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エージェントF 崩壊する都市編 前編

ここからが本編です。書き溜めしてたので、前編は早くに公開できます。

でも中編は・・・・・・


鋭意執筆中です!!

エージェントF 崩壊する都市 第1章 前編


コードネーム


エージェントF 20

主人公の男性。


エージェントD 21

Fの相棒で、情報収集のプロ。男性。


第1章 前編


チャプター1

避難 SHELTER


日本、海上第二新都市計画と、実際の建造期間は、西暦2020年に完成した。東京本土と新都市を結ぶのは一本の首都高。

もう1つの手段は、貨物船による食料や衣料品と薬品の輸送航路だけ。それが第二新都市だ。

5年前の失敗を活かして、各区画には徒歩でも移れる連絡橋がある。

西暦2022年4月4日の夜9時。首都高から、かなりの速度で都市へと近付く1台の乗用車。

運転席に座るのは、20歳の男性。伸びた髪を切るのが面倒で、オールバックの髪と切れ長の瞳。着ているのは、防弾と防刃製のスーツ。

右耳には、小型の通信機。通常のブルートゥースではなく特注品だ。携帯と情報端末化された盗聴器。それらを聞き取れる。

なぜ彼が所有していられるのか。それは、彼が日本特務諜報機関のエージェントだからだ。コードネームはF。

20年も前から始まっていた遺伝子操作と、様々な薬物による身体能力強化。実に多方面の英才教育で才能を開花させた人材。

その中でもFは非常に優秀だった。そうしてプロジェクトを代表する程に成長したFは、ある事件がきっかけで正式な諜報員となった。

そんなFが第二新都市にどんな用事があるのか。ハンドルから左手を離して、Fはリダイヤルをする。

少しの呼び出し時間の後に、通話は繋がった。

「Dか?俺だ」

外見に合うような、渋みのある声。だが、実年齢を考えたら早すぎるに違いない。

『Fか。どうしたんだい?』

Fに対して、相手の声は若い。電話の相手は同じ諜報機関のエージェント『D』。相棒だ。

「本部で妙にリアルで、嫌な噂を聞いてな」

これだけで何を言おうとしているのか。それをDは正確に理解する。本来なら辿り着きたくもない思考に。

『もしかしてBウイルスの事か?』

相棒の察しの良さに、Fは思わず笑みを浮かべる。まぁ見ている人間もいないし問題はない。

「そうだ。どうやら、国は第二新都市をBウイルスの新たな実験場にするらしくてな」

Fがエージェントになる事件。それは5年前に起きた事件をDにも思い出させる。

『国はあの地獄を再現するつもりか!?』

電話越しでも、ハッキリとDの怒りと困惑の声をF彼は聞き取る。それは無理もない事だ。

「グラント博士が、今夜10時に第二新都市の中央ホテルで開かれるパーティーに参加する」

Fは自分が第二新都市へと向かっている理由を明かす。

「既に海底に沈んでいる第一新都市で確認されたBウイルスが、米軍によって回収されてたらしい」

『元々の開発者であるG博士に、抗ウイルス剤を作らせるのか……』

相棒はまだ知らないようだ。実験的な抗ウイルス剤なら、既にブラウン博士が製作している。しかし有効なのかは、検証されていない。

そうであったなら良いと、Dの心の声を聞いた気がする。だが、もう2つの可能性をFは示す。

「もしくは、ウイルスの改良か、第二新都市でのパンデミックを起こすのか」

あまりにもゾッとする未来を示唆されて、電話越しの相棒が絶句する。

そして相棒が、1つの回答を導き出すのをFは理解していた。

『博士は来日の条件に当たり、腕利きの護衛か前回の地獄の生存者を指名したってところか?』

予想通りの答えに、肯定を返すと同時に補足を入れる。

