宿っていた神々を納めたひつぎである。

 それを使えば生きた神々がそうであったように、火付石や藁がなくとも炎を生み出せ、晴れた空に雲を起こして雨を降らすことだってできた。

 神器にはそのような人智を超えた力が秘められていた。


 かつて太陽王の治めた『黄金の時代』には人が神器を使い万物を支配していた。

 時の流れと死の定めばかりはどうにもならなかったが、それ以外は人の思うがまま、皆が飢えることなく、健康に生きることができた。


 だが今の世にそのような便利なものは存在しない。神器は太陽王の大陸平定を境に表舞台から消え去り、神話の世界に埋もれてしまった。

 なぜなら、全ての神器を太陽王が回収し、ダンジョンと呼ばれる場所に封印してしまったからだ――。


 ヴァレンタイン、クレア、マクベスは盗賊に遭遇するかもしれないからと、サミュエルから貸し出されたレイル他三名の兵士と共にカインのもとに向かっていた。


 兵士輸送用の軍用馬車に乗り、森の中に造られた道を走る。

 帝国軍が木を伐採し、砂で舗装した兵站線で、この道を使えば森に隠れながら帝国各地の補給物資を前線へと輸送できる。

 荷台の外で馬の手綱を握るマクベスが大声で言った。


「今度こそカイン坊ちゃんと会えればいいのですが!」


 カインの情報をもたらしたのはサミュエル隊の分隊だった。

 彼らは朝方、盗賊を警戒するため森の中を巡回していたらカインたちと出会ったらしく、直接、話も聞いていた。

 どうやらカインたちはミリア村西にある鉱石の採掘場に行こうとしていたらしい。


 そこは近年、発見されたばかりの鉱床こうしょうで、王国との戦争により急速に発展した採掘場だった。

 鉄や銀、すずなど様々な鉱石が採れる。また、ごく僅かではあるがダマスカス鉱石などの希少金属も採れるという。

 さらに兵站線と繋がっていることからもわかるように、精錬所や兵器の製造所も併設されていて、帝国軍にとって重要な拠点の一つだった。


「根をかわしますぞ!」


 マクベスが叫んだ。

 屋根付きの荷台が大きく揺れた。馬車が蛇行を始め、不安定になった。このままでは横転するかもしれない。速度が上がり過ぎている。


 鉄や木でできた軍用馬車は重く扱いが難しいため、操縦するには特別な訓練が必要だった。

 扱える者はサミュエル隊にも数人しかおらず、不幸にもその全ての者が、戦争が終わったこともあって、別の任務でミリア村を出払っていた。

 経験者はかつて商会の仕事で操縦したことのあるマクベスしかいなかった。


 馬車の後ろを馬で走っていたレイルが速度を上げ、マクベスの隣に並んだ。


「マクベス殿、速すぎる! もっと手綱を締めるんだ! それぞれの馬を同時に、真っ直ぐに!」

「わかり申した!」


 マクベスが手綱を引いた。馬車の速度が落ち、蛇行が弱まる。安定した。


「助かりましたぞ!」

「軍用馬車も、ゆっくりと走らせれば民間の荷馬車とそう変わらない。ゆっくりだ!」


 レイルはそう言い残し、馬車の後ろ、元の位置に戻った。そしてまた目線を落とし馬の背を見つめる。険しい表情をした。

 村を出てからずっとあの調子だ。


 ヴァレンタインは貸し出された兵士の一人、痩せ型のジョージに事情を聞いた。

 彼が言うに、副隊長は隊長の補佐役であり、任務中はいつも隊長のそばにいなければならないらしい。だから、このように単独で村を離れることは珍しく、つまり……。


「そう、ですから、この任務は副隊長自らの志願となります」

「志願?」

「そうです。村にすぐ戻れるよう一人だけ馬に乗っているのもそのためです。多分、副隊長はカイン殿を見逃してしまったことに責任を感じているんでしょう」


 荷台が揺れ、ジョージの兜が斜めに傾いた。それを即座に両手で戻す。兜はジョージの頭より少し大きめで、サイズが合っていないようだった。

 隣に座るもう一人の兵士、小太りのエドが人のよさそうな顔で言った。ジョージと違って彼の兜はびくともしなかった。


「副隊長は堅物だからな」

「そこがいいとこなのよ」


 唇に真っ赤な口紅を塗った、ちょっとだけ厚化粧のルーシィがレイルのほうをうっとりと眺めている。

 レイルが顔を上げた。ルーシィが投げキッスをするがレイルは興味なさげにまた馬の背を見つめた。

 帝国には女性の兵士がいるとは聞いていたが……。

 ヴァレンタインは彼女が軍服を着て、男性兵士たちと対等に話している光景に驚いていた。性差別のある王国では考えられない光景だった。


「ルーシィ、一度ふられたのにまだ諦めてないのかい?」ジョージが言った。

「当たり前でしょ。レイル様はあの若さで副隊長になったエリートよ。それに他の男と違って誠実、絶対浮気なんてしない。そんないい男、簡単に諦めるわけにはいかないでしょ」

