第13話 冒険者取締法
ダンジョンから生還したヴァレンタインたちは皆、疲労のあまり休息を余儀なくされた。
ヴァレンタインは宿屋でクレアに介抱され、レイルたちは隊の寄宿舎で軍医やエリスなどの看護を受ける。
数日が過ぎ、体調が戻ると、ヴァレンタインはサミュエルに呼ばれた。
マクベスと共に帝国軍詰所を訪れた。
隊長室にはサミュエルとレイル、もう一人、初見の女性がいた。
品のある顔つき、灰色の髪をした初老の女性で、薄い緑色のローブを身に纏い、首からロングネックレスを下げている。
サミュエルの机横に置かれた椅子に座り、手に持った木の板に、つけペンで何か書き込んでいる。
ヴァレンタインとマクベスはサミュエルに勧められ、用意されていた椅子に座った。
「ヴァル君、見たところ、体の具合はもういいようだね」
「はい。ダンジョンから脱出したあと、かなりの倦怠感があったのですが、今はもう。数日ベッドで横になったら回復しました」
「それはよかった。いくら突発的な出来事だったとはいえ、君は民間人だ。巻き込んでしまって申し訳なかった」
「いいえ、お気になさらずに。自ら望んでしたことですから」
「そう言ってもらい助かる」
サミュエルは軽く頭を下げた。傍らに立つレイルも下げる。
「さて、本題に入ろう。本日チェルシー商会の方に来ていただいたのは現在我が隊でお預かりしている神器『ゴズアックス』の取り扱いについて話し合うためだ」
マクベスが身を乗り出す。
「軍と商会、どちらが所有するか、ですな?」
「如何にも。私としてはとくに急ぎの案件ではないと考えていたのだが」
「と、仰いますと」
「じつはレイルやヴァル君がダンジョンから戻ったあと、今回の経緯を帝都に報告したら、今朝早く、ボーンズ将軍の使いである彼女が現れてね」
ちらり、サミュエルは隣に座る女性に目を向ける。
「彼女が持参した将軍の書簡によれば、彼女は法律の専門家らしい。そうですな、メル殿?」
メルと呼ばれた初老の女性が顔を上げた。
「ええ、ですが私の専門は法律だけではありません。神器についても専門です。帝国が建国される以前から宰相であるアイズ様と共にずっと研究してきましたから」
メルは椅子から腰を上げ、ヴァレンタインたちに微笑んだ。
「はじめまして。私は帝都から来たメルと申します。ボーンズ将軍からアイズ様に要請があり、アイズ様から私に神器の取り扱いについて説明するよう指示され、ここに来ました。早速ですが、先程、新たに発見された神器の斧をこの――」
メルはネックレスを手に取り、見せる。ネックレスはペンダントで金色の小さな鎖に四角い、金色のカードようなものがついている。
「神器『トートカード』で参照した結果、名称はゴズアックス、ランクはA、牛頭天王の力が秘められていて、装備者の能力を変化させる効果があります。使い方は斬るというよりも力で叩きつけるような感じでしょうか。ちなみに」
メルは手に持っていた木の板を見下ろした。
「牛頭天王についてなのですが、私が以前読んだ文献にその名があったような記憶があります。確か、東方の島国に伝わる神でしたか……」
東方の島国か、もしかしたらジェイドの祖先が暮らしていた場所かもしれない。
ヴァレンタインが以前、ジェイドから聞かされた話、大陸の向こう、海を越えた先にある島国について考えていると、レイルが口を開いた。
「メル殿の仰る通りです。ダンジョンを管理している男、本人は職人と名乗っていましたが、その男からもあの斧はAランクだと聞いております。あと、その牛頭天王についても」
「男……、その方はコールマン殿ですね?」
「ご存知なのですか」
「ええ。ダンジョンを管理している者は複数いるらしいのですが、実際に姿を見せ、その存在を確認できているのは男性と女性二人だけです。男と仰ったのだから、きっとコールマン殿のことでしょう」
「なるほど」
「それにしても、そうですか、彼が言っているのなら間違いないでしょう。というなら話は早い。ボーンズ将軍からはAランク以下の神器は発見者の好きにしてもよいとのこと、もし仮にSランク以上の神器が見つかった際は一般人に何かしら危険、影響を与える可能性があるため必ず報告しろとのこと、なので、今回の神器は『冒険者取締法』にある『獲得物の取り扱いについて』に該当すると考えてよいでしょう。サミュエル殿、あとはよしなに」
サミュエルが頷いた。
「わかりました。神器は法に則って適切に処理します」
「よろしくお願いします」
ヴァレンタインは手を上げた。メルが目を向け、言葉を促す。
「冒険者取締法とは?」
ヴァレンタインの問いにレイルが答える。
「帝国には、皇帝陛下が冒険者であられたためか、己も立身出世を望み、巨万の富を得ようと目論む冒険者が多い。中にはしっかりと教育を受けた優秀な者もいるが、以前酒場でお前たちに絡んできたような輩もいる。そのような者たちを取り締まるために作られたのが冒険者取締法だ」