「本部は俺を護衛に指名した」

『…ん…な…そんな!?』

最悪の事態を予測したのか、Dは何かを素早く操作している。

本部への連絡か、もしくは不測の事態に備えるためか。

『9時30分に、中央ホテル屋上にお前の銃「USP」と弾薬を手配した。輸送ヘリが着陸するから受け取れ』

思わぬ気の回しに、つい彼は笑ってしまう。

『どうした?』

不審に思うのも仕方ない。

「いや何でもない。ただ、そこまでDが俺を心配してくれるのが嬉しくてな」

わずかな間に、相棒が照れているのをFは幻視していた。その幻視も決して外れではない。

『相棒を心配するのは当然だろ!!』

今まで一番な大きな声。口調と相手の雰囲気から、かなり照れていて、恥ずかしがっているのを感じ取る。

「とにかくD、俺は博士との合流を急ぐ」

そう言ったFは、アクセルを強く踏み込む。彼の意思と意志に呼応するように車は速度を上げた。



フルスピードで、首都高を走り抜けて中央ホテルの駐車場に。

所要時間は、およそ20分。現在時刻21時20分。

「ようこそ中央ホテルへ。ご宿泊ですか?」

声を掛けてきたスタッフに車の移動を任せる。

「仕事だ。すぐに動かせるよう頼む」

質問に答える声は、スムーズに口から出る。それと同時に1つの依頼を出した。

「かしこまりました。B2階のエレベーター前に駐車させます」

頷いて了承を示し、エレベーターに乗り込む。ホテルは10階建て。その10階のボタンを押す。

(博士が来るのは、15分前だろ。まだ余裕で間に合う)

扉が開いた途端に、Fはエレベーターから降りる。そうして、非常階段の鍵を解除して屋上へ。

遠くからでも分かるヘリのローター音。それは、どんどんFのいるホテルの屋上へと近付く。

(予定時間よりも早い。まぁ時間に余裕が出来るのは、ありがたい事だ)

5分も待たずに姿を現したのは、自衛隊の大型ヘリ。着陸するスペースはない。

懐の携帯が着信を告げる。

『エージェントFですね?相方からの荷物を運んできました』

電話の相手は、名乗る事もせずに確認と用件を切り出した。それに対して、彼は苛立ちも覚えない。相手は若い男だ。

「そうだ。バッグか?ケースか?」

とりあえず、バッグなら高度を限界まで下げてもらおうと考えていた。

『対衝撃用のケースです。鍵はダイヤル式、番号は……』

ヘリのローター音が大きかったが、Fは正確に聞き取った。

「分かった。落としてくれ」

(Dが手配しそうなのは、銃と弾薬にホルスターくらいだろう。一応、衛星対応電話があれば)

そんな事を思考している間に、ケースがFの目の前に落とされる。

ダイヤルを回して解錠。中身を確認する。

(USP、弾薬1と予備弾薬が6。それと……衛星電話かありがたい)

「確かに受け取った!」

大きな声で、直接パイロットと輸送員に礼を述べる。

『それと、Dの口振りからヤバそうに感じたから贈り物を1つ』

追加でケースが落とされる。鍵はなく開けてみると、感謝の一言しか出なかった。

「緊急治療セットか。助かる!」

『Dにはお世話になってますから』

そんなセリフを残して、ヘリは帰っていく。それを見送って、Fはエレベーターへと戻る。これまでに使用した時間は3分。

ヘリが来るまでの待機時間と合わせても6分。パーティー会場となっているのは、3階の大型会議室。

着くまでの時間に、ホルスターを装着して弾薬を入れたUSPをセットしたこと。緊急治療セットは、スーツ下に仕舞い込んだ。

ちなみにケースは屋上に置きっぱなしのまま。

9時30分。3階に到着して、今回の警護任務を依頼したグラント博士の姿を探す。

(任務の際にはG博士と呼ぶように、指示されていたな。周囲に警戒心を与えないためか?)