「恋する女は強いな、羨ましいよ」

「まあね。レイル様との出会いは運命だから、私はこの恋に人生をかけてるの」

「恋ですか?」


 クレアが反応した。彼女は動きやすいパンツルックだった。

 ブラウスにロングコート、ロングブーツ、長い金髪を馬の尻尾のように縛り、ヴァレンタインの隣に座っていた。

 先ほどの噴水の件からどこかよそよそしい。ヴァレンタインと目を合わそうとしなかった。


「そうですよ、恋です。クレア様は恋をしてますか?」

「私は……よくわかりません」

「わからない?」

「人が人を好きになる気持ち、恋する気持ちってどのような感じなのでしょうか?」

「えっと……」


 ルーシィはレイルに目を向けた。


「いつもその人のことばかり考えてしまう。その人のために何かしてあげたくなる。ずっと一緒にいたい、……そんな感じかな」


 ルーシィはとても優しい顔をしている。


「そう、ですか……」


 クレアは黙ってしまった。顔色が悪い。


「恋って言えば」


 突然、エドがヴァレンタインに言った。


「ヴァルさんは薬師くすしのエリス嬢と付き合ってるんですか? 昨晩、お二人の姿を酒場で見たって同僚が言ってましたよ」

「エド、いきなり失礼だぞ」

「それはそうだが、ジョージ、お前も気になってるんだろ?」

「おおおお俺は」


 ジョージは両手を突き出し、猛烈に否定した。


「安心しろよ、お前だけじゃないって。サミュエル隊の独身男子全員が気になってるんだからさ」

「レイル様は違うわよ!」ルーシィが怒る。

「じゃあ、副隊長以外で」


 エドはやれやれという顔をした。


「で、ジョージ、ここは一つ、エリス嬢に思いを寄せる君たちに代わって俺がはっきりさせようじゃないか、んん?」


 ジョージが複雑な表情でヴァレンタインを見た。エドも見る。ヴァレンタインは困った顔をして空を見上げた。


「……付き合うも何も俺は……」


 今まで貴族として贅沢な暮らしをしてきた。だからこれからは苦労をしようと決めた。

 貴族と苦労は無縁だから、苦労さえすれば貴族ではない、本当の自分になれる気がした。


 でも、それは自分がそうしたいからそうしているだけで、そのようなことに出会ったばかりのエリスを巻き込むわけにはいかない。ジェイドは巻き込んだけれども。


 それに、そもそもエリスが自分のことをどう思っているかなんてわからない。


「まだ会ったばかりだし……」


 ヴァレンタインはエリスの涙を思い出した。


「俺は……」


 クレアがコートのポケットからハンカチを取り出し、口元に当てた。前のめりになり吐きそうになった。目尻に涙を浮かべ、苦しそうだ。

 おそらく車酔いだろう。


「大丈夫か?」


 ヴァレンタインはクレアの背中をさすった。


「あ……」


 クレアは一瞬、体を緊張させたが、すぐに緩めた。


「……はい。大丈夫です……」


 そうは言うものの、本当は苦しいのだろう。ヴァレンタインは胸が痛み、涙ぐんだ。


「頑張れ、頑張れ……」


 背中を優しく撫でた。


「……ヴァルさん……」

「ちょっと、あんたたちが馬鹿な話をしているから」


 ルーシィが身を乗り出した。クレアの隣に座り、ヴァレンタインと変わった。背中をさする。

 ジョージとエドは兜を脱いで申し訳なさそうに頭を下げた。


「すいません」

「ごめんなさい」


 その後、クレアは何とか持ち直し、荷台の中に鉄の臭いが漂い始める。空気が煙たい。

 馬車が止まり、マクベスが大声を上げた。


「採掘場につきましたぞ!」


 森の中にぽっかりと巨大な穴が開いていた。穴の周りには小屋がいくつも建てられ、空気は製錬所から出た煙で濁っていた。

 汚れた服を着た作業員らしき男たちが忙しそうに走り回り、採掘場は喧騒けんそうとしていた。


 ヴァレンタインたちは小屋の一つで採掘場の責任者と面会した。彼の話によればカインたちはすでに穴の中に入っていったらしい。それも、これで三度目だという。

 レイルは責任者を叱責した。軍事上の拠点に民間人を入れるとは何事かと。

 すると責任者はボーンズ将軍からの許可証を見せられたと反論した。


「ボーンズ将軍が……」


 レイルは腑に落ちない様子でヴァレンタインたちのあとをついて来る。

 先導する案内役の作業員が冗談めいた口調で言った。


「今ごろあの人たち神隠しに遭ってなけりゃいいんですがね」


 ヴァレンタインは聞いた。


「神隠し?」

「その坑道ではときどき人がいなくなるんでさぁ。奥から獣のような鳴き声が聞こえたり、体の透けた幽霊を見たなんて奴もいるんです」

「そんな馬鹿な!」


 エドが言った。ジョージ、ルーシィも半信半疑のようだ。


