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第5話 スカート卒業

 詰所から出たヴァレンタインはクレア、レイルと一緒に村の通りを歩いていた。

 晴天の昼下がり、昨夜、小屋から運ばれた際には見えなかった詰所の周りがよく見える。

 詰所の前には円形状の噴水があり、雪を被った女神の彫像が水瓶を脇に抱え、噴水のプールを一杯に満たしていた。


 噴水を囲み、放射状に広がる通りには多くの店が軒を連ね、看板から、いずれも専門店であることがわかる。

 肉や魚、野菜、服など生活するために必要なものが一通り売られているようだ。


 その店の前を多くの村人が行き交い、農作業から帰ってきた泥で汚れた若者、買い物に来た婦人、皆それぞれに動きやすい服装をしているが、どこか統一感のなさ、ばらばらな印象を受ける。

 生まれや背景、多種多様な人間がこの村に集まり、様々な文化を持ち込んでいるのだろうか。


 ヴァレンタインはノースランド城にあった資料を思い出す。

 確か、ミリア村は森に囲まれた、近くには鉱山がある場所にあった。

 自然資源が豊富に採れ、それらを求めた多くの開拓者が集まり栄えてきた歴史がある。

 近年は戦争の影響で滞りがちではあったが、王国と帝国の国境沿いにあるため、人や物の流れが盛んで、村の人口は年々増えていた。

 数年前のノースランド城調べによると村の人口は八千人近くいて、それ以前に調べた年の約三倍にも増加していた。

 おそらく、この通りの人の多さから、現在ではもっと増えているようだ。


「レイル様」クレアが言った。「宿に帰る前に商会に立ち寄りたいのですが」


 チェルシー商会は噴水の通りから離れた、奥まった場所にあった。

 サミュエル隊の詰所よりも大きな建物で随分と奥行きがある。

 看板を掲げてあるが、通りの専門店と違って何を取り扱っているのかわからない。

 店の前には三台の荷馬車が置いてあり、繋がれた馬が干し草を食べていた。


 先を行くクレアに従い、ヴァレンタインは階段を三段駆け上がった。スイングドアを押し開け中に入った。

 そこは倉庫だった。高い天井に埃が舞い、天窓から差し込む日差しが無数の木箱を照らしている。


 ふたの開いた木箱を覗いてみると、中には黒いワイン瓶が木くずと一緒に入っていた。木箱の側面にはワイン造りの名手として知られる王国の貴族、ヴァイオレット男爵の名前が焼印やきいんで刻まれている。


 戦争が終わったとは言え、王国と帝国の関係は今なお緊張状態である。だが民間を通しての交流はまた別の話である。

 クレアが積まれた木箱と木箱の間を歩き、奥のほうに入っていった。


「ほら早く行け」


 背後のレイルに言われ、ヴァレンタインもあとに続いた。

 木箱の中身はワイン瓶だけではなかった。衣料品、薬などもあった。兵器も多く、壁には何本もの槍が立てかけられていた。

 途中、帽子を被った少年とすれ違った。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ごきげんよう、ホーリー。マクベスは奥ですか?」

「はい。難しい顔をして帳簿を見てますよ。支店長は相変わらずですが」


 建物の奥、角の部分に開けた空間があった。倉庫との仕切りはなく、大きなテーブルが一つ置いてある。書棚がいくつか壁に並んでいた。

 天窓の日差しが斜めに走るその空間で、二人の男がテーブルに座り、せっせと帳簿のページをめくっていた。


 一人は髪を油で整えた冴えない感じの中年で、もう一人はおでこが頭頂部にまで達し、残った灰色の髪が重力に逆らって真横に伸びた年寄りだった。


「ウィント! ここだ、ここ! ここが間違っておるぞ!」


 年寄りが帳簿を手に取り、指差した。


「ああ、おやっさん、すんません」


 ウィントと呼ばれた中年は頭を掻いた。


「全くお前という奴は、もう一国一城の主なんだから、しゃきっとせんか」


 中年は苦笑いを浮かべた。


「いやあ、おやっさんにはいくつになっても敵わんな」

「マクベス、いいかしら」


 クレアが年寄りに声をかけた。


「お嬢様! カイン坊ちゃんの行方はわかりましたか?」


 クレアは首を振った。


「でもサミュエル様には兄さまの見た目、性格など、特徴を伝えましたから、見つかり次第すぐに連絡が来るはずです」

「そうでございますか……」


 マクベスはレイルに目を向けた。


「あなたは確か、レイル様でしたな。お嬢様を助けていただきありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる。


「気にするな。帝国軍人として当然の務めを果たしたまでだ」

「はい、ありがとうございます……。でもまさか、ミリア村にカイン坊ちゃんが姿を現したと聞いて、雪降る中、帝都からわざわざ来てみれば盗賊に襲われるとは……。このマクベス、旦那様に何とお詫びしてよいやら、昨晩は眠れませんでした」