会場に入った瞬間に、まず目に飛び込んできたのは大きな看板らしきもの。

「G56開発者が明かす成功の秘訣……か」

それと同じくして、入り口の看板にも目が行く。

(G56の生みの親、天才グラント博士来日か)

「失礼ですが、招待状はお持ちですか?」

受付担当らしき20代後半の女性が、話し掛けてくる。それに対して、Fはパーティー関係者に用意された仮の身分を答える。

「警備担当の者です。このバッジを」

そう言って彼が見せたのは、実際に警備を担当している会社の物だ。

「そうでしたか。お疲れ様です」

自分の仕事に戻る受付嬢から視線を外して、グラント博士を探す。博士の方はFに関する情報を、公開出来る範囲内で知らせている。

(そろそろ博士が、到着しても遅くない。エレベーター前で待つか)

そう思考をした瞬間、彼の肩に手が置かれる。もちろん周囲の気配に意識を配っていたFは気付いている。

「待たせてしまったか?」

G56発表時が世界に影響を与えたのが2015年で、今は2022年。7年が経過しているが、容姿はあまり変わっていない。

そのグラント博士の外見は、少しばかり早すぎる完全な白髪と、悪戯心と好奇心を宿した子供のような瞳。日本語は非常に流暢だ。

「いいえ。お初にお目に掛かります」

周囲が気付く前に、博士がFを引っ張って会場の外へ。

「エージェントF、君の過去は聞いている。Bウイルス事件の第一新都市の生き残りで、総合的に極めて優秀だと」

ある意味で、申し訳なさそうな表情なのは、Bウイルスの原型を作った事だろうか。または、自分のせいで事件に巻き込まれたと。

「博士、あまり意味のない言葉です。既に過去になっているんですよ」

あまり気を回しすぎるなと、言外にFは言ってみせる。グラント博士は、それを正確に理解して頷いた。

「博士、主役がここでサボっているのは、どうなんでしょうね?」

「そうだな。F、君はスピーチの時に舞台袖で待機してくれ」

博士の何か含みのある言い方に、Fは嫌な予感と予想と予測しか思い描けない。

「グラント博士、少し早いですが始めませんか?」

パーティーの主催者だろうか。司会進行的な口調だ。

「えぇ。F、万が一の事態が発生して、私が死んだら君は脱出する事だけを優先しなさい」

(博士、それ死亡フラグ。どうにもヤバイ気がして、落ち着けない)

そこでFは、広範囲に意識を集中させる。彼は、自分を含む最大で50人もの気配と状況を理解出来る。

それはある程度の距離があっても、効果は十分にある。意識して、様々な感情を調べる。

(ん?これは……まさか!?)

Fが感じたのは、生き物の気配ではないモノ。それも人数に例えるなら、10人前後だ。もしかしたら、もう少し多いかもしれない。

(これは死体か……。それに……妙に感覚的に覚えが)

そう思った瞬間に、会場の照明が全て消える。そして、舞台上の博士だけがライトで照らされる。Fがまだ舞台袖に、いない時に。

(マズイ。これは……!!!)

思考よりも早くFはUSPを構えていた。安全装置を解除すると同時に、その銃口は博士の右横の舞台袖から現れた存在の頭部を射抜く。

銃声に気付いた招待客と、博士と警備員達。次の瞬間には、ホテルが激しい揺れを受けた。それは衝撃も伴って。

「博士!!」

Fの警告を意味する声は、確実に伝わっていた。グラント博士は、後ろを振り返りもせずFの元へ。

「「「「ごぎゃあああぁぁぁぁあ!!」」」」

Fの意識が博士に向いた瞬間に、扉が開き一斉にそれは入ってきた。全身から血や内臓を垂れ流し、身体の色は腐ったように。

Bウイルス感染者、通称ゾンビ。既にFが射殺した固体を合わせて、12体が侵入し来た。USPの1つの弾薬は、22発ある。

まだ、弾数に余裕があるが無駄撃ちは避けるべきだ。

(ゾンビ共は、どこにいたんだ!?)