「いやいや、これは本当の話でさぁ。おいらもちょっと前に牛の頭をした、こんなごつい化け物を見ましたからね」


 作業員が大げさに手を動かした。


「……そんな化け物を見て、よく無事でいられたな?」


 レイルは全く信じていない素振りで言った。


「そりゃ全速力で逃げやしたから。おいら足の速さには自信あるんで。あ、ここです」


 縦穴へ降りる入り口にたどり着いた。

 見下ろすと縦穴の壁沿いに足場が組まれ、螺旋を描きながら真下に向かっている。

 壁の所々には横穴が開いていて作業員が出入りし、空気を送るためか、風車らしきものが出入り口に設置され、地の底から吹き上がる風で回っている。


「カイン殿はあそこの横穴に入ったのだな?」レイルが聞いた。

「へえ。あの黄色い塗料で縁取りされた穴でさぁ」

「あの横穴はどこか別の穴に繋がっているのか?」

「いいえ、出るにも入るにもあそこだけです。でも、おいらたちさえ知らない抜け穴があるかもです。何せあそこは神隠しが起こるところですからね」

「……ここで悠長に待っているわけにはいかない。急いだほうがいいな。三人とも準備しろ」


 兵士三人が馬車に戻り、荷台から兵器を降ろした。三人とも他の兵卒と同じ金属の胸当てを装備しているが、手に持つ兵器は一般的な兵卒が持つ長槍ではなかった。

 ヴァレンタインが不思議そうな顔をしていると、ジョージが教えてくれた。

 帝国軍では学校で専門的な訓練を受けたあと、ある一定の成績を上げた者に対し適正武器が支給されるらしい。


 ジョージは片手で扱えるメイスを見せた。これだと相手の武器を破壊、弾くことで無力化できるからと彼は言った。

 エドは鉄と木材を組み合わせて作られた大きな盾を左手に持ち、右手には片手でも扱えるショートスピアを装備している。

 ルーシィは弓矢、女性でも簡単に引けるショートボウを装備していて、矢の入った筒を背に担いでいた。弓も矢も赤く塗られているのは彼女の趣味だろう。


 レイルは荷台からランスを取り出した。以前、馬の上で使っていたものよりも短く、徒歩でも扱える大きさのものだった。彼はその他にも胴体をすっぽり覆う鋼の鎧、腰に片手剣を装備した。

 クレアとマクベスは念の為、入れ違いに出てきたカインを逃さないため、入り口で待機することになった。

 ヴァレンタインはレイルに聞いた。


「随分、念の入り様だが」

「あの指輪の炎を見たら、これぐらい準備しなければなるまい。私にはもう失敗が許されないのだ」

「失敗? あの時はカインのことに気づかなかっただけだろう? そんなに気にすることでは――」

「……お前に何がわかる? 軍人が任務に失敗するということは部下を死なせるということと同じだ。今回はたまたま運がよかっただけ、もしこれが戦場だったら部下が死んでいたかもしれない。そうなったら私は――」


 レイルは何かを思い出しているのだろう、遠い目をした。


「レイル様、まだお父様のことを……」


 ルーシィが悲しそうな顔をしている。

 レイルははっとして、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……すまない」

「いや、俺は気にしていない……」


 また怒らしてしまった。あの時も、彼女に無責任なことを言って怒られたか。


『一緒に暮らす? 何もかも捨てて? ……ふざけるな! お前は親と血が繋がっていないからそのような無責任なことが言えるのだ。だが私は違う、私には血を継いだ者としての責任がある、私がしっかりせねば王家は、民は――』

「……それで、お前はどうする? 一緒に来るのか?」


 レイルが聞いた。

 ヴァレンタインはクレアを見た。クレアは青い顔をしている。マクベスが背中に手を当て支えていた。


「俺は商会に雇われている人間だ。もちろん行こう」


 クロークの前を開き、ダマスカスの小剣に手をかけた。

 クレアが何か言いたそうに口を開くが、レイルが気づかずに割って入る。


「わかった。お前は一応民間人だから私たちの命令に従ってもらう。いいか?」


 ヴァレンタインは頷いた。


「ヴァルさん、これを、お嬢様からです」


 マクベスが近づき差し出したのは、あの神器の指輪だった。青サビがきれいに落とされ、本来の指輪の色、赤銅色が表面に出ている。


「カイン坊ちゃんが神器を求めダンジョンに向かったのなら、この指輪が何かしらの役に立つかもしれません」


 ヴァレンタインはクレアを見た。彼女は心配そうに見つめている。ヴァレンタインは微笑むと、指輪を右手人差し指に通し、レイルたちと一緒に縦穴沿いの階段を下り始めた。

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