メルが続ける。
「ヴァルさんは王国出身だと聞きましたが」
「はい」
「では、少しわかりにくいかもしれませんね。……例えば王国の法では、猟師が獲物を仕留めた場合、その獲物は誰のものになりますか?」
「……猟師のものです」
「ええ、確かに。実際はそうでしょう。でも王国の法では基本、その猟師が獲った物は、その猟師の住む領主のものとなります。つまり貴族や王族のものです。ですが帝国の法では猟師が獲った物は全て猟師のものとなり、売った場合は金額の七割が猟師のもの、残り三割が帝国のものとなります。もし猟師が複数だったら、七割のうちから均等に分ける。……このように帝国の法では予め配分を決めることにより無用な争いを避けつつ、働けば働いたほど自分の収入を増やせる保証を与え、その保証を担保するために収入の一部を提供してもらう、そのような仕組みとなっております」
「ということは、あの手に入った神器についても他の獲得物と同様に考えていいわけですな? 軍だけでなく我らチェルシー商会にも所有する権利があると?」
「ええ。ですがあの斧は一つだけ、二つに割るわけにもいかないでしょう。そこで、これは法律家としての提言なのですが、軍と商会の共同出資で『ギルド』を設立してみてはどうでしょうか?」
――マクベスはサミュエル、メルとギルドについて、さらに細かい話をするために隊長室に残った。
ヴァレンタインはクレアとの約束があったので先に帰される。
レイルと一緒に詰所から出ると、玄関先で待っていたルーシィが声を掛けてきた。屋外訓練場に案内される。
そこは詰所の隣にある、楕円形に芝が植えられた場所だった。
芝の周囲には赤土が撒かれ、踏み固められており、その上をよく兵士たちが隊列を組んでぐるぐる走っている。
でも今は誰も走っておらず、訓練場の一角に集まり騒いでいた。
ヴァレンタインたちが近づくと、兵士たちがさっと道を開けた。道の先にはゴズアックスが地面の上に立たされている。
「レイル様、あのゴズアックスを持ってみてください」
ルーシィがレイルに歩み寄り、ゴズアックスを指差した。レイルは素直にゴズアックスを手にし持ち上げる。
「じゃあ次にこの綱を持ってみてください」
エドが綱を持ってくる。レイルたちのいる場所から少し離れた所に軍用馬車の荷台が置いてあり、綱はその荷台に繋がっている。
レイルはこちらも素直に空いた手で握る。
ジョージが言った。
「さ、引っ張ってみてください」
荷台が勢いよく動き、レイルに向かってきた。あわやぶつかりそうになり、レイルは片足を振り上げ、荷台を止めた。軸足が地面を抉る。
「――おい! 危ないではないか!」
「す、すいません」
「まさかこんなにも勢いづくなんて」
「流石、レイル様」
ジョージとエドが平謝りする中、ルーシィはうっとりしている。ヴァレンタインはルーシィに聞いた。
「もしかしてこの神器について調べたのか?」
「そうなんですよ。私たちが休んでいる間、他の隊員が調べてくれたみたいです」
どうやら隊の中にゴズアックスを手に持つことができたレイル以外の兵士が二人いて、共に背が高く体格もよいのだが、その二人が斧を実際に手に持ち、訓練場を走り込んだり、格闘訓練をしたりなど色々と試したようだ。
その二人が言うには、ゴズアックスを手に持っている間、筋力上昇、体力上昇、速度下降、機敏さ下降などの効果を感じたらしい。
ただ、その効果は接触している間だけで、少しでも接触が解消されたら失われてしまうという。
「凄いな」
ヴァレンタインが兵士たちの自分で考える力、学習能力に驚いていると、レイルが改めて軍用馬車の荷台を引っ張った。今度は力を加減したらしく、荷台の速度は緩やかだ。
「軽い……お前も試してみろ」
レイルに勧められ、ヴァレンタインもゴズアックスに触れた。荷台を引っ張る。確かに軽い。馬で引っ張っていたようには感じない重さだ。
ヴァレンタインは斧を見つめた。
これが神器の力……。
そう言えば、この斧からはブラッドの槍、カインの片手剣のような笑い声が聞こえない。同じ神器なのに……。
その後、ヴァレンタインは兵士たちと談笑し、別れを告げ宿屋に帰ることにした。
「帰るのか」
「ああ、クレアと一緒に家を見に行く約束がある」
「家?」
「これから先、カインが戻ってくるまで、どれほど時間が掛かるか分からないから家を買って、そこを拠点にしようということらしい。なんでも、宿賃よりも家を買ったほうが安くつくのだとか。レイル、俺は帝国の物価についてまだあまり詳しくないのだが、そういうものなのか」
「いや、宿のほうがはるかに安いはずだが……、大商会の令嬢のことだ。何か考えでもあるのだろう」
「……」