第一新都市のゾンビは、聴力と歩行速度が遅かった。だが、今回のもそうだと言い切る事は出来ない。

(何より避けるべきは、パンデミックだ。今ここにいる11体で、終わりだと願いたいな!)

ドアに対して、ちょうど背中を向けていたFだったが、振り返りながらも発砲。正確に3体の眉間を射抜く。

残り8体は、近くにいた参加者に襲い掛かろうとしている。

(喰わせるかよ!!)

素早く、それでいて外す事もなく3体を追加で射殺。残り5体のうち4体は、グラント博士の護衛に派遣されていた米兵が処理。

「助けてぇ〜!」

声を聞き取った時にFは舌打ちをしたくなった。最後の1体が1人の女性に噛み付いていた。

「その人を放せ!」

米兵が射殺したが、この時点で遅すぎる。Bウイルスの増殖とゾンビ化の速度は大体5分間から長くて20分間。

これ以上の犠牲を出さないように、ドアを急いで閉める。

そもそも、この会場に抗ウイルス剤が持ち込まれていない。これ以上の状況を沈めるためには、頭を射抜くか、完全に焼死させるか。

「何をする!?」

Fが噛まれた人間に、USPを構えた瞬間に米兵が銃を向けたのは数秒の差だった。

「Bウイルスは、噛まれる事による接触感染、感染者の血液が傷口から入ったらゾンビ化する」

冷静にだが、ハッキリとFは告げる。その言葉と、内容に訝しい表情を米兵は浮かべた。

「俺は第一新都市で、これと同じものを殺して生き延びた」

第一新都市の言葉に、護衛の米兵は顔色を変えた。無理もない。自分達の国が、引き起こした地獄を生き延びた人間がいるのだから。

「抗ウイルス剤さえ入手したら、その人は殺さなくて済むだろう」

最もな言い分だが、彼はその間違いを正す。

「ここに、いや……第二新都市に抗ウイルス剤はない」

あったとしても、恐らくここまで運ぶのは難しい。嫌な予想だが、この場所だけとは限らない。

もしかしたら、この階だけではなく、もう都市全体がパニックに陥っている頃だ。

「なぜだ!?今からでも遅くはない!」

ある意味で素人考えの言葉に、一瞬だけイラつく。八つ当たりでしかないと、理性で分かっているからFは言葉を続ける。

「こんな事態が起きる事を誰が予想しているんだ?それに、ここだけとは限らないぞ」

自分でも、その思考に至ったようだ。真っ青になった顔には2つの感情が窺える。嘘だと否定する思考、最悪の事態を肯定している表情。

(今は言い合っている暇はない。少しでも早く博士を連れて、この都市から脱出しないと!!)

「もしも、その人が感染者になったら俺が射殺する」

この時のFの思考は、会場にいる全員が思っている。だが、脱出するにも状況が分からない限りは、どうする事も出来ない。

(とりあえず、Dに連絡を。本部は後だ)

Fは携帯のリダイヤルで、相棒に連絡を入れようとする。

「……ツーツー……」

聞こえてきたのは、数回の呼び出し音と、話中のサインを示す音だけ。

(っくそ!!電波は入っているのに!!)

「早く脱出しないと!!!」

参加者の1人が、それを口にした事で爆発的に同意見が広がる。

「そうだ!脱出しよう。こんな場所で死にたくない!」

ある意味でのパニックが発生する直前と言う事を、Fは直感する。

(今は迂闊な発言が出来ない。どうすれば……!)