「マクベスはいつも大げさですね」

「大げさなものですか……」


 マクベスはため息をついた。顔をしかめる。でもすぐに笑顔になり、ヴァレンタインに目を向けた。


「それでお嬢様、そちらの一緒に来られた見目麗しいご婦人はどなたですかな?」

「この方は……」


 クレアは申し訳なさそうな顔をしてヴァレンタインを見た。

 ヴァレンタインは首を振り、微笑んだ。事情を説明した。


「――そうでございましたか、あなたがお嬢様を……」マクベスは頭を下げた。「お嬢様の命ばかりか純潔までも守っていただきありがとうございました」

「じゅ、純潔!」


 レイルが大きな声を出した。クレアの体をじろじろ眺める。


「ああ、おやっさん、そういうデリケートなことは言わないほうが……」


 そう言ってウィントはクレアの顔色を伺う。

 クレアはとくに恥ずかしがる様子もなく、嫌そうな顔をすることもなく、両腕を体の前で組み合わせ、じっとしている。何の反応も見せなかった。

 ヴァレンタインはマクベスに言った。


「俺のほうこそ礼を述べたい。商会に雇ってくれて助かる」

「就職の件ですな。わかりました。お嬢様が望むなら私も歓迎しますぞ」

「ありがとうマクベス、それでヴァルさんには私の手伝い、一緒に兄さまを探してもらおうと思っているのだけれど」

「なんですと……」

「あなたも年ですし、近ごろは腰の具合もよくないでしょう? これ以上、無理はさせたくないのです」

「私は大丈夫です。まだまだお嬢様のために――」


 マクベスは椅子から腰を上げるも途中で苦悶の表情を浮かべ、動きを止めた。腰を押さえつけ、前のめりになった。

 クレアはマクベスのそばに寄り、腰に手を当て、さすった。


「無理をしないでください」


 マクベスは観念したのか、テーブルに手をつきながら回り込み、ヴァレンタインに近づいた。そばまで来ると、じっと目を見つめる。


「……少し不安ですが、まあ、よろしいでしょう。ヴァルさん、と申されましたな。お嬢様は嫁入り前のお方、変な気を起こされないよう」

「マクベス」


 マクベスはちらりクレアを見ると元の場所に戻っていった。


「ヴァルさん、兄さま探しの件、よろしいですか?」

「俺は構わないが……」

「ありがとう。それでお給金のことですが、当座の生活資金はありますか? もしなければ前払いしますが」


 ヴァレンタインは背中に担いでいたバッグを下ろし、小さな麻袋を取り出した。中から宝石の一つ、エメラルドのペンダントを取り出し、テーブルに置いた。


「これを換金すれば、しばらくの間は何とかなると思う」

「ほうほう、これはこれは」


 マクベスの目の色が変わった。


「ウィント、拡大鏡を持ってきてくれ」


 ウィントは自分のポケットから、手のひらサイズの拡大鏡を取り出した。


「これでいいですかい、おやっさん」


 マクベスはウィントから拡大鏡を受け取るとペンダントをじっくり眺めた。天窓にかざし、エメラルドに光を当て、指で転がす。きらきらと輝きが変化する。

 テーブルに置いた。


 そばに置いてあった算盤そろばんをつかみ、珠を弾き始める。

 買い取り価格が提示された。

 その価格は王国通貨に換算すれば相当よい金額だった。帝国の物価はまだわからないが、王国の平民だったら一年は楽に暮らせる金額だ。

 レイルが言った。


「とんでもない金額だが……」


 マクベスは眉間を指で揉みながら言った。


「多少傷がありますが、よい品です。大きさもさることながら透明度が高い。それに時機がよかった。今、帝都の社交界ではエメラルドが人気なので、この価格が実現できました。もちろん、お嬢様の命の恩人ですから色をつけさせてもらった分も含まれていますが」