そんな思考と感情をグラント博士は、敏感に感じ取る。それと同時に、自分の護衛に指示を出す。

「お前達はここで、私と参加者の皆様を守ってくれ。救助が来るかは分からないが、少しでも安全を確保したい」

自然と人々の視線は、博士に集中していく。

「F、君にはやるべき事があるんじゃないのか?」

言外に自分は大丈夫だから、するべき事をしろと言ってるのだ。それは理解出来るし、ありがたい。

だが、「はい、そうですか」で済ませる訳には、いかない。

「博士、自分は博士の護衛です。護衛対象を放置する事はミッション放棄になります」

一応、Fは自分の立場から話す。エージェント「F」として。

「分かっている。しかし状況を把握して、次の行動を起こせるのは君ぐらいだ」

強すぎる視線に、動じる事もなく彼は返す。

「お気持ちは嬉しいです。自分を信頼してくれているからの発言と、解釈しても?」

「無論だ」

視線だけで断りを入れて、Fは再度Dの携帯にリダイヤル。だが、結果は今回も同じ。

(携帯の通信機能がイカレたか、電波塔に異常が出ているか)


念のために、本部の番号に電話を掛ける。結果はDの時と同じ。

(他に連絡手段は……。あるじゃないか!!)

Fはスーツ内のポケットから、最新の衛星電話を取り出す。Dの番号をダイヤル。

『……もしもし?』

呼び出し音の後に、確実に相棒の声が聞き取れる。

(良かった。通じた!)

「D、俺だ!」

向こうも彼の声に気付いたようだ。慌てた様子で、こちらの安否確認をして来る。

『F!無事なのか!?負傷していないか?場所は?まだ中央ホテルなのか!?』

こちらが答えを返そうとするのを、無意識のうちにDは妨害している。

「俺もグラント博士も無事だ。だが、Bウイルスの感染者が、会場に侵入して来てな」

最悪の事態を予想したのだろうか。次の言葉には、わずかながらも空白があった。

『ゾンビ…いや感染者の数は?』

もし既にパンデミックが発生していたら。すぐに考えたようだ。その考えに対して、1つの安心と1つの危惧を伝える。

「会場に入って来たのは12体。俺と博士の護衛の米兵で処理した。だが、感染者の数が、これで全てとは思えない」

同じ事を考えていたのか「そうか」とだけ返答がある。冷静になるための、きっかけにはなった。

そこで、Dは幾つかの確認をして来る。

『F、本部と連絡は取れたか?俺が掛けても、繋がらないんだ。それに何度もお前の番号に連絡を入れたんだぞ!』

万が一の思考と、非常事態における連絡の相手は、どうやら2人とも同じ思い。

「俺も携帯から掛けたが、繋がらなかった。お前が衛星電話を入れてくれてたから、もしやと思ったんだ」

Fの言葉にDは今更ながらに、何かに気付いたようだ。

『そうか。俺は衛星電話も用意しておいた。F、何とか博士を連れて、そこを離れろ!』

そことは、中央ホテルの事か会場を言ってるのか。普通なら考え込むだろう。

「俺もそう思ったんだが、博士がな……。ん?……ちょっと待て」

そう告げたのには、訳がある。Fの携帯が着信音を鳴らしたのだ。相棒に少しだけ待つよう頼み、登録番号かを確かめる。

確かめた瞬間に、Fは迷わず応答を選んだ。

「エージェントF」

彼はとりあえず、自分のコードネームを先に告げる。確認に使う時間が惜しいとさえも、考えてしまう状況だからだ。

『こちら本部。ミッションだ。博士の護衛は、米兵に任せてFは周辺の捜索を。感染者の有無も確認しろ。いたら射殺だ』

Fが了解とも、拒否する暇もなく内容は続く。

『それと、可能な限り感染者に襲撃された人間は始末しろ。周辺捜索と、感染者のチェックを終えたら本部に連絡するように。

報告用の部署は、危機管理情報部』

用件だけ伝え、通話は切断された。この内容は、衛星電話で通話状態を維持していた相棒にも聞かせていた。

「D、俺はミッションを遂行する必要がある。何か分かれば、連絡してくれ」

細かい話をしている時間はない。それだけは、FもDも理解していた。

『了解だ。F、気を付けろよ!』

そう言って、通話は終了となる。通話が切れた衛星電話をスーツ内に戻して、グラント博士の方へと視線を向ける。

「F、ここは良い。自分の仕事するんだ」

それに対して、Fは無言で頷いた。


会場の外へと出たFは、感染者の対応のために施錠をするよう指示を出した。

「さぁ仕事の時間だ」

そう呟いて、意識を切り替える。それは、非常時に最も必要とされる冷静さがあっての結果。

外に出て最初に行ったのは、左右の確認。もし近くに来ていたら、すぐに射殺する必要がある。そう考えての事だ。

(とりあえず、右のエレベーターホールに行ってみるか)

エレベーターホールまでの距離は、およそ5分の位置だ。脱出可能の事態を考えて、先に向かうと決めた様子。

ほぼ一直線で行けるからこそ、Fにとって幸いなのは間違いない。

(もしも、角があったら襲撃された場合、反応が遅くなる。だが、一直線だから周囲に警戒を向ける心の余裕も出来る)

エレベーターホール。最初に目に入って来たのは血痕。襲われたのか、身体を引き摺るように移動した痕跡がある。

(一応、すぐに対応が出来るようにするか)

USPを構えながら、血痕を辿って行く。そうして、辿り着いた場所は男子トイレ。

人の気配が辛うじて、感じ取れる。だが、人でない可能性も捨てがたい。

(声を掛けてみるか。もし感染者になっていたら射殺するだけだ)

わざと足音を立てながら、個室の前に立つ。右手にUSPを持ち、軽くノックする。

「コンコンコン」

ノック音は、静まり返っているトイレ内に響いた。

「だ……誰…だ?」

返って来たのは、かなり弱々しい声。聞き取った声からして、高齢である可能性は十分だ。

「周辺の状況を確認していたら、エレベーターホールから続いていた血痕を辿って来ました」

自分の名を名乗るような事はしない。意味がないからだ。

「そう……か。あの化け物に、襲われてしまった」

感染者の事を言っているのだろう。今までに異常事態を経験していない限り、急に襲われたら何も出来ないだろう。

「君は……大丈夫か?」

個室の男性は、自分が生き残れる事がないのを既に理解しているようだ。

「えぇ。ここを開けてください。傷だけでも診ないと」

せめて、自分の姿を見せて安心させたい。無駄だと分かっていても、人の生命を1人だけで終えようとしている相手を放っておけない。

「無駄だよ。それに…どのみち助かる見込みはない」

中の人物にとっては、自分の姿を見られたくない。その気持ちを理解した彼は、せめてもの救いを決めた。

「もし噛まれたなら、あなたも感染者になる。そうなったら、新たな被害が拡大する」

だから、処分するしかない。それは自然と相手も感じ取っていた。

「あぁ。もし君が、私を殺す手段があるなら」

それ以上先を言わせたくなかった。会場では隠していた、消していた救いたいという感情が理性に訴えかけてくる。

「銃を持っています。頭をドアに当ててください」

軽く何かを擦るような音がした。それは、彼が最後の力で頭をドアに当てたのだろう。

「ありが…とう。最後に君と…はな…せて」

そこまでだった。人の気配が消えたのは。

「さようなら」

1発の銃声が、トイレに木霊した。中を確認する必要はない。中の彼は、自分の位置を擦る音で知らせてくれていた。

他の個室を開けて中を確認。誰もいない。

(後は隣の女子トイレと、会場左手か)

女子トイレに入り、中を確認。入る前から分かっていた。人の気配も、感染者の気配もない事を。

来た道を引き返すように、Fは会場まで戻って来る。そして左手側に進む。



進んでいった先は、レストランと小さな喫茶店がある。

(今のところ、何も感じない。さっきの男性が、最後の感染者か?)