「ありがとう、マクベス」


 ヴァレンタインは売買契約書に『ヴァル・ローゼ』とサインし、帝国の通貨を受け取った。


「さて、それでは新しく同僚になったヴァル君のために服をプレゼントしよう」ウィントが言った。

「服?」

「その格好ではチェルシー商会の仕事はできないよ。お嬢様付きとは言えね」


 ヴァレンタインは自分のスカートを見た。裾をつまんで少し持ち上げる。

 ウィントが口笛を吹いた。


「本当、女の子みたいだなヴァル君は」

「よく言われます」

「じゃあ何とかしないとね。おやっさん、いいですよね? プレゼントしても」

 マクベスは頷いた。「今回は就職祝いだ。倉庫から好きな服を選ぶといい」


 と言われても、ヴァレンタインは倉庫で木箱に入った服を手に取り、悩んだ。いつも侍女たちに選んでもらっていたので、どうすればいいのかわからなかった。

 レイルが言った。


「迷う必要などない。男だったら迷わずこれだ」


 レイルが持ってきたのは頭部を完全に覆う金属製の兜、表面に凹凸おうとつのついた金属製の鎧だった。

 全身を覆う甲冑の一部で、銀色に輝いている。帝国兵が身につけている実用性のあるものと比べ、どちらかと言えば儀礼的、式典用に見える。


「残りはあそこにあるから装備してみろ」


 レイルが指差した先に甲冑の残りが飾ってあった。


「レイルさん、あんたわかってないな。こうゆう線の細い男には無骨さよりも、洗練された渋さが必要なんだよ」


 ウィントが持ってきたのは襟が立ったベージュのロングコート、黒い中折れ帽子、黒のジャケットとパンツだった。


「いやこちらのほうが似合っている」

「だから違うって」


 レイルとウィントは口論を始めた。男の身だしなみから理想の男性像にまで内容が発展する。

 置いてけぼりにされたヴァレンタインはクレアに言った。


「クレア」

「はい?」

「君に選んでほしい」

「……はい」

「嫌か?」

「いいえ」


 クレアは服飾関連の木箱がまとめて置いてある場所を丁寧に見て回り、服を選び出した。早速、着てみる。


「ほう」

「へえ」


 レイルとウィントが言った。


「……どうでしょうか? 男の人の服を選んだのは初めてだったのですが」


 ヴァレンタインは姿見すがたみで自分の身なりを確認した。

 肩から足まで全身を覆う赤いクローク、襟の開いた白の長袖シャツに黒の革製パンツ、太ももの外側を金属で保護したこげ茶の革製ブーツ、ヴァレンタインは一目見て気に入った。


「ありがとうクレア、この服、大切にするよ」


 クレアは頷いた。そして何か思いついたのか「少し待ってください」と言って木箱に戻る。

 中から黒いリボンを取り出し、ヴァレンタインの背後に回った。

 髪を触り、束ね、リボンを巻きつけ結んだ。


「これで女性に間違われません」

「そうかな?」

「はい」


 ヴァレンタインはクレアの心遣いが嬉しかった。何か返せるものがないか考えた。


「……クレア、一つ聞いていいか?」

「はい」

「君の兄君について経緯いきさつを教えてほしい。俺は君の力になりたい」

「……はい」


 クレアは俯き、話し始めた。


「……兄さまは十年ほど前、十五歳の誕生日を迎えた夜にいなくなりました。俺には冒険が待っていると言って家を出てしまったんです」

「冒険……?」

「はい、冒険です。あの日以来、兄さまは一度も家に帰って来ず、家族の前に姿を見せたこともありません。チェルシー商会の各支店には顔を出しているようなので無事なのはわかっているのですが……」

「そうなんです」


 ウィントが言った。


「坊ちゃんは先日、この支店に現れましてね。これからダンジョンにひと潜りするからと言って、食料や傷薬などをありったけ買っていかれました」

「ダンジョン? あの神話に出てくる?」レイルが言った。

「そうです。あの神話の」

「馬鹿らしい」


 レイルが首を振った。


「洞窟か何かをダンジョンと勘違いしてるのだろう。それに、その神話自体、王国の民が建国の王、太陽王を神格化させるために創り出した虚構だ」

「そうかもしれません。ですが兄さまは本気でした。本気で『神器しんき』を探し出すつもりでした」

「神器だって……」レイルが呆れている。「神器など存在するはず――」

「いいや、ある」


 マクベスが腰をさすりながら奥からやって来た。


「ある? どこにあるんだ?」

「帝国の将軍たち、そして皇帝陛下、あの方たちの神の如き不思議な力、あれこそまさに神器の力ですぞ」

「何?」

「兄さまは子供のころから皇帝陛下に憧れていて、色々調べていたのです。それで神器の存在を知り、冒険の旅に出てしまったのです」

「……陛下が、神器?」

「知らなかったのか、レイル?」ヴァレンタインは聞いた。

「知らなかった……。あの力は修行の賜物だとばかり思っていた。ん? おい、今、私を呼び捨てにしたな!」

「あ、そう言えば相性が合わないとか何とか言って」


 ウィントがシャツの胸ポケットから指輪を取り出した。


「これを坊ちゃんが置いていったんですがね。これも神器とおっしゃってましたよ」


 青サビの入った、いかにも古そうな指輪だった。


「何でも火付石の変わりになるとかならないとか。どうやって使うかわかりませんけど」

「貸してくれ」


 レイルが自分の指に通そうとするが、指が太すぎて通らない。


「駄目か」


 悔しそうだ。


「お嬢様なら通るんじゃないですか」

「ならん。もしそれが本物の神器なら何が起こるかわからん。そのようなものをお嬢様につけさせるのは絶対に反対だ」マクベスが止める。

「じゃあヴァルさん」


 ヴァレンタインは受け取り、右手の人差し指に通した。ぴったりと合う。が、何も起こらない。


「やっぱりただの指輪か」


 ウィントが残念がる。レイルは当然という顔をした。

 だが、ヴァレンタインはなぜだろう、その指輪をとても懐かしく感じた。まるで古い知り合いにでも会ったような……。

 指輪を天窓に向け、かざした。

 指輪の表面がほのかに赤くなる。光り輝き、手が炎に包まれた。ヴァレンタインは驚き、手を振った。炎はすぐに消えた。


「お、おい!」


 レイルがヴァレンタインの手をつかんだ。


「あれ?」


 不思議なことに手には火傷一つなかった。落ち着いて思い返せば熱くもなかった。

 その場にいた全員がこの不可解な現象を目の当たりにし言葉を失った。

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