そう考えて、すぐに思考を変えた。まだ1人だけいる。

会場内で感染者に噛まれた女性。それを思い出す。言い方は悪いが、失念していた。

レストランから喫茶店を調べようとして、ゴトッと音が聞こえた。その発生源は、レストラン内の業務用冷蔵庫。

(まさかな。だが!)

嫌な予感を覚えながらも、Fは冷蔵庫の近くまで歩み寄る。バンっと勢いよく冷蔵庫が開く。

(感染者か!)

躊躇いを抱く必要も時間もない。彼は中から出てきた調理人の服装をした若い女性を撃った。

感染者と理解した理由は2つ。1つは肌の色、もう1つは呼吸と彼女の姿。腹部を喰われていた。内臓を垂れ流したまま接近して来た。

とにかく確認出来たのは、感染者2人。1人は感染者になる直前。もう1人は既にダメだった。

(本部に連絡を。状況を伝えなくては)

衛星電話で、番号をダイヤル。呼び出し時間は数秒。

『あなたのエージェント番号を入力してください』

出たのは女性。番号のキーを全部で5つ押す。ちなみに最初の数字は5。

『番号を確認しました。エージェントF、どこの部署に回しますか?』

あらかじめ指定されていた部署の名前を伝える。

「危機管理情報部を」

今度の待ち時間は、全くなかった。

『報告を』

先ほど携帯に連絡して来た相手ではない。だが、それは関係ない。どうでも良い事だ。

「会場周辺の捜索と、感染者の確認を行った。周辺に異常らしき事なし、感染者2名。これを排除」

Fは射殺した2名の思い出す。1人は年老いた男性、もう1人は若い女性。

彼らは感染者が、どこから来たのかを見たのだろうか。もし見ていたなら、なぜ逃げなかった?いや逃げれなかったのか?

『了解した。博士とパーティー参加者は、こちらで回収班を手配する。Fはホテルから避難をしろ。可能なら、引き続き周辺を警戒。

初期感染者がいたら、速やかに処分。運悪く抗ウイルス剤は、第二新都市にない』

ミッションらしき内容ではない。どちらかと言えば、ミッションとするレベルではない指令。

(避難って、どこに行けば良いんだか)

思わず皮肉ってしまいそうになったが、確認する事だけは優先しないと。

「F、了解。避難先の指定は?感染者集団の発見、もしくは発見された場合は?」

指令遂行に際して、最も必要と考えた情報もしくは、追加の指令を彼は要求する。相手もそれを予想していたのだろう。

答えはすぐに返ってきた。

『銃は持っているな?弾薬に余裕があれば、少しでも片付けろ』

弾薬に余裕があればと、本部は指示を出して来た。それに対しての、Fの答えは実に最もな内容だ。

「USPと装填済み弾薬が1つ。予備は6つ。もしも、可能ならば本部に対して弾薬補充を要求する」

弾薬は無限ではない。M92FやGLOCKに比べれば弾数は多い。だが、感染者の数を想定した場合、絶対的に不足するのは予測できる。

『GPSを起動させておけ。一番最初の弾薬補充と、非常食は22時半。そこからなら、北野建設会社が近い。周辺にケースで投下する』

株式会社北野建設は、新都市建造時に中企業ながらも中核を担った会社。建造に成功してからは、今や大企業の仲間入りを果たしている。

「了解。22時半に北野建設だな」

確認のために復唱すると本部の人間は「そうだ」とだけ告げて通話を切った。

(現在時刻21時55分。距離的に考えれば遠くはない。だが、感染者を避けるためには時間が掛かる)

それでも行くしかないと、即座に決断出来たのは、第一新都市で生き延びたからか。

携帯の中にインストールされている諜報用の地図機能を起動する。

(確実に辿り着くためのルートは、今の状況を考えると限定される)

エレベーターはまだ使えるだろう。使えなかったら、非常階段を使って降りるか。現時点で感染者の数も、どこにいるかも予想不能。

それに判明している情報が、あまりにも乏しすぎる。博士の回収は、本部が抱える専門要員が行うはず。

(エレベーターが稼動していれば、地下2階まで降りて乗ってきた車で移動が出来る)

そう考えてから、ダメだった場合と事態を想定する。もしも、ホテル全体に感染者がいたら、手遅れに近い。

移動速度が遅いと言っても、数が多ければ無理な突破は出来ない。一応、抗ウイルス剤の実験薬は密かに服用した。

(もし噛まれても、薬が効いてくれれば希望が持てる)

そんな思考が浮かんでくるのをあえて止めずに、エレベーターへホールへと向かう。

(何か飲料だけでも、確保するべきだな。今からレストランまで戻るのも面倒だ)

ほとんど自動的なまでに、思考が続く中でもエレベーターの下のボタンを押す事に遅延は出ない。

第一新都市での地獄を生き抜き、救出班が来るまでの日々が今になって活きている。

「ポーン」

エレベーターの扉が開いた瞬間、Fは無意識のうちに条件反射のようにUSPを放っていた。

乗っていた人間だった感染者が、彼に気付いて手を伸ばして来たからだ。弾薬にあった22発のうち今ので12発が消耗。

残りの現在セットしている弾薬の残りは10発。それを確認して、感染者に可能な限り触れないように死体をホールの中央へ。

(地下駐車場は、もしかして感染者だらけなのか?だとしたら、脱出は困難に等しい)

最悪、車を諦めて徒歩での移動を選択する事になりそうだ。そうなったらと思うと、絶望的でしかない。

しかし、それでも生き残るにはその時点における最善の選択が、命運を分けるのは誰に説明されるでもなく理解している。

「感染者がいない事を祈るしかない」

「ポーン」

中央ホテル地下二階駐車場。Fの希望は今のところ叶っている。感染者らしき姿がない。だが、それはあくまで姿だけ。

(集中して気配を探れ。人ではない感染者の存在を感じ取るんだ!)

彼の広げた捜索の意識は、駐車場内に6人分を見つけ出す。幸いにも距離がある。それと同時に、問題があるのも事実。

どこに停車してあるのか。エレベーター前にと言ってたな。駐車場に足を踏み入れたFは、新たな気配を1つ感じる。

「これは…車を移動した彼のか!」

一刻も早く脱出するために聞こうかと、考えが浮かんだ。それを理性が止める。

(この感じ…。間に合わなかったか)

そう。移動をさせていた人間の気配が、完全に感染者のそれに変わった。距離としては近くでも遠くでもない。

それでも、強いて言うなら近い。USPを構えたまま彼は、自分の車を探す。目的の車はすぐ見つかった。

それと同時に、見付かりたくない相手に気付かれた。速度は遅いが、確実に向かって来ている。

足を引き摺る音、何かを擦りながらも持って来る音。どうにも嫌な予感しかしない。

車の運転席に乗り込んで、Fはエンジンの始動を試みる。すぐにエンジンは始動した。ふと視線を上げる。

(彼が近付いてきてる。どうする?射殺するべきか、放置するべきか)

悩んでも仕方ない。弾薬が惜しく感じる前に、Fは完全に姿を捉えた感染者を射殺。

そうして、通路に誰もいなくなったタイミングで、車を発進させた。彼が次に取った行動は、燃料の確認。

「まだあるな。これなら行ける!!」

駐車場のゲートレバーを右手に持ったUSPで狙う。レバーを支えている金属部品。

セットしていた弾薬に残っている弾丸を使い切る形で、レバーは落ちた。その上を避けるように運転。

出口付近まで、スピードを均一に保ったままFは左右確認を気配だけで済ませる。

もし他に走行中の車があれば、自殺行為でしかない。それを気にしている余裕は不要だと、Fは自分自身に言い聞かせた。




次回

エージェントF 崩壊する都市 第1章 中編




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